第206話 竜翼浮遊のエスコート

 余りにも突発的過ぎた先制攻撃から一晩明けた。俺とセラス、それからエリルとアリシアは瓦礫撤去をしている二、三群団員に混じり、廃墟と化した街を歩きながら魔族の痕跡を追っている。


「どうだ? 何か分かりそうか?」

「いえ……後を辿れそうなものは何も残っていませんね」

「私の方も同様だ。“古代魔法エンシェント・オリジン”の痕跡や手掛かりは見つからないな」


 エリルは全身に纏っていた淡い魔力を四散させ、セラスは戦域を探る様に見回した後、成果が得られなかったと肩を竦める。


「そうか……二人が見て何も分からなそうなら、ここは用済みだ。次の場所を調べてみよう」

「ええ、ダメ元だったのだし、気を落とさずにね」


 実のところ同行していた俺達からしても、二人の報告に対する落胆はそれほど大きなものではなかった。何故なら、この戦域では大人数が戦闘をしていた所為で、魔族の魔力残滓だけを判別するのが困難を極めるであろう事など、初めから分かり切っていたからだ。


 それでも調査に踏み切ったのは、形式上の作業などではなく、エリルの本懐が直接的な戦闘能力よりも治癒と補助全般にあったから。それも大陸屈指の腕前とあって、何か手掛かりが掴める可能性があったからだ。

 セラスに関しては、俺たちの中で唯一魔族の知識がある人員であり、彼女の判定ジャッジがなければ、情報の正誤性の確証を得るのが厳しい状況にある。この二人が口を揃えて痕跡無しというのなら、それは魔族側の作戦行動を見事と称賛する事しか出来ない。


 因みにどうしてこんな調査任務程度にわざわざ四人で出向いているかといえば、上からのお達しによって複数名での行動が義務付けられているからだ。理由は単純であり、万が一魔族側からの襲撃があった際の生存率を上げる為というもの。

 まあ、昨日の今日であれば当然の措置だろう。


「単独行動は禁止だからな。それなりに固まって……って、近くないか?」

「別に……!」

「お、おう……」


 戦闘が起こったのは、大きく区分けすると四箇所。手早く回ってしまおうと移動を促すがアリシアたちの距離が妙に近くて思わず首を傾げてしまう。何となく昨日の出来事に尾ひれはひれがついて広まった気がしないでもないが、ここで突いても墓穴を掘るだけと静かに頷いた。というか、女性陣の中に一人当事者がいる気もするのだが――。

 そんな事を考えながら歩きだすと、程なくして周囲が慌ただしい雰囲気に包み込まれるのを感じた。


「これは……敵襲!?」


 その慌ただしさは、外敵の襲来を意味する指示が飛んだ事に端を発するもの。動揺する団員たちを他所に俺達も戦闘態勢に入る。


「穏やかじゃないわね」

「ええ、出来ればもう少しじっとしていてもらいたかったのですが……」


 周囲を見回すが、昨日とは違って街から火の手が上がる事はない。何故なら、今日の戦場は魔力光が飛び交う青い空――外敵がやって来たのは空中だったからだ。


「あれは……」


 地上や高台から魔法を放っているのは共同戦線の面々。錐揉みしながら回避しているのは一体の飛竜ワイバーン。通常個体よりも少しばかり体長が大きく、赤褐色や黒色が目立つ他の個体とは異なりその鱗は紫がかっている。

 俺の記憶違いでなければ――。


「レリティス!?」


 セラスが移動手段にしていた個体で間違いないだろうと思っていたが、見事に的中。そして、あの個体がセラスから離れた原因を考えれば、彼女の驚きも自然な反応。色々と状況は分からないが、今俺たちが成すべき事は一つしかない。


「アリシア、エリル……あの飛竜ワイバーンに当たらない様に下からの魔力弾を払い落とす事は出来るか?」

「え、ええ……」

「全部は無理だけど、ある程度なら……」


 そんな俺の指示に対して、二人は首を縦に振ってくれた。困惑を隠しきれていないのは当然だろうが、今は説明している時間はない。それは二人と種類の異なる困惑の眼差しを向けて来るセラスに対しても同様。


「なら任せるよ。事情は後で……!」

「アークはどうするの?」

「予期せぬ来客のエスコート……かな?」


 突然“死神双翅デスフェイザー”を展開した俺に一瞬ポカンとした表情を浮かべるアリシアたちだったが、とりあえず意図を汲み取ってくれたようで各々武器を構えて魔力を纏わせた。同時に魔力弾と水流の矢が空へと疾駆する。


「致し方ありませんね」

「はぁ、貸しにしておくわ」


 一度戦闘スイッチが入ってしまえば二人とも超一流の技能をいかんなく発揮し始め、レリティスと呼ばれた個体の動きを阻害しない軌道で迎撃している共同戦線の魔力弾を次々と撃ち落としていく。


「え……っ!?」


 そうなれば共同戦線の面々は味方からの迎撃妨害に戸惑いを隠し切れなくなってしまい、一気に空中への弾幕が手薄になった。


「進路クリアー……!」

「レリティス!」


 瞬間、俺は飛竜ワイバーンへ向けて飛翔し、一気に空路を突き進む。思わぬ襲撃者である俺の存在を受けて飛竜ワイバーンも迎撃態勢に入るが、そこは主であるセラスが音頭を取ってくれるようであり、口元に集っていた魔力が四散していく。その間に俺は目標の元へ到達した。


「よし、良い子だ。そのまま大人しくな」

「■■……」


 飛竜ワイバーンが落ち着いたのを確認すると、共同戦線の迎撃部隊とレリティスの間に割り込むような角度で浮遊。俺自身を盾としながら、ゆっくりとセラスの元へ誘導していく。

 降下誘導の最中、狙いが俺か飛竜ワイバーンなのかは分からないものの、未だに攻撃を続けて来る馬鹿が数名いる事を煩わしく感じるが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。どの道、アリシアたちが何とでもしてくれるだろうし、仮に俺達まで到達したとしても威力が減衰しきった魔力弾など、展開中の“死神双翅デスフェイザー”に傷一つたりとも付ける事が出来ないと確信しているからだ。


 何より、旧友との再会を喜んでくれているセラスの笑顔を思えば、こんな程度の危険など安いものだった。

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