第205話 相反する想い

 頑なな俺たちの様子を見て根負けしたのか、セラス自身ナーバスになっているのかは分からないが、皮肉気に肩を竦めると強張っていた体から力を抜き、両手足を投げ出して寝台に体重をかけて腰を据えた。


「まあ、単純に言えば、マルコシアスが先導した粛清の中で相克魔族の長までもが犠牲になったという事だろう」

「つまり魔族が当初の予測よりも遅く攻め込んできたという事は、単に“古代魔法エンシェント・オリジン”や鍛錬の為だけじゃなくて……」

「さあな。どこまでの被害が出ていて、どういう状況なのかは分からない。全滅したのか、散り散りになって逃げることが出来たのか……。とにかく非戦派が一定まで駆逐されたが故に、魔族本隊が帝都に攻め上がって来ている事だけは確かだろう」


 セラスの言葉の節々から悲痛な感情が伝わって来る。俺達で言うのなら共同戦線で内部抗争が勃発して、騎士団の全勢力をもって所属冒険者が攻め討たれたようなもの。

 長老とやらがどこまでの存在なのか、魔族間の家族関係やセラスの交友がどうなっているのかは分からないが、自分の仲間が同胞によって滅せられたのだから、動揺するのは当然だろう。


「長老は非戦派の旗頭であり、私が同胞と刃を交えたのもそんな彼を守る為だった。あの人の性格を考えれば、最後は自分を盾に皆を逃がしたという可能性は大きいだろう」

「なら非戦派には生き残りが居るって事なの?」

「確証はない。だが、開戦が遅れたのは長老との闘いという要因もあっただろうし、非戦派を根絶やしにする掃討戦を終えたにしては時間が早すぎる。希望的観測ではあるが……」

「旗頭を失って戦意喪失。あっさり殲滅されたり、寝返ったりしていなければ、駆逐され切ったわけではなさそうって事ね」


 その上で明かされるセラスが魔族と戦った真実の理由。相克魔族間の内部抗争は、俺達が想像していたよりも遥かに深刻な状態だったようだ。しかし、全く希望がないわけではないようであり――。


「――その非戦派と連絡を取る手段はないのか? そういう事情なら帝都に誘導すれば、色々と便宜が図れると思うけど?」

「うん。セラスっていう前例もあるわけだし」

「そうねぇ。魔族の戦闘力の高さは認めざるを得ないわ。もし戦力になってくれるっていうのなら、正直頼もしいものね」


 今の俺達は帝都騎士団でもなければ、冒険者ギルドでもない。大陸を揺るがす戦争を乗り切る為に組織された共同戦線であり、大切な事は人種でも職業ジョブでもなく心と覚悟。志を同じくして共に戦うというのなら人間だろうが魔族だろうが、そんな事は些末な問題でしかない。

 周囲の反発はあるだろうが、実力と結果で黙らせられれば何の問題もないし、ここには生き証人であるセラスがいる。今回の一件で魔族への恨みが募る事だけは唯一の懸念だが、今後一生強硬派の魔族に怯えて隠れ続けるよりは立ち向かう方がいいのではないかと、俺たちはセラスに声をかけた。


「レリティス――私の飛竜ワイバーンを通じて伝書のやり取りをしていた事もあったが、帝都に身を置くようになって少しした頃から返信がない。残念だが、現状連絡手段はないな」

「そうか……。返信が来なくなった頃がアドアやダリアたちによる追撃と重なっていたのだとすれば……」

「情報漏洩を恐れて返信が出来ないのか……それとも物理的に返信など出来る状況ではないのか……。いずれにせよ不確定要素が多過ぎる。だからこそ、あまり話したくなかったのだが……」


 だが、希望はあくまで観測の範囲という域を出ないようであり、セラスはばつが悪そうに顔を背ける。最良の結果は非戦派の彼らが出来るだけ生き残っていて共に肩を並べる事だが、今はセラスの同胞たちの無事を願う事しか出来そうにない。


「まあ、一人で抱え込むより誰かに吐き出しちゃう方が楽になるものよ」

「私たち強いんだから、ちょっとやそっとじゃ驚かないもん」

「なっ!? お前たちッ!?」


 話したくない過去を蒸し返してしまった気まずさと罪悪感が湧き上がってきた所、そんな俺を尻目にセラスの両サイドの二人が彼女に抱き着く様にしな垂れかかる。顔の似ていない美人三姉妹。以前の海水浴を思わせるじゃれ合いが目の前で繰り広げられていた。


「普段はおっぱいの付いたアークだけど、どっかの誰かと違って、まだセラスには可愛げがあるものねぇ」

「そうそう、放っておくと勝手にどっか行っちゃいそうな感じもするしね」

「き、貴様ら……誰が女アークだ! 私はれっきとした……」

「そりゃあ、こんなおっきいの胸にぶら下げてたら絶対男には見えないけど、性格は半分男の子じゃない?」

「よく二人で楽しくコソコソしてるのは、やっぱり気が合うから? そういうの止めて欲しいんだけどなァ?」


 グイグイと密着して来る二人を支えきれなくなり、セラスを含めて三人仲良くベッドに倒れ込む。以前の水着程ではないとはいえ、ラフな部屋着姿で狭いベッドを軋ませながら密着している三人は少々目に毒だ。後は女性陣に任せても大丈夫だろうと椅子から立ち上がろうとした俺だったが――。


「あ……んっ!? どこを触っている!? 大体、私が誰と何を話していようがお前達には関係ないだろうが!」

「かっちーん! 今のは聞き逃せないんだけど?」


 突如として雰囲気が剣呑なものに変わった事で思わず身震いしてしまう。そして、次の瞬間には寝台の上が戦場と化した。


「ぽっと出の女のくせに……いつの間にか澄まし顔で彼の隣を定位置キープしてるだけでも許せないし、二人だけの秘密なんて……!」

「だから、私達が何を話していようがお前には関係ないはずだ!」

「関係あるもん!」

「関係ない! 部外者は引っ込んでいろ!」

「ある!」

「ない!」


 何やらルインさんとセラスが顔と胸を突き出しながらガンを飛ばし合ったかと思えば、力比べのように指を絡めて手を握って万力のような力を込め始める。刃物が出てこないだけまだ理性が残っているのだろうが、何というか男子が見てはいけない部類の光景が寝台の上に広がっていた。


「っ!」


 このまま残っても厄介事になる未来しか予感できず、押し掛けた身でセラスには悪いと思いながらも、巻き込まれる前に即時避難を敢行する。しかし、立ち上がろうとした俺の顔を包み込んだのは、柔らかく暖かい巨大な物体。


「はーい、いらっしゃぁい!」


 最早状況の説明は必要ない。それを見て取っ組み合っていた二人が悲鳴を上げながら突進して来たという状況も説明する必要はないのだろう。

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