第204話 過激な挨拶
「逃がしたか……」
小剣の爆発が収まり、無人と化している瓦礫の上でセラスが呟く。俺達も警戒をしたまま周囲を見回すが、遥か上空を飛翔している数体の
「この状態じゃ深追いは出来ない。随分なご挨拶だったな」
最大火力で攻撃すればギリギリ届かなくもないが、相手の戦力や出方が未知数な以上、今から全力で追撃するのは少々リスクが高い。何より先制攻撃で受けた被害が大き過ぎる事もあり、俺達は皆武器を下げる。
「市街地戦闘は最後の想定だったものねぇ。物陰から全力で顔パンをかまされた気分よ」
「街の一角とはいえ、こうも完璧に破壊されるといっそ清々しいかもですね」
「白旗振っちゃう?」
破壊された多くの家屋や通りの壁――今も各所から黒煙が上がっており、破壊の爪痕が色濃く残っている。
そんな光景を見ての吐き捨てるような俺の呟きに対し、援軍に来てくれたキュレネさんが冗談交じりに乗っかって来た。尤も生き埋めになった人々や要救助者の存在、セラスの憤りなどで重苦しくなった空気を払拭するには至らない。
その空気感は、他の共同戦線の面々と協力しながら救助活動を追加人員とバトンタッチするまで続く事となった。
共同戦線の団員達は、今も続く厳戒態勢の中で慌ただしく動き回っている。そんな彼らを尻目にに騎士団長への報告を終えた俺達は、ひとまずの休息に就く為の一時解散と相成った。
とはいえ、さっきの戦闘の中で気がかりな一幕もあり、様子を見がてら事情を知っていそうな張本人の下へ足を運ぶ。
「セラス、ちょっといいか?」
「あ、ああ……構わんが……」
俺が足を運んだのはセラスの部屋。女性の部屋を訪ねるのは、精神衛生上よろしくはないが背に腹は代えられない。何より戦闘中に見せた彼女の様子が気になった事が原因だ。
扉を叩けばどこか歯切れの悪い声で了承してくれたものの、その先に広がっていた光景は予想外のものだった。
「アーク君?」
「あら? 夜這いにはまだ早いんじゃないの?」
室内には迎えてくれたセラスに加えて、何故かルインさんとキュレネさんが寝台に並んで腰かけている。思わぬところでの意外な顔合わせにより、俺達は互いに驚きを隠しきれないでいた。
まあ、キュレネさんの歯に衣着せぬ発言で、そんな驚きは吹っ飛んでしまうわけだが。
「夜這い……って、もう何言ってるの!?」
「全く……仮にも私の部屋で何という事を言っているのだ」
その所為でルインさんとセラスの顔に若干の朱が差し、いつもの雰囲気が少しばかり戻って来たような気がした。因みに三人ともラフな部屋着が眩しいのは言うまでもない。
「それで……三人して一体何の用なのだ?」
一悶着ありながらも部屋の中に通された俺は手近な椅子に腰かけ、寝台のルインさんとキュレネさんの間に腰を下ろしたセラスは半眼を向けて来る。一人になりたかったであろう所に押し掛けてしまった所為で、あまり機嫌がよろしくないのだろう。訊かれる内容など自分が一番分かっているだろうに、彼女らしからない意地悪な言い回しだった。
「えっと、私はセラスが心配だったから?」
「半々ね。気になる事もあったし」
「前に同じくだな」
それに対して俺達の答えは、心配と不安と興味が入り混じった同じ様な内容だった。まあ、戦闘中のセラスとダリアのやり取りを目の辺りにした以上、その内容が気になってしまうのは当然なのだろう。
更にはセラス個人の問題というより、相克魔族全体に関係のある可能性が高い。その上でこの戦争にも影響があると予測されるのだから、懸念するなという方が無理な話だった。
「……全く余計なお世話だ」
セラスはそんな俺達を目の当たりにすると不機嫌そうに顔を反らす。
「あら? 顔が真っ赤よ」
「ふん! それこそ余計なお世話だ!」
尤も、若干朱が差したセラスの頬が照れ隠しからの行動である事を証明してしまっており、態度とは裏腹に威圧感など欠片も無かった。
「――それで、今日戦ったダリアとかいう女魔族と話してた事だけど……魔族側で何か大きな動きがあったと考えていいのか? あんなに取り乱すなんてただ事じゃないと思ったけど?」
「ああ、やはりそれか……。正直、身内の恥を晒すようなものだし、魔族と敵対して戦っているお前たちが知る必要はない話なのだが……」
ここまで来たら隠す必要はないとばかりに疑問と懸念を真正面からセラスにぶつけるが、やはり歯切れがよろしくない。冷静沈着を地で行くセラスからすれば、中々見られない光景だった。
「お邪魔なら私たちは席を外そうか? いつもみたいに二人仲良く話せばいいよ」
「そうねぇ。ちょうどベッドも空いてるし」
「ちょ……っ!?」
しかし、そんな光景は妙に棘のあるルインさん達の口撃で強制終了させられる。今のやり取りのどこが気に障ったのかは分からないが、とにかくご立腹の様子だ。因みに顔を赤くするセラスを挟むように長い足を組んで腰かけている二人は、その口ぶりとは裏腹に部屋を出ていく様子など皆無であり、最後まで居座る気満々なのは言うまでもない。
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