第202話 混沌と化す戦場

「気配がない。魔力も同様……大した逃げ足だな」


 俺は廃墟と化した訓練場を見渡しながらそう呟く。他には生存者がいないのだろう。さっきまでの騒がしさから一転して、周囲を静寂が包み込んでいる。


「何とか押し返したけど、逃げられちゃったか……」

「すまない。色々と情報を渡したつもりではあったが、少々想定外が多すぎた」


 他の二人は苦々しそうな表情を浮かべ、周囲を警戒しながら俺の方に近づいて来る。


「いや、防げなかったのは俺も同じだ。それに帝都の一角がこの状況なんだから、誰が対応していても同じだったと思う」


 ルインさんやセラスの表情が表す通り、戦況は混乱を極めている。それも俺達にとって不利な方向なのが確実だという最悪のオマケつきでだ。


「“原初魔法ゼロ・オリジン”のみたいな切り札が向こうにあるって分かったのは良かった事だけど……」

「手の内が分からない以上、対処のしようがない。状況は分からんが、こちらが圧倒的に後手に回ってしまっている。拙いな……」

「何が起こるのか分からないってのを念頭に入れて動くようにするのが唯一出来る事だし、考えるのは後にしよう。俺達がすべき事は……」


 流石に浮足立ってしまう俺達だったが、こんな時こそ冷静でなければならないと気持ちを落ち着かせて、今も戦闘が続いている市街に目を向ける。そして、黒煙が上がる街を見て示し合わせたかのように走り出した。


「確かあの辺りは……一般市民の居住区と小さな通りが並んでるはずだ。まさか人口密集地から襲って来るとは……」

「こういう時って、頭を潰すのが常套手段のはずだと思うんだけど?」

「魔族側はお前たちを警戒しているのだろう。上層を一掃する事を困難と判断して、力を持たぬ一般市民を恐慌に叩き込んで暴徒と化させるのが目的……」

「そうか、俺たちは一般市民に刃を向けられない。対して連中からすれば殲滅対象。逃げ惑う市民が俺たちの動きを阻害する生きた肉の壁になるって寸法……。無能な味方ほど怖いものはないとは言うが……」


 瓦礫の上から街々を見下ろす俺達。眼下に広がるのは逃げ惑う一般市民と混乱する共同戦線の面々、それを襲う狂化モンスター。それらが全て入り乱れており、脅威と戦う事はおろか避難誘導もままならない。手の付けようがないと言うのが正直な所だった。


「このままじゃ拙いのは当然だけど、本隊の姿が見えないのは一体どうなってるの?」

「分からん。陽動としての役割は十二分。これだけ指揮系統が乱されているのなら攻めてきていいと思うのだが……」

「敵情視察にしてはちょっとやり過ぎだしな。魔族の性格からして人間風情に騙し討ちなんてプライドが許さないはず……何か狙いがあるのか……」


 俺達は密集地帯での友軍誤射フレンドリーファイアを回避する為、瓦礫の上からの射撃魔法で狂化モンスターを撃破しながら思考に耽る。しかし、これまでの魔族の言動・行動を思えば、前面に出てきそうな連中の姿が誰一人見えない事に首を傾げざるを得ないというのが正直な所だった。

 将が軍を率いての正面対決なら容易に想像がつく。魔族側がこちらを警戒した為に陽動をかけての一斉制圧というのもまだ分かる。しかし、攻め込むだけ攻め込んでおいて、本隊が攻めてこないという行動の真意に関しては不可解の極みでしかない。


 “古代魔法エンシェント・オリジン”というイレギュラー。

 不可解過ぎる魔族の行動。


 俺たちが不用意に動けなくなっている原因は、この二つにあった。だが、そんな俺たちの困惑を嘲笑うかの様に空から更なる脅威が飛来する。


「はぁっ!! 久しぶりだな、人間ッ!!」

「アドア……!? それに……!」


 現れたのは数体の飛竜ワイバーン。その背からは見覚えのある魔族たちが姿を見せた。


「この前の借りを――!」

「お久しぶりねェ。クソガキ共!!」

「俺、全部潰す」


 レーヴェとダリア、それから超巨漢の魔族までもが、この間とは比べ物にならない魔力を纏って帝都の大地を踏みしめる。更に連中が好戦的な笑みを浮かべたかと思えば、今度は別の場所で火の手が上がったのが見えた。


「そうか……こいつらの目的は、俺達を分断する事!」

「分断!? 我らの連携を防ごうという事か!?」

「それだけじゃない。エース級同士をぶつけ合って足止め。その間に疲れ知らずの狂化モンスターで民衆を駆り立てながら殲滅。その後は狂化モンスターとの混成軍隊で俺達を各個撃破というシナリオだろう」

「市民の人がいるから私たちは巻き込むのを恐れて本気で戦えない。魔族はそんなのにはお構いなし。あっちは時間稼ぎさえしていれば自動的に勝っちゃうって事!?」


 確かに俺たち共同戦線は、魔族との戦闘に備えていた。だからこそ、様々な事態を想定して陣形を組み、障害物の多い街々でも戦える様に訓練を積んでいたが、そんなものはこの混乱状況では意味を成さない。その上、他の連中と合流しようにも、ほぼマンツーマンで魔族と相対するのだとすれば突破は困難を極める。

 それどころか俺たちは周囲の市民を守る為に出力をセーブしなければならず、全開戦闘が可能な魔族と比べても状況的に不利。


 その上、元々一群が帝都の城壁付近で魔族を迎え撃ち、残りの連中が討ち漏らして内部に入り込んでしまった魔族やイレギュラーに対処するという戦術が全て崩れ去っている。本来想定していた帝都での戦いという状況を完全に逆手に取られてしまっていた。


「ふふっ、他の事を気にしている余裕などないはずだ。何故なら、お前たちは今ここでブチ転がされるんだからなァ!!!!」

「――ッ!?」


 状況を悟った時には全て手遅れ。四人の魔族が臨戦態勢で突っ込んで来る。いよいよと相成った開戦は、やはり俺たちにとって最悪の形となってしまっていた。

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