第201話 合体魔法《ユニゾン・オリジン》

 闇の爆撃を引き起こした術者を探そうと訓練場を見回す俺だったが、間髪入れずに次々と耳をつんざくような炸裂音が響き渡って来る。


「一体どうなっているんだ!?」


 周囲を警戒しながらも瓦礫の上に立って、その発生地点に目を向ける俺達だったが――。


「あ、帝都が……」

「焼かれている!?」


 街々から噴煙と爆裂音が立ち昇っている光景を目の当たりにして絶句せざるを得ない。他の場所の被害が訓練場を半壊させるほどの威力でなかったのは不幸中の幸いだが、既に帝都の一角は炎と悲鳴に包まれている。


「くそっ!? どうして城壁の内側に入り込まれているのに気が付かなかった!?」


 俺は最悪の状況に思わず毒づく。


 今この帝都は、堅牢な城壁と張り巡らされた共同戦線の防衛体勢によって守られているはずだ。しかし、今は対魔族の為に計算され尽くしたはずの防衛網がものの見事にすり抜けられ、街々は一方的な攻撃に晒されている。

 流石にここからでは街の詳細を伺い知ることは出来ないが、既に新顔や共同戦線の正規団員を含めて数十人の死者が出てしまっている。失態では済まされない状況だった。


「生存者……!?」


 すると、瓦礫の山から共同戦線の団員が健在な姿を現すが、爆心地に居たはずなのに傷一つ負っていない。その出で立ちはあまりに不自然であり、生存者の発見を素直に喜ぶわけにはいかない現状となっていた。


「ふふっ……楽しそうだねぇ。お兄さんもお姉さんも……」

「お前は……!?」


 不穏な口ぶりと凶悪な笑み。中肉中背の男性といった出で立ちがブレ始め、そのシルエットが随分と小さくなっていく。同時に低い声も子供特有の舌足らずで甲高い声に変化する。

 そこに現れたのはケフェイド攻防戦でボルカ・モナータと戦っていた少女魔族。


「お久しぶり。僕はジャンネット・ポルナータ。さァ、愉しく遊ぼう!!」


 ジャンネットと名乗る少女魔族は、見覚えのある幅広の武器を手に執ると愉し気に指を鳴らす。それが合図だったのか、上空から大量の火球が俺たちに向かって降り注いで来た。


「セラス! あのちんちくりんは一体どうなってるんだ!?」

「分からん。私が知っている限り、完全に他者に完全になりすます魔法など使っているところを見た事がない!」

「それなら……なんで!?」


 火球を迎撃しつつ回避する俺達だったが、見合わせる互いの顔には困惑の感情がありありと浮かび上がっている。特大イレギュラーのオンパレードによって色々と揺さぶられており、これぞ奇襲とも言うべき相手の術中に完全なまでにハマってしまっているようだった。


「あのお方に力をもらった。僕たちも前の様にはいかないという事だよ」

「まさか……失われた“古代魔法エンシェント・オリジン”をマルコシアスから!?」


 セラスの言葉によって触れられたのは、こちらが“原初魔法ゼロ・オリジン”を切り札に据えた様に連中も奥の手を用意していたという事。想定されていたデッドラインを大幅に超えて開戦を敢行した理由は恐らく――。


「さァ、どうだろうねぇ……? まあ、そんな事を考えるだけ無駄無駄さぁッ!!」


 そんな俺を他所にジャンネットが笑みを浮かべたかと思えば、闇の魔力を纏わせた幅広のブーメランを投擲する。その勢いはケフェイド攻防戦の時の比ではなく、凄まじい威力の向上具合だった。

 上空からは火球の嵐。正面からは台風のようなブーメラン。正しく脱出の隙が無い波状攻撃。


「ちっ!? このままではなぶり殺しだ!」

「上と下と両方どうにかするには……」

「まとめてぶち破るしかないよね!!」


 回避が不可能だというのなら答えは一つ。正攻法での正面突破しかない。


大空そらは俺が! 下は任せる!」

「了解! 行くよ、セラス!」

「心得た!」


 正面からの一撃にはルインさんとセラスが対応。俺は悪魔の翼を喚び出して上空の火球嵐に突っ込んでいく。

 身体を左右に揺らし、回転機動を取って迫り来る火球を回避。同時に闇の魔力を氷に変換して刀身に纏わせる。


「凍てつけ、“ウロボロスコフィン”――ッ!!」

「■■■■――!?!?」


 一気に高度を上げ、処刑鎌デスサイズを一閃。闇氷の竜が飛翔し、飛竜ワイバーン達ごと大空を喰らい尽くした。


「な――っ!?」


 空を覆い尽くすのは、氷華に包まれ絶命した十体の飛竜ワイバーン

 それを受けてか、ジャンネットが空を見上げながら絶句しているのが視界の端に映る。その驚愕は、俺の魔法の威力・練度――共にケフェイド攻防戦の時と雲泥の差であるからだろう。しかし、彼女にとっての計算外はそれだけじゃない。


「セラス、修行の成果を――!」

「ああ、こうなってしまえば致し方ない!」


 ルインさんとセラスが横並びで並走する。そして、魔力を纏わせた得物を同時に振り上げれば形状の異なる二つの刃が突き合わされ、その中心で雷光と紫天の魔力が混ざり合う。


「“双天雷燐紫戟斬そうてんらいりんしげきざん”――ッッ!!!!」


 二人の声が折り重なり、紫雷の剣戟が撃ち放たれる。剣戟の威力は凄まじく、台風の様に高速回転するブーメランをいとも容易く打ち砕いたかと思えば、剣戟の余波だけで訓練場の壁を大きく抉り飛ばすほどだった。


「ぐっ……!? 二つの魔法を融合させるなんて……!?」


 ジャンネットは横っ飛びで剣戟の余波から逃れ、苦々しい表情を浮かべながら毒づいている。今二人が放ったのは、ルインさんの“青龍雷煌斬”とセラスの“ダークバニッシュメント”――二つの斬撃魔法を同じ威力・角度で融合させた“合体魔法ユニゾン・オリジン”。連携の枠を超えた高等技能だ。

 どうやら魔族社会にこの技能は根付いていない様であり、魔力消費の少なさから来るコストパフォーマンスまで考えれば、“合体魔法ユニゾン・オリジン”が有用な手段である事が証明されたと言っていいだろう。唯一の欠点は、使用可能な人間があまりにも少ないといった所か――。


「驚いている場合じゃないと思うがな!」

「ちっ! これは想像以上……流石にそちらも一筋縄でいきそうにないねぇ」


 地面を転がって膝を付いていたジャンネットに向けて“ブリザードランサー”を射出。奴の周囲に氷結の槍を撃ち込むと共に上空から肉薄する。


「もう少し足止めしたかったけど、厄介なお兄さんたちを此処まで引き付けられれば上出来でしょう。というわけで、ざーんねん!」

目眩めくらまし!? こんなもので……!」


 カウンター気味に撃ち出されるジャンネットの闇の砲撃。それを漆黒を纏わせた処刑鎌デスサイズで力任せに斬り裂く。

 しかし、闇の砲撃を吹き飛ばして目標地点に辿り着いた時、小さな相克魔族の姿は忽然と消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る