第200話 鮮血殺戮のPrelude

 激動の夜が明け、朝――。

 今日も今日とて俺たちは激しい訓練に挑む――はずだったが、戦時前という事もあって大分緩やかな内容となっている。現に今日は訓練場に顔を出している者も疎らだった。



 昨夜から時間が経って特別何かが変わったかと言われれば、そういうわけではない。


「っ!」


 顔を赤くしているルインさんとの距離感がいつもよりも一歩近くなった。ただ、それだけで説明がついてしまう程度の事。


 そんな事を思っていると、逆側に立っていたセラスが怪訝そうな表情で話しかけて来た。


「――ふむ、ここに来て更なる戦力増強とはな。開戦間近とあって即戦力でなければ意味がない。心強い味方ならいいのだが」

「どうかな。二級、三級の名家やこれまで声のかからなかった連中だろうし、人海戦術用の数合わせにしかならないって事もあるけどな」


 セラスの視線の先では、数十名の追加召集人員が帝都入りして共同戦線の参加受付をしている最中だった。

 だが、頼もしい援軍というよりは、自分の土地に居ても勝ち目がないと帝都に集った者達でしかないはずだ。故に大多数はグラディウスやフォリアのような名家に連なる分家よりも立場が下とあって、普通に考えれば実力は頭打ち。


 自分の土地を守ると帝都からの誘いを蹴った者がいたとして、その人間が凄まじい実力者でもなければ共同戦線三群レベルの実力があって上々という所だろう。

 現に追加召集人員の中には、ローラシア王国の冒険者ギルドで突っ掛かってきた連中の姿を見つけてしまっていた。


「むぅー」


 そういえば連中も二つ名持ちのパーティーだったと思い返し、連中に半眼を向けながらセラスと会話していると何となくではあるが逆側から刺すような視線を感じてしまう。しかし、こんな外で反応出来るほど俺も余裕があるわけじゃないし、気づかなかった事にしての無視一択以外ありえないわけだが――。


「それより、今度は大都市が落とされたんだろ?」

「うむ、ここからは大分離れた地であるようだが、都市が五、街が十八、小規模の農村は数知れずといった状況らしい」

「とうとう帝都への進軍が始まったか」


 いよいよ活気づき出した魔族の反攻。連中が帝都に上がってくる中で次々に街が落とされている。魔族の視界に入れば、皆殺しで街々は壊滅。既に犠牲者は数えきれない人数に膨れ上がっている。そんな現状を受け、自分の土地を棄ててまで帝都に集ったのが今回の連中だという事だ。

 ある者は村一同、またある者は家族と親しい人間達を連れ立って、一番の危険地帯であると同時に最も安全な帝都に逃げ延びてきたといった所だろう。まあ、帝都に来た以上は、住民の避難誘導でも何でもやってもらうわけであり、今は人員配置を決めている最中だ。


「予想通り全く勝負になっていない。とはいえ、ここまで一方的に蹂躙されるとはな」

「人間が皆お前たちのような強さだったのなら話は別だろうが、この戦線にいる者以下ともなれば所詮は烏合の衆。殺戮のタガが外れた魔族を押し込めるはずはない。その上、彼ら自身は殆ど戦ってすらいないだろうしな」

「ああ、斥候の情報からして戦闘の殆どは狂化モンスターが行っているはずだ。それも疲れ知らずで死なない半不死の魔獣が猛威を振るっているのなら、連戦での消耗もそれほど期待出来そうにない」

「想定されていたデッドラインを超えているんだ。彼らも抜かりないだろうさ」


 多くの命が散っていく。しかし、彼らを助ける術はない。今の俺達に出来るのは、彼らの犠牲を無駄にならない様に歯がゆさを押し殺しながら耐える事だけだった。

 何故なら俺達は正義の味方や完璧超人でもないし、今勃発しているのが私闘や喧嘩ではなく戦争・・であるからだ。


 遠く離れた危険地帯に飛んで行って、誰も彼も助けられるほど人間は万能じゃない。帝都の守りが薄くなってしまえば、それこそ本末転倒だ。


 救わなければならない命と切り捨てる命。


 前者は皇族や神官、名家の当主たちといった権力者、それからエース級の戦闘員や特異な技能を持つ者。

 後者は戦況に与える影響が少ない大多数の一般人。


 戦いに臨む中で、俺達は命の重さの優劣を瞬時に判断しなければならない。それ故に命を見捨てる選択をしなければならない事も往々にしてある。それどころか、命を助けられない事の方が圧倒的に多いはずだ。

 そんな中でも見捨てた命を背負って戦う事が、俺達に求められている事なのだろう。


 だからこそ、一時の感情や勝手な正義感に駆られて戦場に突っ込んでいくなんて最悪の選択肢だ。例え生の感情が喧嘩や私闘では本人の原動力となるのだとしても、戦争中では許されない。その証明とも言えるのが、ボルカ・モナータの暴走で勃発したケフェイド攻防戦だった。


「時間はどのくらい残されているんだ?」

「遅くて一週間、早くて明後日みょうごにちといった所だが……」

「何か心配事があるの?」


 ルインさんは会話に割り込む様に俺の膝に手をついたかと思えば、反対側から身を乗り出してセラスに疑問を投げかけた。


「いくら隊列を組んだ大部隊の進軍に時間がかかるとはいえ、この数ヵ月間……あまりにも静か過ぎる」

「そっか……前はセラスを追いかけてこの近くまで来てたんだし、言われてみれば変だよね」


 二人が不思議そうに首を捻る。容姿の良さもあって困り顔も絵になる光景だが、その疑問は尤もなもの。“原初魔法ゼロ・オリジン”の脅威を受けて出方を伺っているとも取れるが、あの連中がそんな事でおとなしくしているかと言われると俺も疑問を抱かざるを得ないというのが正直なところだ。


「向こうの傷だってとっくの昔に癒えているはずだ。正面からでなくとも何かしらの接触があって然るべきだと思うのだが……」

「嵐の前の静けさって言葉はあるけど……」


 何事もない普通な日々というのは尊いものだが、戦時前の薄氷の平和においては、何もない方がかえって不安を掻き立てられる。そうやって三人して考え込んでいると、突如として訓練場の中心で闇の・・魔力が弾けた。


「――くぅ……ッ!?」

「ちっ!? 魔力の爆発だと!?」


 吹きすさぶ魔力の奔流と空高く立ち昇る爆炎。

 訓練場は半壊し、多くの戦士の血と汗が染み込んだ地面が鮮血の海と化す。


 咄嗟に魔力で壁を作った事で俺達三人は無事だったが、下の状況は最悪の一言だった。


「今の魔力は……!?」


 即座に武器を展開。一瞬ではあったが、さっきの爆発の中に闇の魔力の存在を感じ取った為、その所在を探るべく瓦礫の山と化した訓練場を見回す。

 さっきは俺もセラスも魔力など使っていなかった。ならば導き出される答えは一つ。


「とんだ開戦だな……全く!」


 魔族からの先制攻撃だという事だ。

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