第194話 三つの顔を持つ女

 戦士の条件とは――。

 ただ強いだけではなく、己を律して万全の状態で戦いに臨める状態で待機する事まで含まれてのものだ。魔族侵攻のデッドラインを超えている俺達共同戦線にとっては、何とも胸に突き刺さる言葉だろう。


「こらっ! ファオストォ!! 攻撃は相手に向かって撃て! 訓練場の壁を壊すんじゃないッ!!」

「うえっ!!」

「しかも訓練中に寝転ぶ奴があるかっ!?」


 ロレル・レグザーとデルト・ファオストの模擬戦が終了。勝敗は両者有効打無しで引き分け。しかし、あの技こそ出さなかったが、後先構わずにぶっ飛ばしていたデルトは魔力切れとなって訓練場に横たわっている。だらけ切った様子を受けて色んな意味で指揮官からの指導が飛ぶが、何とも緊張感に欠ける光景だ。


 そんなやり取りを見ていると別の場所で訓練を行っていた後衛組が姿を現す。


「へぅぅ……!」

「命中精度は上がってきました。一発逸れてしまいましたが、随分と腕を上げたと思いますよ」

「まあ、その一発の流れ弾で教官のカツラを燃やしちゃったけれどね」

「もぅ! アリシアさん!」


 アリシア、エリル、ストナ・マジェストの三人と他数名。ストナに関してはリリアの後ろにくっ付いて動いている印象しかなかったが、この二ヵ月の間でアリシアたちともそれなりに打ち解けたようだ。

 帝都にやって来た当初、デルト、ストナは闘いに対する意識はお世辞にも高いと言えない状況だったが、流石は名家の跡取りとあって才能は一流。その戦闘能力は共同戦線でも目立つところとなっていた。


 残る二人だが、リリアに関しても順当に力をつけていると断言出来る。開花しきってはいないものの、やはり聖盾としての地力は計り知れないという事だ。それは多分、精神的な成長が大きく起因しているのだろう。


 対するガルフが結果を出し切れていないのも、そういう要因が大きいのかもしれない。膨れ上がった自尊心の所為で誰かに教えを乞う事も出来ず、剣聖という戦闘に最適な上に最上位の職業ジョブと、グラディウスから与えられた業物を完全に持て余している。現にデルトたちと並行して行われていた模擬戦でも軽くいなされてしまっていた。


「お疲れー」

「随分と騒がしいな」


 並列思考で細かな魔力制御訓練を行いながら模擬戦を見ていた俺だったが、得物を肩に担いだルインさんとセラスが近づいて来ていた事に漸く気が付く。騎士団長直々の特別特訓に出向いていた二人は、訓練場中を飛び交う指揮官の怒号を受けて目を丸くしていた。


「はーい! お姉さんですよー!」


 そんな俺たちの目の前に、ガルフとの模擬戦を終えたキュレネさんが文字通り跳んで来る。訓練場から観客席まで跳躍してきた事にツッコミを入れるべきだろうが、戦闘を行っておいて砂埃一つ付いていない辺りには流石に驚かざるを得ない。ガルフだってグラディウスという色眼鏡をなくしても、正当な評価で一群に留まれる程度の実力はあるはずなんだが――。


「ん……もしかして、キュレネさんと戦ってたのって……」


 宙を舞うキュレネさんに一瞬身じろいだ俺の隣で、ルインさんが小首を傾げながら疑問を投げかけた。彼女の視線の先にあるのは、その発進地点で尻もちをついているガルフの姿。


「アークの弟クン……だったわよね?」

「え、ええ、まあ一応……」

「ルインちゃんも知り合いだったかしら?」

「えっと、一応?」


 二人して曖昧な返事しか出来ない俺達。セラスも何となく複雑な事情を察してくれたのだろう。怪訝そうな表情ながらも、口を挟まずに黙ってくれている。


「初めて戦った……というか、ちゃんと話したけれど、双子って割には全然似てないのねぇ。見た目とか性格とか……」

「そうですね。アイツは父親、俺は母親似だと言われていましたから……。それはそれとして、アイツと戦った割には随分と余裕そうですね」

「まあねぇ。グラディウスで剣聖って訊いてたから、どんな凄いのが出て来るかと思ったけれど……なんか普通だったわね。それから私がランサエーレの血縁者って知って色々言ってきてムカついたから軽くボコっちゃったわ。ごめんね、アーク」

「いや、それは別にどうでもいいですけど……」


 キュレネさんは悪びれた風もなくチロっと舌を出しながら上目遣いで詰め寄って来る。俺はそんなキュレネさんに内心でドキッとしながらも、それを極力表情に出さぬように苦笑を浮かべていた。


 因みにだが、すぐにケフェイド攻防戦に突入してしまった所為で後回しにされていた “ランサエーレ謀反事件”についての事後処理だったが、この二ヵ月の間に一区切りついていた。


 結論から言えば、魔族アドアと繋がっていたのはラセット・ランサエーレが率いる本家のみであり、他の分家や血縁者は衰えつつある名家として四苦八苦しているだけだったそうだ。

 とはいえ、結果的に魔族と共謀した当主の失態が許されるはずもなく、ランサエーレ家はこの大戦のゴタゴタがひと段落し次第、お取り潰しが決定した。何故今すぐでないかといえば、悪事に関係ないランサエーレの間者も戦力として運用したいのと名家が欠ける事で市民の不安感情を煽らないようにする為の措置だ。


 しかし、あのラセットが頂点に君臨していたランサエーレに当主に値するような人材がいるはずもなく、すったもんだの末にその血脈に名を連ねるキュレネさんが代理当主という形で選出される事となった。

 本人的には過去の因縁もあって蹴るつもりだったようだが、祖母やメイドたちの安全確保と多額の手当てを条件に承諾。


 つまり今のキュレネさんはSランクパーティーの一員であり、共同戦線所属であり、ランサエーレ代理当主でもあるトリプルフェイスだという事だ。

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