第190話 星光月夜のエンゲージ

 騒がしかった夕食と片付けを終え、騎士団長が取ってくれたという高級宿で解散。また明日の朝に集合だという事で自室に戻って行った。


 それから少しばかり経過し、時刻は日付が変わる瀬戸際。


 俺は宿付近の崖にある大岩に腰かけて地面を照らす月光を見上げている。


「……」


 久々の穏やかな時間というのもあるが、俺自身も色々と思う所があったからだ。慣れない事ばかりで疲れ切ってはいるが、こうして静かに考えにふける時間が欲しかったが故の夜更かしだった。


「皆、笑ってたな」


 今日一日を過ごして、つまらなかったという人間はいないだろう。現に同年代とちゃんと遊んだ事のない俺ですら、心からそう思っている。


 ――無力は罪だ。だからそんな自分が許せなかった。それは今も変わっていない。

 無職ノージョブだろうが、特異職業ユニークジョブだろうが、守れないものが沢山ある。むしろ力を得た今の方が、自分への憤りが大きくなっていると実感していたはずだった。


「俺にまだ、こんな感情が残っていたとは……」


 欲しかったのは揺ぎ無い強さ。誓いを果たせるのなら、自分なんてどうなってもいい。少年らしい感情なんて、とっくの昔に棄てたはずだと思っていた。

 でも、今日の俺は明らかに違う。こんな風に普通の少年のように自分が笑えるなんて思っていなかったし、今の今までその事に疑問を抱かなかった自分に驚きしかない。


 まだ何も成しえていない俺がそんな感情を抱くなんて許せない。一方、こんな当たり前の幸せに憧れていたであろう封殺された俺自身が居る事も認めざるを得ない。

 今日この時が、そんな俺の感情の一端に触れたであろう事も――。


(願いは叶った。もう十分だ)


 グラディウスとの決着。

 疑似的とはいえ剣士となって剣を執った事。

 封殺したはずの夢や信頼できる仲間たち。


 理想とは違えど、棄てたはずの物が俺の下に集って来る。こんなに幸せな事はない。


 空っぽだった俺の器は、皆のおかげで十分に満ちた。もう満足だ。


 後はこの戦いで皆を死なせない事――それが俺に残された最後の仕事だろう。

 何があっても皆を護る。その上でマルコシアスを討ってこの戦いを終わらせる。その為なら、俺は――。


 いつか見た月光。新たな誓いを立てるのにこれ以上相応しい夜はない。戦いに向けて更に意志が固まったのを感じながら、部屋に戻ろうとしたのだが――。


「――隣、いいかな?」

「え、っと……」

「……お邪魔しまーす」


 視界の端で月夜に輝く金色が揺れたかと思えば、俺の返事を待つことなく水着姿のルインさんが隣に腰かけて来る。それなりに大きな岩場だったが、ルインさんが肩や太腿ふとももをピッタリくっ付けて来た為、その感触に心臓がドクンっと跳ねてしまった。

 何事かと視線を向けるが、前髪で顔が隠れていて表情を窺い知る事は出来ない。突然の行動を受け、困惑と驚愕に襲われながらルインさんの言葉を待つ事しか出来ないでいた。


「あの、さ……この水着似合ってる?」

「へ……あっ」


 何を言われるのかと戦々恐々としていたが、予想の斜め上を行く発言を受けて変な声を上げてしまう。


「もぅ、何その反応……。せっかくアーク君に見せてあげようと思ってずっと取っておいたのに……」

「取っておいた? 帝都に来てから買ったんですか?」

「もっと前! ローラシア王国!」

「ローラシア……水着って、まさか!?」


 ルインさんの言葉が記憶とリンクする。時期的に言えば、アリシアが仲間に加わる前で竜の牙ドラゴ・ファングとも出会う前。脳裏を過るのは、日に焼けた肌をした体格のいい男性。

 完全に忘れていたが、そういえばやたら開放的な露店の店主から何か買っていたと数ヵ月越しに繋がる事象に妙な納得と驚愕を覚えていた。


「うん。向こうのギルドで色々あって結局泳げなかったけど……その時買ったやつ。それで、感想は?」

「はぁ……」

「だから、感想は!? 私だって、こんな格好恥ずかしいんだよ! いつもの皆や周りの人たちからたくさん見られるし!」


 ガバっと顔を上げたルインさんが詰め寄って来れば、目と鼻の先に端正な顔が広がる。ここに来て初めて表情が見れたが、俺を睨み付けるように目尻をつり上げられた瞳は潤んで揺れ、彼女の顔は完熟した果実の様に真っ赤に朱がさしていた。

 その勢いに軽く仰け反ってしまうが、最早ヤケクソ気味のルインさんはお構いなしに詰め寄って来る。視線を外そうにも上に逃げればあからさまな無視となってしまい、下に降ろせば薄くて極小面積の水着に収まり切らない豊満なバスト――どうあっても逃げ場がない。


 ここまで来ればもうどうにでもなれと俺も覚悟を決めた。


「――えっと、よく似合ってると思いますよ。配色もルインさんのイメージ通りですし、ちょっとセクシー過ぎますけどスタイルの良さも際立っているので、普通の水着より魅力的……だと俺は思いますけど……」

「っぅ!? そっか……それなら、いいよ」


 お互いの顔がありえないくらい真っ赤に染まる。首から上に集まった熱を振り切るように勢いよくそっぽを向き合った。

 しかし、直後の発言を受けて再び固まってしまう。


「じゃあ……さ、他の子と比べてどう?」

「へ?」

「キュレネさんやセラス達と比べてどうって訊いてるの! アーク君他の子とばっかりくっ付いてたし、私は色々あってそんなに一緒に居られなかったし……」


 どこか拗ねたような口ぶり。何ともまあ、答えにくい質問だった。


「その、皆系統が違うので比べるのはちょっと……。でも、ルインさんが一際目を引くのは間違いないというか……」

「……そういう事じゃないんだけど……なぁ」

「っ!?」


 必死に答えを導き出すが、ルインさんは大きく嘆息。する突然俺の肩に頭を乗せ、身体全体を預けるように体重をかけて来た。同時に俺の腕が彼女の白い腕に絡めとられて引き寄せられれば、暖かく柔らかな感触に襲われる。


「ちょっ!? 何、して!?」

「私が一番って言うまで、離してあげないんだから……」

「は、はぁ!?」

「大体さぁ……アーク君は、ちょっとくらい手を出したくならないの? 二人で旅をしたり、一緒に寝たこともあるのにさ」


 動揺する俺とは裏腹にルインさんの頬が膨らみ、これまで訊いた事のない不満の声が次々に突いて出る。普段の活発というよりは物静かな彼女と比べると、かなり饒舌じょうぜつで少しばかり毒が強い。もしかしたら部屋に戻った後、キュレネさんたちと晩酌ばんしゃくでも交わしたのかと思っていると――。


「――どうする? 今なら私、抵抗しないよ?」

「――ッ!?」

「アーク君のしたい様にしていいんだよ?」


 俺の腕を挟み込んでいる豊満すぎる乳房が、更に強く押し付けられて形を変える。同時に耳元でささやかれた熱っぽい息遣いのくすぐったさを受けて、出所にバッと振り向けば――。


 ルインさんとの距離がゼロとなり、互いの唇が重なっていた。

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