第188話 女達の狂競曲

 色々と悶絶物だった海の家での一件を終え、元のビーチシートに戻って荷物を置いた俺達だったが、買い出しに出る前にはなかったはずの人だかりを受けて思わず足を止める。人々が取り囲んでいる先には、確か料金制でビーチバレーを行うフィールドが合ったはずだ。よっぽど試合が盛り上がっているのだろうと当たりを付ける。

 しかし、ボールが跳ねる音もせず、何故か残してきた三人の姿も白いビーチチェアを残して消失。何が起こったのかと熱狂的な声を上げる観客達の視線を追えば、見覚えのある金色の髪がその中心で揺れていた。


「あれは、どういう状況だ?」

「さあ……ビーチバレーには見えないわね」


 俺とアリシアはその光景を目の当たりにして、思い切り頬を引くつかせながら固まってしまう。

 何故なら俺達の視線の先では、水着姿のルインさんとケバケバしい女性が大きめの台座の上で向かい合っており、お互いの胸を押し付け合っていたからだ。しかも、その近くでリゲラが大声で実況・解説を行っている上に、それを見て歓声を上げる多くの者達。目の保養以前に情報量が多すぎて完全に処理しきれない。


 その一方、余裕そうなルインさんと必死な形相のケバい女性の勝負も大詰めを迎えている。前者の方が腰回りは細く、胸は一回り半以上豊満。後者は完全に押し込まれ、最早崖っぷち。

 ルインさんが胸を揺らしながら勝ち誇ったようにふんぞり返り、女性がビーチの砂に叩き落されて悔しそうな顔を浮かべるという状況が出来上がったのは、それから三秒後の事だった。


 その結果、ルインさんの勝ちで決着が付いたようで、周囲からの歓声が激しさを増す。


「おひょー! あの金髪のねーちゃんは、やっぱりムチムチバインバインでたまんねぇな!」

「おう! 優勝候補間違いなしだぜ!」

「くぅー! どうにかして付き合いてぇ! 一回でいいから突き合いてぇ!!」


 男性観客達は最低の感想を大声で上げ、アリシアとエリルの視線がゴミを見るかのように変わる。だが、手近な情報源がこの連中しかいないわけであり、不承不承ながら俺が代表として声をかけた。


「すみません。これは一体どういう大会なんでしょうか?」

「あぁん!? 今いい所なんだから黙って……」


 しかし、男達から浴びせられるのは野太い罵声。血走った眼でルインさんに熱い視線を送るのに夢中なようで訊く耳を持ってくれない。次を探そうかと思ったが、男達の視線は隣にいたアリシアに固定される。


「ぅ、きもっ……」


 対するアリシアは他の誰にも聞こえないようにボソッと呟いたかと思えば、俺の背中に隠れてしまう。とはいえ、そんなアリシアの様子は下半身直結男達には効果覿面てきめんだったようであり、意図しない形だったがこちらに興味を持ってくれたようだ。

 まあ、終わりよければという事で、俺は別の女性同士が正面からぶつかり合い始めた台座を指差しながら、もう一度男性に疑問を投げかける。


「えっと、改めてですけど……アレは一体何なんですか?」

「あん? この大騒ぎに気付かなかったっていうと、おめぇら来たばっかりか?」

「ええ、まあ……似たような物です」

「ほー、なんつーか……一言で表すんなら女の戦いだな」

「現象は見ればなんとなくわかりますけど……」


 要件を訊いたはいいものの、要領を得ない解答を受けて疑問符は増えるばかりだった。だが、少しずつ色んな意味で衝撃的過ぎる事態の詳細が明らかになっていく。


「そこのビーチチェアで乳のデカいねーちゃん三人衆が横並びで日光浴してたから、皆で声をかけまくってたんだが……全く釣れなくてガン見するだけで止まってたんだ」

「続きは?」


 理由はよく分からんが、男の言い様に自分でも若干イラついているのが分かる。興奮しながら話している男に対して、その感情が伝わらなかったのは不幸中の幸いだった。


「おう、それでな……あの金髪のねーちゃんにガチ告白した野郎が何人かいたんだが……なんとその中に彼女連れでここに来た奴がいてよォ。その彼女がブチキレながらねーちゃんに突っ掛かったんだよ。“この泥棒猫めッ!!”ってな」

「……なるほど、それは物騒な話だ」

「全くだぜ。しかも、彼女の方はそのままガチギレして殴りかかったんだが……ねーちゃんの一本背負いでぶん投げられてやられちまったんだ」


 ルインさんが襲って来た暴女一本背負い――情景が目に浮かんでしまう。少しばかり遠い目をしていると、今度は別の男達も話に入って来る。


「ところが話はそれだけじゃ終わんねぇんだよ」

「おう、あの彼女さんぶん投げられた勢いでポロリしちまって更にブチ切れ、とうとう武器まで持ち出しちまって血みどろのリアル修羅場がおっぱじまる……かと思ったら、色々状況がこじれた。その結果、台座から手を使わずに相手を落としたら勝ちっていう大会で決着を付ける事になったってわけよ。腕づくじゃあ危険だからな」

「あれよあれよと舞台が作られ、その場に居た気のいい兄ちゃんが審判に名乗り出て今に至るって事だな。まあ、血で血を争うキャットファイトだなぁ。実にいい!」


 そうして情報が集まり、この意味不明だった状況の全てが明らかになった。


「――何という無駄な行動力」

「でも、こうして最高の光景を見られるんだから喜びしかねぇよなぁ!」

「因みにさっき金髪のねーちゃんに負けたのがその彼女な。あっちでブチ切れてる奴だぞ」


 この場の混沌としている状況。嬉々して話している男達を前に思わず頭を抱えてしまう。


「それから金髪のねーちゃんと一緒に居た二人もそれぞれのブロックの優勝候補だぞ」

「蒼いねーちゃんが無理やり巻き込んで出た二人だけど、今やノリノリだぜ!」

「状況的にルインさんはしょうがない。いや、やっぱり元凶はあの人か……!」


 どうしてブロック分け出来るほど参加者が居るのかとか、レギュレーションがちゃんと決まりすぎじゃないかとか、色々突っ込み所が多すぎる。だが、参加している三人に関してはそうなるにあたって心当たりがないわけじゃない。


(キュレネさんに負けず嫌いを煽られたか。しかし、セラスまでそっち側とは……)


 うちの女性陣は、さっきの彼女さんや普通の女子のように勝気だったり今時風だったりする表面上の騒がしさはない。だが、力がものを言う実戦を生き抜いて来た女傑とあって内に秘める負けん気の強さは、そこらの男性戦士とは比べ物にならないレベルまで達している。

 当然ながら勝負事に対する拘りが強く、そこを刺激されてのリングインといった所なのだろう。


 というか、他の参加女性達も闘争心を全開にしている辺り、もうそういうものだと思うのが良いかもしれない。


「あ、アーク君!?」


 色々諦め始めた俺だったが、次の相手を胸で突き落したルインさんが舞台の上からこちらに手を振っている事に気付いてしまう。一瞬無視しようかとも思ったが、ジャンプを繰り返しながら手を振って来るルインさんから視線を外せるはずがない。


 視線を向ければ、美しくも凛々しいルインさんの姿。いつもなら顔を赤くして恥ずかしがる所だが、今は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。やはり戦闘のスイッチが入っているのだろう。

 尤も皆の視線は、ルインさんが跳ねる度に上下に大きく揺れる破壊的な物体を追っているわけだが――。


 ルインさんに手を振られた事で、周りから殺気が俺に向けられる。


 更に俺を見つけたセラスは恥ずかしがりながら身を捩り、逆にキュレネさんは扇情的なポーズで誘惑して来た。

 この状況でそんな事をされたのだから、俺が針のむしろどころじゃない状態になったのは必然。ただ、共同戦線の時よりも威圧感が凄まじい事だけは計算外だった。これも下心と欲望がなせる業か。


 その後は、ルインさん達三人が勝ち抜けてブロック優勝。キュレネさんに煽られまくったアリシアが途中参戦して最終ブロックを勝ち抜けとなるハプニングもあり、会場は大盛り上がりだった。


 試合が進み、最後は知り合い四人による頂上決戦が繰り広げられたりもしたが、それはまた別の話。


(気晴らしのバカンスとは何だったのか……。俺にはもう分からん)


 当の俺は、隣でドス黒いオーラを放っているエリルに軽く引きながら、もうヤケクソだとルインさん達の戦いを観戦していた。


 結局、俺は平穏・安全という言葉と友人にはなれないようだ。

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