第187話 突入!海の家
「全く、酷い目に合ったな」
海から上がって来たお姉様たちに有難い言葉を頂いた後、何故か買い出しを命じられた俺は疲れ切った体を引きずりながら売店――所謂、海の家に向かって歩いている。
「ちくしょぉぉ――っっ!!!!」
そんな俺の目の前を嵐のような勢いでリゲラが駆けて行き、視界の端で水柱が上がった。見覚えのありすぎる疾走者を見て内心で首を傾げてしまったが、その疑問に答えるかのように鈴の音のような声が響く。
「結局失敗しちゃったのかしら。可哀想にね」
「あはは、途中で砂の波に呑み込まれたんじゃしょうがないですよ」
その発信源であるアリシアとエリルは、ヤケクソで泳ぎ回っているリゲラを見ながら楽し気に笑い合っている。
「砂の波ってなんだよ?」
「さっき砂浜で爆発が起こった時、巻き上がった砂がナンパ途中のリゲラに降りかかったのよ。せっかくいい所まで行っていたのに台無しね」
アリシアが言う所の砂浜で起こった爆発――あまりに心当たりがありすぎる。
「でも、いつもあんな感じで失敗して騒いでいるので、あんまり気にしなくていいですよ。一種の風物詩のような物ですから……」
そんなリゲラに内心で謝罪していると、魚を逃した本人に対するエリルの反応は何とも淡泊なもの。
「ナチュラルにエッジが利いてるわね」
「ああ、是非強く生きて欲しいもんだ」
俺とアリシアは慣れたようなエリルに対して少しばかり驚きながらも、リゲラの安寧を願う気持ちは同じだった。
「まあ、リゲラは放っておこう。それと俺は今買い出しの最中なんだけど、なんか欲しい物あるか?」
「へぇ、甘味とかあんまり好きじゃなさそうなのに珍しいわね」
「まあ、成り行きで……」
「ふぅん、またルインさんを怒らせたのね」
海の家の順番待ちに並ぶ俺の言い様に目を丸くするアリシアだったが、そこは流石のフリーズドライ。目敏く眼光を強めるとジトっとした視線を向けて来る。
「正確には、ルインさん達だけどな」
耐えられなくなった俺は、そっぽを向きながら遠い目で水平線を見つめた。しかし、回り込むように視界一杯にエリルの顔が広がる。
「学習しない人ですね。大方、荷物番で残ったセラスさんと乳繰り合ってた所を見られたんでしょう? パラソルか岩場の影でおっぱじめる前に止めてくれてよかったですねぇ」
ちょこちょこ間違っているとはいえ、
「おやおや、三人揃ってどうしたんだい?」
「ジェノさん!」
現れたのは爽やかな笑みを浮かべているジェノさん。元々本気で怒っているわけじゃなかっただろうが、二人の笑みも収まってようやく元の状態に戻った。
「海の家に昼食を買いに行くところです。一緒にどうですか?」
「そうか。僕も小腹がすいて来た所だし、ご一緒させてもらおうかな」
「ええ、是非是非!」
これまでジェノさんのハイスペックが女性関係で活かされたことは
「へぇ……海の家なんて始めて来たけど、結構色々あるんだな」
「ええ、氷菓子のシロップにもこんなに種類なんて驚きよ。環境産業とでも言うべきラインナップ……興味深いわね」
ようやく順番が近づいて来たからかメニュー表が回ってきたが、多種多様な内容に俺とアリシアは興味津々だ。何故なら俺達にとっては、普段家で食べていたのが名家特有の料理ばかりだった上、外に出ている旅の間は質素な暮らしに一変するのが当然だったからだ。
目の前に広がるのは、それとは対照的な光景。色とりどりの氷菓子と作業手間を省いて高カロリーを追求したであろうジャンキーな料理の数々。俺達からすれば、こういう娯楽目的の公共の場は完全に未知の世界だった。
「お二人共意外と子供っぽい所があるのですね」
「ふふっ、バカンスを楽しむのは良い事さ。気晴らしと言っただろう?」
「それはそうですが、凄い見られてます。正直恥ずかしいんですけど……」
「せっかく楽しそうなんだからいいじゃないか。いっその事、僕達も混ざろうか?」
「恥ずかしいので止めて下さい。リーダーと言えど、引っ叩きますよ」
「手厳しいなぁ。せっかくの気晴らしなんだから、はしゃいでもいいじゃないか」
「はぁ……私達は向こうに置いて来た人たちの為にちゃんと買い物をしないといけないのですよ。珍しくあの二人がボケに回って、全く役に立ちそうにありませんからね」
俺達がメニュー表と睨めっこしている間に、ジェノさんとエリルの間でそんなやり取りが繰り広げられていた。
因みに自分達の分なら遊んでも問題ないだろうから、氷菓子にシロップ全ぶっ掛け、料理も食べられるだけ買って行こうなどと年甲斐もなくはしゃいでしまい、後でアリシアと悶絶する事となったのは言うまでもない。人生初の海の家での買い物は、これから墓場まで持って行かなければならない黒歴史となった。
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