第186話 トロピカルジュースチャレンジ

 あのままお姉さま方が殴り合いを始めてしまい、ビーチに血の雨が降り注ぐ事になるかと思われたが、比較的冷静だったジェノさんとセラスの奮闘によって無血で乗り切る事が出来た。今はそれぞれ小さなグループに分かれて遊びに出ており、女性陣からはさっきまでの殺伐とした雰囲気が感じられない。


 ジェノさんは黙々と遠泳。エリル、アリシアは浅瀬で楽しそうにじゃれ合っている。リゲラは新たな恋を求めてナンパに向かっており、渦中の二人は――。


「ん、はっ! 私の方が……! って、魔力を使うなんて卑怯だよ!」

「脳筋のルインちゃんと違って頭を使ってるのよ!」

「むっかー!!」


 人魚もかくやという勢いで水泳対決を繰り広げていた。その速度は全くの互角であり、周囲に波が出来るほどの凄まじい勢い。絶世の美貌を持つ二人だが、あれならナンパのされようもないだろう。

 というか、あの極小布面積で高速水泳なんて色々とんでもないことになってしまいそうだが、その辺りは何というか魔力様々といった所か。


 まあ多少問題はあるが美男美女の集まりとあって、端から見れば目の保養にしかならない光景が広がっていた。


「えっと、お疲れ様?」

「全くだ。あの二人があんな暴走をするとは思わなかった」


 女の怖さを再認した俺は、共にビーチマットの隣に腰かけているもう一人の美女に感謝と労いの声をかける。何故遊びに出ていないのかと言えば、爆心地の中心に居た俺と人間の営みに慣れていないセラスは始まる前から疲労困憊となっており、自ら荷物持ちを願い出たからだった。


「まあ、時々……な。それよりセラスもアリシアたちに混ざって来てもいいんだぞ。荷物番は俺がやってるし」

「いや、騒がしいのは苦手だ。もう暫くここに居させてもらう。勿論、アークがよければだが……」

「好きにしろ」

「ああ、好きにさせてもらう」


 セラスにも気分転換を促すが、返ってきた答えは否。泳いでいる三人に混ざるのは物理的にも厳しいし、リゲラと二人きりというのもセラスの性格上考えにくい。アリシアたちの方に行くのが建設的な気もするが、まだちゃんと話している所を見た事がない二人に混ざるのも今更感が強い。それ故の消去法なのだろうと一人で納得してしまった。


「それなら一人で動き回るなよ」

「むっ、何故だ?」

「皆で歩いてる時、散々絡まれてたんだろ?」

「だが、アレはルインたちに対してだろう? ましてや私は……」

「魔力を使わなきゃ普通の女の子にしか見えないし、今は装備を外してるんだから尚更だ。男たちの中を一人で歩くなんて、自分の体に餌を括りつけてモンスター群れに突っ込む様なもんだぞ」

「むう……」


 たしなめるような言葉に納得のいかない表情を浮かべるセラスだったが、俺からすれば何も分かってなさそうな、その反応こそが心配の種。新しい環境でも魔族の尊厳を保ちながら人間生活に適応しているし、冷静でしっかり者という印象のセラスだが意外と無頓着な面も見受けられるからだ。

 具体的に言えば、自分がどう見られているかというのをあまり理解していない事。


 更に質が悪いのは、セラスが色んな意味でルインさんやキュレネさんに比肩する美貌の持ち主である事。それも世間の情勢に疎いのだから、質の悪い連中に絡まれない方がおかしいレベルだ。いざぶつかり合うとすれば、心配するのは相手の方だが今のセラスの立場は高度に政治的な問題が関わって来ている。


「ただでさえ美人なんだから、フラフラ歩かれるとこっちが困るんだよ」

「出まかせを言うな!」


 だからこそ心配だったのだが、当のセラスは子ども扱いされたとでも思ったのか不服そうにそっぽを向いてしまった。


「――前言撤回だ。さっきの騒ぎはアークが悪い」

やぶから棒にどういう理論だよ」

「うるさい。アークが悪いんだ」


 ストローに口を付け、チューっと傍らのトロピカルジュースを吸い上げているセラスに睨み付けられて軽くたじろぐ。吊り上がった目尻に、薄っすらと赤らんで不満げに膨らんでいる頬。大人びた容姿とは裏腹に拗ねた子供のようなセラスに思わずフラっと来てしまう。そこから目を逸らそうとすれば、大きく膨らんだバストの中心に鎮座しているジュースの容器に視界が固定されてしまった。

 あまりにも無防備が過ぎる光景。


 戦闘の時以外はぽわぽわしているルインさんと常在戦場とでも言うべきセラスがどうして仲が良いのかと不思議に思っていたが、その理由が分かった気がした瞬間だった。


 そして、固まっていた視線の在処に気付かれたのは、それから数十秒後の事。顔を真っ赤にして身を捩るセラスだったが、実り実った肢体は彼女の細腕で隠しきれるわけもなく、色々押し潰れたりで更に状況が悪化。


「きゃっ!?」


 こういう時に上手く動かない自分の口に辟易しながらも、お互いに顔を真っ赤にしてわちゃわちゃしていると机に移動させていたジュースの一部が零れ、冷たさにびっくりしたセラスが飛びついて来る。


「――ッッ!?!?」


 今セラスの身体を覆っているのは薄い布一枚。ダイナミックな感触がほぼ完全に近い状態で直接伝わって来てしまい、色んな意味で悶絶。二人して完全にパニックになっていると、俺達の背後で砲弾が弾けるような轟音が響く。


 目を向ければビーチに突き刺さる二つの得物。


 青龍偃月刀――“逆巻ク終焉ノ大刀・改式”。

 長槍――“シックザールクリスタロス・改式”。


「アーク君……公衆の面前で何やってるのかなぁ?」

「あらあら、二人とも楽しそうねぇ」


 重量級の武器を踏ん張りの効かない海中から片手でぶん投げたであろう二人。海水に濡れてセクシーさが増しているルインさんとキュレネさんだったが、それと比例するように全身からとんでもない威圧感を放っている。その後、ゆっくりと歩いて来る二人に、有難い言葉を頂いたのは最早言うまでもない。


 少々理不尽な気もするが、言わぬが吉というものだ。曲がりなりではあるが、俺にも役得もあった事だしな。

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