第185話 氷点下の海水浴
サンサンと照り付ける日差し。波打つ青い海。およそ戦場や訓練場とはかけ離れた中で俺は立っている。
「ふっ、そう不貞腐れるな。騎士団長直々の命令では致し方ないよ。実際、オーバーワーク気味だったのは事実だからね」
「そうは言われても、この局面で遊んでこいなんて命令がありますか? 万が一の事があったら……」
「どの道、現状の戦力で総攻撃を受けたらこちらに勝ち目はない。ここはドンと構えておこう。気晴らしだと思ってね」
「はぁ……」
いつもとは違う軽装を身に纏っている隣のジェノさんの言葉を受けて軽く辟易した。
俺達が居るのは帝都随一のリゾート地である海水浴場。昨日までの激動の日々とは比べ物にならない穏やかな時間が流れている。何故こんな所に居るのかと言えば、騎士団長からの指令で鍛錬禁止を命じられ、二泊三日の間、共同戦線から追い出されたからだった。
よくよく考えれば帝都に来てから休みらしい休みを取った記憶はない。自由時間も闇の魔力の制御に当てていたし、“
騎士団長の言わんとしている事は分かるが、現状の完成度で気晴らしなんてと思っていると俺達の中で一番やかましいであろうリゲラが黙りこくっている事に気が付く。何やら落ち着きなく周囲を見回しているリゲラに視線を向ければ――。
「気晴らし、気晴らし!」
普段よりも鼻の下を倍くらいに伸ばしながら、周囲の水着姿の女性達を視界に収めている姿が飛び込んで来た。
この遠征旅行を命じられるにあたって俺以上に駄々を捏ねていたはずだが、今では完全に楽しむ気満々の様だ。着込んでいるアロハシャツにサングラスが海水浴場と妙にマッチしているのは、戦士として如何なものかと内心で辟易せざるを得ない。
「はーい、お待たせ―!」
そうこうしていると背後から聞き覚えのある声が響いて来る。待ち人来たれりと振り向く俺達だったが、そこに居るのは五人の女神たち。
周囲の視線を独り占めにしている一団を目の当たりにして色んな意味で言葉を失ってしまうが、女性陣はそんな俺達に気付いた様子もなく談笑を交わしている。因みに固まっているのは俺とリゲラだけであり、ジェノさんは楽しそうな顔で佇んでいた。
「もう、ナンパが凄くて困っちゃうわねぇ」
まずは最初に目に飛び込んで来るのは、肌色面積が断トツで高いキュレネさん。スリングショットというのか、蒼色V字型の布で大事なところが辛うじて隠れているというだけのとんでもない水着を身に纏っている。
「全くですね。視線が鬱陶しくて仕方ありません」
次はその隣に立っているエリル。黄緑色のワンピースタイプの水着でスレンダーな肢体を包み込んでいる。正直、色んな意味で一番見ていられるのは彼女だけだった。
「市民にもそれなりに顔が知られていると思ってましたけど、装備を外してるから気付かなかったのかしら?」
風に揺れる髪を手で押さえているアリシアは空色のビキニを身に纏い、腰には生地が透けているパレオを巻いている。
「人混みというのは疲れるものなのだな」
紫のチューブトップタイプのビキニにキュレネさん並の凹凸を持つ肢体を押し込めたセラスは、初めて見る人間の営みに戸惑っている様だ。
「それは分かるかも。でも、これからたくさん泳げばそんなこと忘れちゃうよ!」
そんなセラスに話しかけているルインさんも、半分マイクロに足を突っ込んだ三角ビキニという中々際どい格好をしており、暴力的な肢体をこれでもかと白日の下に晒している。白い肌とのコントラストが際立つ黒ビキニに黄色のラインが入っているという色合いからして、いつもよりも大人っぽく見えてしまう。
目の前の女性陣も来た当初はいきなりの旅行命令に戸惑っている様子だったが、ここまで準備してしまえばバカンス一直線とばかりに気持ちを切り替えてしまったようであり、皆どこか浮ついた空気を発している。
そんな皆の様子を受け、自分の日常生活に対する適性の無さを改めて実感する結果となった。
「あら? 二人ともどうしたのかしら?」
「あ、いや……」
そうこうしていると五人から怪訝そうな視線を向けられる。二人という言葉の通りにジェノさんは砂浜にパラソルを立てている為、女性陣が視線が向けて来ているのはボーっと見ている俺と鼻から真っ赤な鮮血を吹き出しているリゲラのみ。
全く違う所に意識を飛ばしていた俺と物理的に死にかけているリゲラが反応出来るはずもなく――。
「どう? 似合うかしら?」
「ぶぼっ!?」
ニヤッと口角を吊り上げたキュレネさんが近づいて来たかと思えば、胸を腕で持ち上げながら上目遣い。一瞬で顔に熱が集まるのを感じたが、それよりも早くリゲラが鼻血を吹き出しながら後ろに吹き飛んで行く。
しかし、満足そうな顔で砂浜に横たわりながら体を痙攣させているリゲラに気を取られる余裕などない。
「アークはどう? 似合ってると思うかしら?」
「あ……え……っと」
そのままズイっと身を寄せられた所為で俺の胸元辺りに布一枚で隔てられた柔らかい感触が広がってしまい、獲物を見定めたように舌舐めずりをしているキュレネさんにロックオンされてしまう。
些か刺激の強すぎる状況に固まってしまうと――。
「ちょっと!? 何してるんですか!?」
「あら? 別に問題ないと思うのだけれど」
「公衆の面前で
瞬間移動もかくやと思う速度でルインさんが近づいて来たかと思えば、キュレネさんの身体を俺から引っぺがして凄まじい剣幕で向かい合う。
「ふぅん。じゃあ、二人っきりならいいのね?」
「は、はあ!? そんなのいいわけないよ!」
類稀なるダイナマイトボディを持つ二人が顔を突き合わせれば、大きく張った爆乳同士が正面からぶつかり合い、互いに圧し合うように形を変える。
「どうして? 私達が引っ付いててもルインちゃんには
その言葉を皮切りに周囲の空気が凍り付く。降り注ぐ日の光が殺人光線のように感じるほどの緊迫感であり、何が理由でこうなったのかは分からないが、冷や汗が止まらない。
どうやらそれは俺だけではないようで、これまで前屈みで満足そうな表情を浮かべていた周囲の男達も青い顔で膝を笑わせているし、困惑気味なセラス以外の女性陣も妙に殺気立っている。当のルインさんは顔を伏せている為前髪で表情が伺えず、逆に不気味だ。
しかし、次の瞬間、朗らかなはずの海水浴場の温度が氷点下まで下落する事となる。
「――でも、キュレネさんである必要もないよね? 私がするから離れててよ」
ルインさんが顔が上げたかと思えば、その顔に張り付けられているのは満面の笑み。ニコニコという効果音が聞こえてきそうな綺麗な笑みがかえって恐ろしさを際立たせている。
対するキュレネさんも似たような表情を浮かべており、まるでお互いの顔面に向かって重量級のストレートを叩き込みながら、笑顔を浮かべ合っているような光景は異様の一言だ。
それから数分間の間は、あのジェノさんですら軽く冷や汗を流してしまう威圧感を放つ女性陣によってこの海水浴場の空気が支配されたのは言うまでもない。
楽しいバカンスは何処へ――俺がそんな事を思ってしまったのも必然だった。
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