第183話 グラディウスとの再会
一連の戦いが終わり、さっきの今で訓練という気分にはならないようで流石に解散。皆散り散りに分かれていく。
そんな皆見送った直後、俺は懐かしく因縁深い者と漸く顔を合わせる事が出来た。
ガルフを大人にして理知的にしたような男性――グレイ・グラディウス。俺は自分の父親を前にして白銀の長剣を抜いた。だが、それは父を切りつけるものではなく――。
「――何のつもりだ、アーク」
「“ミュルグレス”は、グラディウスに返還します。元々、マルドリア通りの戦いでガルフが紛失したのを偶然知り合いが拾っていて、好意で譲って貰った物をずっと預かっていたんだ。本来の持ち主に戻すのが筋だろう? 本当はもっと早く渡すつもりだったけど……」
“ミュルグレス”はグラディウスに伝わる宝剣であり、下位とは言え聖剣に分類される超兵器だ。正当後継者でない俺が持っているのは本来ありえない事だし、“剣士”でないのに持っていても宝の持ち腐れでしかない。扱う資質に溢れる“剣聖”がいるのならそちらが使う方がいいだろう。俺としても一時的に預かっているという認識だったし、最後の最後に小さな夢も叶った。
だからこそ、手放すことに悔いなどない。元々、互いに多忙だったから返すに返せなかっただけだしな。
「いや、その必要はない。暫くはお前が持っているといい」
しかし、父さんは首を横に振った。その回答に対して俺は驚きを隠しきれない。
「グラディウスの血脈ではない私には、その剣は扱いこなせん。ガルフにアイツの剣は重過ぎる。そして、アーク、お前は見事にユーリの剣閃を継承していた。今はお前が持つのが相応しいだろう」
「父さん……」
「こんな事で償いになるとは思わんが、お前が持っている方がユーリも喜ぶはずだ。どうか大切にしてやってくれると嬉しいのだが……」
そう言った父さんの表情は見た事がないほど穏やか――いや、遠い記憶の奥底に眠っていた
確かに俺達の間にわかだまりはなくなった。でも、過去に起きた事がなくなったわけじゃないし、あの穏やかだった頃に戻る事は絶対に出来ない。そんな事があってはいけない。
「愚問だな。そういう事なら今は預かっておくよ」
「そうか、それならアイツも本望だろう」
だが、元に戻る事が出来ないというのは俺達が一番分かっている。あの闇の世界の問答で苦しくとも辛くとも、前に進む事を選択したのだから――。
「――父上! そんな正統後継者でもない奴に母上の剣を預けるなど何事ですか!?」
「ガルフ……」
そんな時、これまた懐かしく因縁ある人間が近づいて来た。
「フォリア、ファオスト、マジェスト……どこの家の後継者も継承された武具を装備しているのですよ!! それなのにグラディウスの恥晒しに!!」
「どの家の後継者もまだまだ武器の方に振り回されていて、とても御しきれていない。ただ見栄を張っているだけだ。お前の剣も随分な業物――それも現象的には他の面々と大差ない」
「ですがッ!!」
「“ミュルグレス”は当主である私が正式に認めてアークに譲渡した。異論は認めん」
「なッ――!?」
ガルフの言わんとしている内容は、俺が思っていた事と同じあって分からないでもない。周囲の同格の若者が伝説級の武器を持っている中、自分だけが格落ち装備なのだから劣等感を覚えているのだろう。
まあ、当主に一蹴されてしまったわけだが。
「フォリア家の令嬢との政略婚約も解消したのだから、無理に肩を並べる必要もない。ましてや、この情勢で他の家と張り合う必要はないだろう。この件に関して、これ以上言葉を交わすつもりはない。武具がどうであれ、評価されるのは日々の鍛錬。そして、実戦での結果だ」
「――ッッぅ!!!!」
そして、その党首殿がしれっととんでもない爆弾を投下した所為か、ガルフの表情が憤怒に歪む。ガルフからしても絶対に逆らえない相手であり、味方であった父さんからの糾弾ともなればぐうの音も出ないようだ。
「アークも用は以上か?」
「え、ああ……一応は……」
「そうか、なら早く行ってやれ。お待ちかねだぞ」
以前とは大分違う二人の空気感に戸惑っていたが、父さんに促されて背後に視線を向ける。
「あ……」
太めの支柱の影で金色の毛先が舞う。一応姿は見えないが、そこに誰が居るのかは明白だった。
「――アーク、お前はグラディウスに囚われる必要はない。自分が正しいと思った道を進むといい」
「父、さん……」
「帝都でのお前の様子は聞き及んでいる。例え剣士でなくとも、私
「いや……ある意味、最高の誉め言葉だ。ちゃんと受け取っとくよ」
打てば響くように会話が続く。もう二度とないと思っていた
我ながら単純だと、内心で苦笑した。
「俺は行くよ。じゃあ、また訓練で……ガルフもな」
「なぁ――ッッ!?!?」
そして、驚愕に目を見開いているガルフを置き去りにする様にこの場を後にした。
「――何してるんですか?」
「ナ、ナニモ……シテナイヨ」
程なくして、支柱の影に隠れるように立っているルインさんを見つけてしまう。何がどうしてここに居るのかは分かり切っているが、一応訊いておくのが格式美というものだろう。
しかし、プイっと顔を反らされてしまった。
「そうですか。ありがとうございました。でも、俺は大丈夫です」
「お礼を言われるような事してないもん!」
心配してついて来てくれたのは丸分かりだが、本人的にはあまり触れて欲しくないらしい。その態度を見て軽く笑ってしまうが、どうやらそれが気に食わなかったようで膨れっ面で肩をぶつけて来た。
「じゃあ、そういう事にしておきますね」
「もう、何それぇ……」
そんな風にくっついて来るルインさんと会話していると、漸く日常が戻って来たのだという実感が湧いて来る。そして、この日常こそ俺が護らなければならないものであるという想いがより強く湧き上がった。
現在状況は切迫している。だがセラスとの会合により、前回のケフェイド攻防戦で魔族側の主戦力が負傷、その治療の為に開戦までの時間が少しばかり伸びるであろうという予測が立てられた。
少数精鋭であるが故の弊害なのだろう。安直に受け入れるわけにはいかないが、少しばかり余命が伸びたと言っていいのかもしれない。
その間に俺達がどれだけ力を高める事が出来るのか――。
ルインさん達を死なせたりはしない。
俺が成すべき事はそれだけだ。例えこの命を燃やし尽くすことになろうとも――。
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