第182話 明日への追放

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! これにて終幕かのぉ」


 騎士団長が目を細めながら近づいてくる。


「どちらの主張も間違ってはおらん。じゃが、両立も出来ん。これが結果じゃよ」


 長い髭を手できながら騎士団長が言った。その声に宿るのは悲しみでも怒りでもなく、目の前で起こった事実だけだ。


「共同戦線の一人一人や儂ら運営側――皆がそれぞれに思いを抱いており、その為に命を懸けておる。それが邪なものか清廉潔白かどうかは関係ない。そして、お前さんの理想に協力する為に彼らにそれを棄てろとは言えんし、儂らはお前だけでなく彼らも守らねばならん。何よりお前はやり過ぎた。大一番で結果も出せなかった。だからケジメはつけなければならん。分かるな?」


 言葉の向かう先は肩を落としているボルカ・モナータ。自分のしてきた行動が何を招いたのかというのを自覚したのだろう。これ以上ないくらい完璧に意気消沈してしまっていた。


 俺もルインさんも時折、世間一般の常識に付いていけない時がある。それは特異職業ユニークジョブ自体が原因ではなく、七歳で出来損ないとみなされて人間とは思えない扱いをされるようになるからだろう。

 その結果失うのは、親の愛情や同年代と育む社会性。人格形成に大きな影響を与える幼少期に人間の醜い部分をこれでもかと見せつけられつづけるのだから、まともな人格になど育つわけがない。


 早期に離脱して仲間を作って旅をしていたルインさんはかなりマシだが、何かと周囲に敵を作る俺やボルカが社会に適合出来ていないというのは、正にその証明だ。


 俺の場合はグラディウスの屋敷に居たから多少なりとも学ぶ機会があった――と言ってしまうと嘘になるが、七歳まで名家で過ごした地盤があって自発的に動いていたからマシだった。だが、叱られた子供のように小さくなっているボルカは違ったのだろう。

 これまでの言動から見ても、十六歳の成人とは思えない程、精神的に幼すぎた。


「失意の中にあるお前を放り出すのは少々心苦しくはあるが、残念じゃがここまでじゃ。ボルカ・モナータ、お前を対魔族共同戦線から除籍する」

「……っ!」

 騎士団長から最後の宣告が下される。この結末に驚いているのは本人と一部の団員だけだろう。しかし、ボルカが乱入した時点でこの結果は必然だった。


 ボルカが無責任に振るった時に怪我人が出なかった事。

 ルインさんが“原初魔法ゼロ・オリジン”を習得していて大事無かったことや、意図しない形でのセラス救出。


 致命的な破滅を天運とも言うべき奇跡の連続で乗り越え、結果だけを見ればボルカは致命的なやらかしを起こした事にはなっていない。皆でフォローすれば再起出来るかもしれないだろう。

 それでも、騎士団長がボルカを温かく迎え入れられるわけがない。問題行動でここまで事態を大きくしたボルカを庇えば、共同戦線そのものが崩壊しかねないからだ。


「帝都を出て行くも残るも好きにするがいい。冒険者を続けるのも、帝都で職を探すもお主の自由じゃ」

「お、俺は……」

「戦時前という事で帝都の経済は潤っておる。武器商店も繁盛しておるし、外からの出入りも多い。お主が使っていたのと同じ武器も見つかるじゃろう」

「――ッ!!」

「まあ、コレクター需要が出た所為で特異職業ユニークジョブ用の武器が値上がっておるが、今なら買い直せるじゃろうな。お前さんたちが活躍したおかげなのじゃから、身から出た錆じゃなぁ」


 だが、騎士団長は重苦しい空気を吹き飛ばすかのように冗談交じりに笑った。


「共同戦線を出て行ってこちらが迷惑を被らんのなら、お前さんの行動に口を出すつもりはない。別にお主が犯罪者というわけでもないし、儂は親でも先生でもないからの。だから、自分の進むべき道は己で決めろ。この道を進むのなら後悔してもいいと思えるような道をな」

「後悔、してもいい?」

「ああ、どんな夢を見るのであれ、それは辛く厳しい道のりになるじゃろう。もしかしたら、道半ばで折れてしまうかもしれん。最後まで歩き切った時、挫折して諦めた時、自分自身が歩み出して辛く思った時――自分の選択を後悔する瞬間はいずれやって来る。人によって大小はあるがの」


 そして、誰もが騎士団長の言葉に耳を傾けている。


「そんな時、自分が成功者だと増長して周囲を見下さない道。失敗を他の人間や環境の所為にして周囲に怒りをぶつけない道。例え後悔しても自分の選択に責任を持てる道筋こそが、その人間にとって進むべき道ではないか? 少なくとも儂はそう思う」

「なら、俺の目的は……」

「別に間違ってはおらんよ。ただ、お主には覚悟と理解が足らんかっただけじゃ。戦うという事に対しても、他者を害する事に関してもな」


 ボルカは目を見開いて驚きを表す。奴からすれば散々諭されてきた相手であり、俺なんかよりも目上の存在である騎士団長が自分の行動理念を認める発言をしたのだから無理はないだろう。


「尤も覚悟が決まり過ぎていて、逆に不安になる者もおるがのぉ。儂が若い時なんぞ、女子おなごの乳尻しか目に入っておらんかったのに……少々気張りすぎじゃな」


 今度は訓練場中の視線が俺に向く。正直、居心地が悪い。しかし、話題の中心は再びボルカに戻る。


「先ほども言ったが、別にお前さんの目的は間違っておらん。むしろ、誰もが理解出来る人間らしい目的じゃ。それに自分で功績を立てて邪険に扱って来た連中を見返したいというのなら、儂も応援したいと思っておるよ。勿論、今度は自分の手で彼らを破滅にまで追い込むというのならそういうわけにもいかんが、それをしていいと思うか、行動に移すかどうかは自分自身。まだ何もしていないお主に干渉するつもりはない」

「俺自身が決める……まだ、何もしていない」


 ボルカは奴らしからぬ難しい表情を浮かべると、小さく言葉を紡いだ。


 “無職ノージョブ”になって以降、理不尽に奪われて来た“考える時間”。それは他者との関わりでしか味わえないもの。ボルカは今、特異職業ユニークジョブとなった自分自身と初めて向き合っているのだろう。


「後は自分自身で選択するがいい」


 騎士団長は教えを説くようにそんなボルカを見守っている。


「――ボルカ・モナータ。お主を共同戦線から追放する」


 そんな騎士団長の言葉は非常とも取れる内容とは裏腹に、どこか暖かさを秘めたものだった。


「――うっす!」


 ボルカもまた、そんな言葉を噛み締めるように受け止めると共に訓練場中に向かって深々と一礼し、そのまま走り去っていく。一瞬だけ見えた奴の横顔は、どこか憑き物が落ちたかのようなものだった。


 これからボルカがどうしていくかは分からない。こことは違う勢力に所属して同じことを繰り返すのかもしれないし、武器を置いて冒険者を引退するのかもしれない。はたまた、故郷に戻って物理的に復讐をするのかもしれないし、もしかしたらこの扱いを不服としてまた武器を向けて来るかもしれない。


 だが、どんな選択であれ、それは彼自身が考えぬいて決めた事に間違いないはずだ。願わくば、もうぶつかり合う事は避けたい。そんな事を考えながら、俺はボルカの背を見送った。


 セラスの合流と魔族の真実。

 俺やルインさん達の新形態。

 ボルカの離脱。


 何はともあれ、これでやっと混沌渦巻くケフェイド攻防戦が本当の意味で終結したのだろう。

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