第180話 白刃煌メク刻

 鈍い斬音が響き渡る。


 棘部の下――柄の最上部に斬撃魔法・・・・を叩き込めば、ボルカの身体は背後に押されるように吹き飛んだ。


「ぐっ!? 何だってんだ!?」


 毒づくボルカだったが、今の俺を見て動きを止める。いや、この模擬戦を見ている全ての人間が驚愕の表情を浮かべていた。


「そんな……莫迦ばかな」


 呆然と立ち尽くすガルフ。


「嘘……!?」


 信じられないものを見るかのように口元を手で抑えるリリア。


「まさか……!」

「こ、こんな事が!?」


 首脳席では父さんやランドさん、フォリア夫妻が目を見開きながら立ち上がった。


「よもや、こんな光景を見る事になろうとは……」


 審判を務めている騎士団長までもが、彼らしからぬ余裕の無さを見せている。遠い過去を――あるはずのない幻影を見つめるような眼差しに宿るのは、哀愁と驚愕――。


「――ユーリ・グラディウス」


 グラディウスに伝わる宝剣――“ミュルグレス”を構える俺を見て、騎士団長はそう呟いた。



「なんだ……何だってんだよ!! テメェ、特異職業ユニークジョブじゃねぇのか!? どうしてそんなもんで魔法が使える・・・・・・んだよ!?」


 そして、他の連中が驚いているのは、俺が長剣で斬撃魔法・・・・・・・を発動させた・・・・・・事についてなのだろう。


 自分の職業ジョブに対応していない武器で魔法を使う事など出来るはずがない。それをより強く周知させたのが俺達特異職業ユニークジョブなのだから、尚更驚きも大きいのかもしれない。


「悪いが説明する義理はないな」


 手に感じる懐かしい重み。柄から刃まで白銀の長剣が漆黒の魔力を纏う。


 確かに処刑者エクスキューショナーであるはずの俺が、剣士職の代名詞である長剣で魔法を発動させるなんて前代未聞で異常な現象だろう。

 その一方、現象の原因自体に特別な要因は何もない。

 俺自身の魔力運用技術が向上し、職業ジョブの垣根を超えて魔法を使えるようになったというだけだ。


 実際、“原初魔法ゼロ・オリジン”発動中のルインさんは、職業ジョブに関係なく魔力を運用していた。あの形態が過去の人間にとっての奥義だというのなら、魔力にさえ目覚めていれば|職業ジョブの有無に拘らず、魔法が使えるという予測が立つのは自然な話だ。


 更にセラスが参加した騎士団長達とのミーティングの中においては、相克魔族にはそもそも職業ジョブという概念自体がないと明らかになった。彼らが人間と近い種族であるのなら、俺が予測した事の信憑性が増したと言えるだろう。


「まあ、とりあえず使えるってだけだ。大道芸と同じだよ」


 だから、高度な魔力運用が必要とされる“死神双翅デスフェイザー”を実戦で使えるようになった今の俺になら、職業ジョブ補正の乗らない武器ででも魔法が使えると思った。実際にやってみたら出来てしまった。それだけの話だ。


「芸……だとォ!? 俺を舐めるのも大概にしやがれ!!」


 周囲に浮ついた空気が流れて模擬戦どころではなくなって来た中、ボルカはそれを断ち切るかのように剣を構える俺へ向けて魔力を纏った狼牙棒を叩きつけて来る。


「へっ! どうだ!!」

「どこを見ている?」

「な――ッ!?」


 訓練場の地面が大きく陥没するが、既に俺の姿はそこにはない。一瞬の間に奴の背中側に移動し、何事の無かったかのように佇んていると、向き直ったボルカは目を見開いて驚きを現した。


「遅い!」

「ぐ、がぁ、っっ!?!?」


 そんなボルカに対して剣を振るえば、狼牙棒の柄で受け止めた奴が背後へと流れていく。


 端的に言って、処刑者エクスキューショナーの俺と剣士の俺を比較する際、戦闘能力でだけなら前者の方が圧倒的に上だ。何故なら、職業ジョブ補正自体がなくなったわけではなく、あくまでも補正を無視して長剣で魔力運用をしているに過ぎないからだ。

 しかし、重量級で偏重心の処刑鎌デスサイズと長剣では、得物の取り回し難度が段違い。短距離の機動力と小回りだけならば、剣士の俺の方が上。


 つまり今の俺ならば、こんな力任せの大振りなんて目をつむっていても躱せる。


「ちょこまか動き回りやがって!!」

「毎度毎度、戦う相手が力比べを挑んで来るわけないだろう? ちゃんと当ててみろよ」

「くそぉぉ、っ!?」


 職業ジョブ補正など必要ない。

 向かって来る攻撃に対し、どう動けばいいのか理解出来る。


「“棘撃獣破とげきじゅうは”――ァァ!!」

「“アストラルスラッシュ”――」


 打撃魔法と斬撃魔法が激突。

 爆炎が吹き上がる。


(グラディウスを継げなかった俺が、こんな大舞台で母さんの剣を執って戦うなんて皮肉な話だな)


 ずっと無駄だと分かっていた。

 愚かと言われようと剣を振り続けて来た。


 きっとそれはただの悪足掻わるあがき。

 何も与えられなかった俺にとっての最後の意地だったんだろう。


 だが、巡り巡って今――俺の過去を知る者達と立ち上がる力をくれた女性ヒトの目の前で、こうしてグラディウスの――あの人の剣を執って戦っている。

 その相手が俺にとって力の象徴でもある特異職業ユニークジョブを保有する冒険者。


 この世界最高の舞台で、“剣士”のアーク・グラディウスが“特異職業ユニークジョブ”の冒険者と戦うなんて、何という皮肉だろうか。

 何という巡り合わせなのだろうか。


 例え偶然の積み重ねであったのだとしても、自分の意志で剣を執ったのだとしても、俺はこの状況に何か運命的な物を感じていた。


「ドラァァァッッ!!!!!!」

「ふっ!」


 銀閃を煌めかせて、棘付き棒を斬り払う。


 掌に広がる懐かしい感覚。

 ルインさんとの旅で背が伸びた所為か、昔よりも少しばかり軽く感じる重量感。


 飛び散る火花が、響き渡る剣戟音が俺の体に沁み込んで来る。今この瞬間こそ、嘗て焦がれ、可能性がないと切り捨て、心の奥底で待ち望んでいた瞬間なのかもしれない。


 だが、そんな時間も終わらせなければならない。


 今、俺が為すべき事はただ一つ。

 例えボルカの想いを踏み潰してでも、自らの想いを貫く事。


「“怒撃光楼牙どげきこうろうが”――ッッ!!!!!!」


 先ほどと同じ打撃魔法。

 しかし、その一撃に込められた魔力総量は先ほどの比ではない。棘部が五倍以上巨大化し、周囲の大気が悲鳴を上げているかのようだ。

 間違いなく、奴の全力――ならば、回避の必要はない。


 これから行う工程は、嘗てこの剣を執っていた――記憶の奥底に眠るあの人の剣戟を模倣トレースする事。呼び覚ますのは、最強のイメージ。足りない補正と経験は、魔力出力と身体強化で補えばいい。


 白銀の長剣を正眼で構え、魔力を纏わせる。余剰魔力が訓練場の地面を凍てつかせ、氷の剣山となって溢れていく。

 しかし、そんな些末な事に構う必要はない。魔力を超圧縮。収束した力を剣に一点集中。記憶の中のイメージに自らを重ねて魔法術式を完成させる。


 そして、己が心のままに蒼黒の魔力を宿した剣を袈裟に振り下ろす。


「“アブソリュートソーディアス”――ッ!!」


 臨界点を超えた氷獄一閃。


 グラディウスに伝わるもう一つの奥義は、隕石のように迫って来る打突武器を切り裂いて鋼鉄の棘部を粉砕した。

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