第179話 刃ノ在処

「母親を殺したって……一体何なんだよ!?」

「言葉のままだ。無力な俺という存在が、あの人を殺してしまった。無職ノージョブであったが為に、最悪の形でな」


 脳裏を過る母さんの後ろ姿。癒えぬ傷に自ら氷の刃を突き立てる。


「傷付いたのも、辛いのもお前だけじゃない。もう一人の特異職業ユニークジョブだってそうだ。いや、それ以外の人間だって皆譲れない何かを背負ってる」

「ちっ!? 皆傷付いてるから一方的に虐げられたのに喧嘩両成敗って事で、なあなあに済ませて終わらせろっていうのか!? だからやり返すなっていうのかよ!? そんな奇麗事で流せるほど、甘っちょろい過去じゃねぇんだよ!!」


 すれ違う想いを表すかのように狼牙棒と鉤爪エッジが火花を散らす。


「やり返したいのなら好きにすればいい。別に復讐自体を否定するつもりはない」


 金属音が響く中――脳裏を過るのは、復讐以外の生きる理由を失ってしまった女性ヒト


無職ノージョブだと見下してきた周囲の連中を見返す事を原動力にする事だって間違いじゃない。その感情は俺も理解出来る」

「だったら、俺のやる事なす事……邪魔して来るんじゃねぇよ!!」

「――別にお前のやる事の邪魔をするつもりはない。ただ、その目的に関係ない第三者を巻き込むなと言っている!」

「だから、それが奇麗事だってんだ! 何年も何年も家畜みてぇに扱われてきて、俺がどんな思いで過ごしてきたか……そんな中でやっと力を得たんだ!! 今まで楽々の甘ちゃん生活を過ごしてきた連中がどうなろうが知った事かよ!!」


 横から振るわれた狼牙棒を鉤爪エッジの掌で受け止める。


「“目には目を歯には歯を”――それ自体は否定する心算もないし、一つの答えだろう。だが、やられたからやり返しても許されるわけじゃない。やられたからやり返す理由が出来るだけだ」

「何が違うってんだッ!?」

「やり返すのなら、自分もやり返される覚悟を持って復讐しろと言っている。過去の境遇を理由にして、自分の行動を正当化するな! ましてや、自分の想いを他者に押し付けて強要させるなんて、許されるわけがないだろう!?」

「意味が分かんねぇ!! 何があっても俺は、この世界に俺という存在を認めさせてやるんだ!!」


 激昂したボルカが狼牙棒を振り回すが、空を切り続ける。


「少なくとも、関係ない人間まで巻き込んで……一歩間違えば死なせてしまうような被害を与えた事に何の疑問も抱いていない今のお前は、その復讐したい相手と大差ない。いや、悪意がない分、その連中よりも質が悪い」

「……けんな……ふざけんなああああぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」


 狼牙棒が地面を消し飛ばし、深く抉り取る。


「俺が! あんな連中以下だと!? テメェ、マジで殺す!! ぶち殺してやる!!!!!!」


 凄まじい猛攻。

 それは憤怒の嵐。


 そんな暴風に対して冷めた目を向ける俺自身――。


 こうして刃を交わす中、どうして俺が実力も才能もあって人柄もいいコイツを認めたくなかったのか分かった気がした。


(そう、か……ボルカコイツは俺だ。色んなモノが欠けてしまった……色んな人と出逢えなかった俺自身の一つの成れの果て可能性なんだ)


 同い年で同性の特異職業保持者ユニークジョブホルダー。それも似たような境遇を辿って来た相手に対して、共通点を感じないはずがない。


 そして、俺が抱いたのは共感ではなく同族嫌悪。


 何故ならボルカ・モナータの在り方は俺にとって許せないものであり、こうならない様にと強く思ってきた姿、その物だったからだ。


 ボルカの胸に燃え上っているのは、強く真っすぐ過ぎる想いと無垢な正義感。他者や過去の境遇を理由に間違っている自分を正当化し、行動の結果――発生した責任を果たすつもりもない正義など、最早悪意と何ら変わらないのだろう。

 つまり、こいつがやろうとしているのは、復讐ですらない。悲劇の主人公を気取って、周囲に当たり散らすだけの子供の癇癪かんしゃくでしかないわけだ。


 自分の人生を捧げてまでも復讐を遂げる覚悟を決めたルインさんとは、比べるのも烏滸おこがましい程幼稚な想い。

 それでも、ボルカ当人とその虐げて来た連中の間でドンパチやるだけなら、そんな稚拙な思いであっても許されるだろう。しかし、ボルカのエゴで関係のない人間が巻き込まれるなど許されるはずもないし、実際ケフェイド攻防戦に至るまでに数多くの問題が発生していた。


 だが――。


 あの月下の慟哭の向かう先が呪いと称された誓いではなく、周囲に対しての憎しみや反発感情だったら――。

 グラディウス家にいる時に処刑鎌デスサイズを手にしていたら――。

 置き去りにされたダンジョンから何らかの方法で生き延びて、ルインさんと出会わずに処刑鎌デスサイズと巡り合っていたら――。


 そんなIFの自分が、ボルカ・モナータの様にならない自信は俺にはない。それどころかグラディウスの威光を使ってボルカ以上に増長していたかもしれない。

 だからこそ、俺はコイツが許せなかったんだ。


 普通の感性を持っている人間からすれば、俺の生き方が歪でボルカの生き方の方が一本筋が通っていて気持ちいいものなのだろう。


 だが、俺には俺の……奴には奴の生き方がある。俺達の不幸自慢などに何の意味もないし、ルインさんとボルカの目的を比べる事も本来は正しい行動ではない。


 だからこそ、俺にはコイツを否定する事も出来ないし、するつもりもない。


「くらえやぁ!!!! オラっ!! オラアぁッ!!!!」


 それでもお互いの想いがぶつかり合うのなら――。


「しゃらくせぇぇぇ!!!! 全部ふっ飛ばしてやるッ!!」


 コイツの存在で俺の護りたいものが傷つくのなら、その想いを踏みにじってでも前に進むしかない。


「“怒撃光楼牙どげきこうろうが”――ッッ!!!!!!」


 藍色の魔力を纏う一撃。

 棘部が三倍以上巨大化した狼牙棒が迫る。


「……」


 それに対し、俺は処刑鎌デスサイズを格納。左腕の鉤爪エッジをそのまま引っ込めて無手になると、迫る一撃を斬り伏せるべく虚空から召還した刃・・・・・を振り抜いた。

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