第178話 死神鉤爪《タナトスエッジ》
「思えば、テメェはいつも自分には関係ありませんって澄まし顔を張り付けやがって……少しは熱くなって向かって来いよォ!!」
空を切った狼牙棒が地表を砕き、大地を抉る。ボルカの声音はいつになく真剣なものであり、俺もまた初めて奴に対して真正面から視線を向ける。
「お行儀よく共同戦線に参加して、順風満帆に出世街道かァ!? 同じ
俺は奴の軌跡を知らないし、奴は俺の軌跡を知らない。
だからこそボルカの口を突いて出たのは、
こちらの事を知らないから仕方ないとはいえ、正直滅茶苦茶な事を言われているが、それに対して怒りの感情が湧き上がる事は殆どなかった。
「離してください! 私、ちょっと行ってきます!!」
「どうどう、あんまり興奮しないで」
目尻をつり上げて怒り狂う金色の女性と、先ほどと変わらず後ろから抱き着いて彼女を
それに俺を気遣ってくれているのは、ルインさんやキュレネさんだけじゃない。
アリシアやセラス、他の
肩を並べて死闘を潜り抜けた
俺の代わりに泣いて、怒ってくれる
俺はもう一人じゃない。
今は素直にそう思えるから――。
だからこそ、見当外れのボルカの罵倒に腹を立てる事自体を馬鹿馬鹿しく感じ、軽い笑みすら浮かべてしまっていた。
しかし、それが気に食わなかったようでボルカの攻めが勢いを増す。
「俺はテメェらとは違うんだ!! ずっと耐え続けてようやくここまで来たんだッ!! 帝都で一旗揚げて俺を虐げやがった連中に復讐するんだよッ! テメェみてぇな甘ちゃんが、邪魔すんじゃねぇぇぇぇッッ!!!!!!」
ボルカは打撃魔法を発動。ケフェイドの戦いでも見たことのない程の出力で狼牙棒を振り下ろして来る。
それに対して俺は、
「――くらええええっっっ!!!!!!」
炸裂音と共に巻き上がった噴煙が訓練場を包み込む。今のが試合を左右する一撃だというのは、誰の目から見ても明らかだった。
「な、にっ!?!?」
直後、ボルカの表情が驚愕に染まる。
「アレは……何なんだ!?」
観客たちの呆然とした声音が耳を震わせる。彼らが驚いているのは、今俺が起こした現象についてだろう。
「テメェ! そんな武器を隠してやがったのか!?」
後方に距離を取ったボルカが叫んだ。
皆の視線の先にあるのは、狼牙棒を受け止めた俺の左腕。肩までが黒く染まり、指先が鋭く伸びた様は、宛ら湾曲が少ない竜の
基本理論は、必要最低限度の容積まで超高密度で圧縮した魔力を身に纏う“
強いて言うのなら、この間の戦闘での経験を踏まえた結果、新たな運用方法を確立できたという所か。
「隠していたつもりはない。今、創り出して身に纏っただけだ」
「どういう事だそりゃ!? それも団長様の秘密特訓の成果ってかァ!?!?」
「余計な事をベラベラと……しかも違うしな」
ボルカは俺の左腕――“
俺の魔力運用は、闇の魔力の関係上からして論外。
“
選択肢はそのどちらかだったが、ボルカのおかげで皆に説明する必要性が出てきてしまった。“
これまで散々体たらくを見せつけて来た騎士団員や冒険者風情が、超一流の天才が努力しても習得が困難な技術など身に付けられるわけもない。魔族優勢なこの状況で、そんな事に精を出されるのは本末転倒。
その事に関して直接頭を悩ませるのは俺ではないとはいえ、ボルカに毒づいてしまうのは仕方のない事だろう。
それに――。
「――俺はお前と同じだよ」
「はんっ! グラディウスのお坊ちゃんが偉そうに!」
「いや、状況は違えど立場は同じだ。己の無力さで母を殺し、家族を壊し、全てを失って慟哭したこの俺とな」
俺の場合は悲しみと虚無、ボルカの場合は怒りの比率が大きいという違いはあるのだろうが、奴の言葉や想い、立ち振る舞いに対し、嘗ての自分と通ずるものを感じていた。
そう、グラディウスの屋敷に軟禁されていたあの頃の俺と同種のものを――。
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