第176話 阿呆のSSSランク

 訓練場付近の壁に仁王立ちして大声を上げた馬鹿の存在を受け、皆の視線もそちらに向く。その声の主が誰であるのかは最早言うまでもなく、何とかと煙は高い所に上りたがるというアレなのだろう。


 昨日のミーティングの事を知っている俺たちは思わず頭を抱えかけ、他の連中は困惑しながらも、どこか期待しているような表情。一瞬奴と戦ったとはいえ、ほぼ初見のセラスは壁の上の阿呆と俺との間で戸惑いの視線を行き交わせていた。


「俺たちにクソつまんねぇ仕事を押し付けやがって皆でコソコソ集まってるかと思えば、試験もなしで最高待遇だとぉぉ!?!? 馬鹿にするのも大概にしやがれッ!!!!」


 声の主――ボルカ・モナータは威勢のいい声を張り上げ、首脳陣と昨日の事を知る俺たちを睨みつける。


「大体、そこの女は魔族って奴の仲間だろうが! 前の戦いでは、俺と戦ったんだぞ!! 敵のスパイかもしれねぇし、こっちが不利になったら向こうに寝返るかもしれねぇ。ただの裏切り者じゃねぇのかよ!?」


 そして、奴が発した言葉によって騎士団内にも動揺が走った。確かにボルカの言葉は、俺とランサエーレの一件に関わった二人を除く誰もが疑問に感じながら言い出せなかった事なのだろう。だが、皆が集合している今この時に大々的に言っていい事じゃない。

 もしこれで連携に乱れが出たら、こいつは責任が取れるのだろうかと頭を抱えたくなってしまう。


 何より、こんな風にならないようにしなければ――という俺の懸念事項を見事に現実のものにしてくれやがったわけだ。


(おいおい、こっちが気にしてた地雷を全部踏みやがった。こいつの頭の中には、何にも詰まってないのか?)


 確かに歯に衣着せぬと言えば格好いいのだろうし、大陸最強集団を相手にこれだけ正面から意見をぶつけられる存在は他にいないだろう。これで実力が伴っていたら、世界を救う英雄にもなれるのかもしれない。

 だが、見方を変えれば、自分の思う通りにならずに癇癪かんしゃくを起こしている子供の様にも思える。


 “そうだ! もっと言ってやれ!”という顔をしている連中には悪いが、結果を出せていないボルカの発言は質の悪い負け犬の遠吠えでしかなかった。


「――ふむ、それでお主は何が言いたいのじゃ?」


 訓練場の雰囲気がさっきまでとは別種の緊張感に包まれ始めた時、騎士団長が口を開く。いつもの柔らかいトーンなのが逆に不気味だった。

 その後、やかましく地面に着地したボルカが騎士団長に食って掛かる。


「昨日の事は、確かに俺にもちっとは悪いところがあった。そいつは認める。でも、この扱いは、やっぱり納得がいかねぇ!!」

「ほう、まあ最後・・に一つ訊いてやろう」

「――っ! なんでその敵女が何の気なしに好待遇で、この俺は戦いも訓練もさせて貰えねぇ様な下らねぇ仕事を押し付けられてんだって事だよ!! 分かるだろうがよ!!」

「それを決めるのはお主らではなく、儂らじゃ。それに戦った結果に見合った立場を与えたつもりじゃが?」

「結果になんか見合ってねぇだろ! 一群ってのにも、俺より弱ぇ連中がたくさんいるじゃねぇか!! だったら、家柄しか脳のねぇそいつらよりも、この俺を使うのが道理ってもんだろ!? なぁ!?」

「お主という男は……本当に何も理解出来ておらんのじゃな」


 騎士団長はボルカの言い分を聞いて、どこか悲し気に溜息をついた。その心中は容易に察する事が出来る。


 もし今が戦時前ではなく、ボルカに個別で指導する期間を設けられたらどうなっていたのだろうか。大戦の前でなければ、ボルカは下積みの間に社会の荒波に揉まれて心身共に成長した状態で帝都に来て、本当に一旗揚げられたのではないか、と――。


 その一方、大戦前という緊迫した状況下だからこそ、俺達特異職業ユニークジョブの価値は飛躍的に高まった。だが、それ故にボルカ・モナータの超一流になれるはずの才能が、潜在能力に見合わない幼稚な精神で潰れかけている。

 きっとその事を、本気で悔いているのだろう。


「俺は魔族と戦って世界を救いに来たんだ! こんなチマチマした仲良しごっこや人助けになんて興味はねぇ! だから、勝負だ!! 一群の誰かをブチのめしてやるから、俺とそいつの立場を入れ替えろ!!」


 しかし、目の前の馬鹿が騎士団長の憂いに気づくはずもなく、出鱈目でたらめな事を得意げに言い放つ。

 まあ、わざわざ皆がいるタイミングで来たんだからそんな事だろうとは思っていたが、あまりのアホさ加減に、本気で軽く頭が痛くなってきたというのが正直な所だ。冒険者ならぬアホのランクなら“S”を三つほどあげた上で、花丸を打っても罰は当たらんだろう。


「随分と大口を叩いたものじゃが、こちらがそれを承諾するとしてお主は何を賭ける?」

「は、はァ!? なんで俺がそんな事をしなくちゃいけねぇんだ!?」

「――どんな事であれ、自らが起こした行動にはそれ相応の責任が伴う。仮にその戦いをするとして、こちらの戦士がお前に勝った場合に一体何のメリットがある? お主が敗れたとして何のデメリットがある? そんな独りよがりの私闘に人類の先槍である戦士を挑ませる事など出来んよ」


 ボルカの主張を端的に表すとすれば、“俺が気に入らねぇから、言う通りにしろ!”という幼稚極まりないもの。一にも二にも、“俺、俺、俺!”。ハイリターン・ノーリスクの博打を他人に強要するなど許されるわけがない。


「だ、だったら、もし俺が負けたら! 帝都から出てってやるよ!!」


 それが叶わないとなれば、“もういい!”――まるで大人と幼児の会話を訊いているかのようだ。


「まあ、腹を括る覚悟があるのなら、今回だけは特別に許可してやろう」

「よっしゃっ!」


 そして、自分がやり込められた事にも気づかないボルカは、嬉しそうにガッツポーズを浮かべ、交戦的な表情で値踏みするかのように周囲を見回す。


「さて、こちらの選出じゃが――」

「騎士団長! この愚か者への制裁は、この私――ガルフ・グラディウスにお任せください!」


 すると、今度は騎士団側から訊き覚えのある声が響き渡り、これまた見覚えのある奴が列を割って現れる。


「ほう、中々元気な若者だが、今はお主の出番ではないのぉ。相手をするとすれば、同じ特異職業ユニークジョブでなければな」

「な、な――ッ!?」


 だが、騎士団長はスルーされて茫然とするガルフを尻目に、俺達の方へ視線を向けて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る