第175話 新たな味方

 一夜が明け、再び上った太陽から降り注ぐ日差し。

 騒然とする騎士団の前に佇むのは、紫天の麗人。ただ立っているだけであるにも拘らず、どこか優雅さすら感じられる。


「外部協力員のセラス・ウァレフォル嬢だ! 今後は共同戦線の一員として、我らと共に戦ってもらう! 彼女の出自に各々思う所はあると思うが、肩を並べて戦う以上は関係ない。これまで通り、誇りと使命を胸に戦って欲しい。では、ウァレフォル嬢……」

「了解しました」


 一群の指揮官によって新たに共同戦線に加わることになったセラスが紹介され、騎士団員の表情が強張る。だが、それは無理もない反応だろう。


 では、なぜ現状に至ったかと言えば、ルインさんの突撃でひと騒動あった後、セラスを伴って騎士団長たちとミーティングを行った事に端を発している。


 その場で話し合われたのは、セラスの身の振り方と彼女自身の意志と決意、魔族と帝都側の意向というのがメインだった。


 まず、セラス自身としては共同戦線に敵対するつもりはなく、マルコシアスの打倒と戦争の即時終結を目的としている事。目的を同じくしている俺達へ協力する意思はあるが、あくまでも彼女自身は魔族の為に戦う事。

 同時に戦闘協力・情報提供の見返りとして、戦争終結後に魔族を絶滅させるような掃討戦を仕掛けない事など、他にもいくつかの条件を提示していた。


『――手当までして頂いて申し訳ありませんが、条件を呑んでいただけないのでしたら私はここを離れます。無理にでも傘下に入れとおっしゃるのでしたら……例え、敵対してでも……』


 魔族の現状を憂い、人間の浅ましさを目の当たりにした彼女だからこそ出来る聡い選択。どちらかに肩入れするのではなく、壊された境界線を正しい位置に戻そうとしているという事だ。


『ふぉふぉふぉ! 覚悟と決意を秘めた良い眼差しじゃ。ならば、条件を呑んでもいいじゃろうて!』


 騎士団長は思った以上にあっさりと条件を受け入れた。

 尤も、完全に全てを受け入れたわけではなく、セラスの行動は斥候によって逐一監視されるだとかというように、共同戦線側からの条件もいくつか追加されたり、互いの意見がぶつかり合った個所などは更なる話し合いを行ったりといった所だ。


 それについても一方的に吹っ掛ける事はなく、程よい落としどころといった感じだった。


『何より、別嬪べっぴん女子おなごは大歓迎じゃ!』


 それはかつてのレオン・レグザーならあり得ない柔軟性であり、冗談交じりで豪快に笑う騎士団長の懐の深さにその場にいた誰もが感服した事だろう。


 何はともあれ交渉の結果、セラスが正式に協力してくれる運びとなり、共同戦線には一群待遇で編成されることとなった。


 そして一晩明けた今、その入団挨拶と相成っているというわけだ。


(まあ、戸惑うのはしょうがない)


 いつぞやの大規模模擬戦のように並び立つ騎士団員たちだが、正直セラスの存在を好意的に受け止めている者は殆どいない。大多数が困惑と恐怖、それ以外が怒りと妬み。他がほんの僅かな好奇心と下心といった様子だ。


(いきなり信じろってのが、そもそも無理な話だからな)


 俺からすれば、セラスは奇妙な腐れ縁であり、命の恩人。それから死線を乗り越えた戦友だ。セラスの実力の全貌を見たわけではないが、ルインさんやキュレネさんと同格の実力者だという可能性は多分にあり、この待遇は当然極まりない。


 しかし、他の連中からすれば、セラスは人間側に寝返って来た裏切り者の魔族でしかないわけだ。

 その上、敵対している魔族が突然味方だという名目で現れ、自分達よりも好待遇を受けている。前回の俺達とは違い、セラスの枠を作る為に誰かが落とされただとか昇進がなくなったというわけではないが、これで好意的に受け入れろだなんて土台無理だろう。


 実際、ジェノさんや騎士団長達ですら半信半疑――よりマシな程度だし、セラスに対して全般の信頼を置いているかと言われれば、そうではない。


(こればっかりはどうしようもない。逆に“新しい仲間が増えた。一緒に頑張ろうぜぇ!”なんてノリで心を許したりする上層部なんて信用出来ないし、他の連中にしても当然の反応だろうな)


 無職ノージョブだった俺達ですら、あれだけ周囲から否定されていたんだ。“敵を裏切った魔族”であるセラスを普通の“人間”がすぐに受け入れられるはずもないし、もしかしたら一生かかっても足並みを揃える事は出来ないかもしれない。

 少なくともセラスやジェノさん達も、その事を分かった上で割り切っているはずだ。


(セラスの資質面は問題ないどころじゃなく、十二分にトップエース級。まあ、余計な騒ぎを起きないようにフォローしないとだな。同性だし、ルインさんやキュレネさん辺りにも話しておくべきか)


 個人感情を抜きにしても、セラスが味方に加わる恩恵は計り知れない。それは彼女自身の戦闘能力であり、魔族の情報や知識面での補助だろう。


 魔族の拠点が辺境地であるが故に辿り着けるのは、共同戦線の中でも一部のみ。両勢力の戦力関係や移動手段を考えれば、分散して戦うのは自殺行為であり、帝都で迎え撃つのが最善策――。

 これは昨日話し合われた内容の一つだ。


 どのくらいの戦力が、いつ、どこから来るのか分からないが、その時は皆で協力しよう。共同戦線のこれまでの行動方針はこうだった。

 しかし、セラスの情報によって指針が明確となり、より具体的な作戦立てや行動が可能になった。一見大した事ない変化に思えるだろうが、これは無視できない要因だ。


 つまり、戦略一つにしても大きな指針を決められたのは、セラスの言葉によるところが大きいという事。


 何より他の連中がセラスを信用出来ないと言うように、俺からすれば勝手な正義感に駆られて暴走した馬鹿共の方が余程足手纏いだという感情もある。こればかりは人間に意志がある以上、どうにもならない。

 それぞれが胸に秘めた思いの為に行動するしかないわけだ。


「やいやいやい! テメェら、その女は敵だろうが!! 俺達を追い出しといて、何をコソコソ集まってんだ!!」


 俺がそんな想いを抱いていた時、妙に緊張感に溢れていた団員達の空気が四散してしまう出来事が起こってしまった。

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