第174話 セラス・ウァレフォル

「魔族であって魔族ではない……一体どういう事だ?」

「神話の大戦において先代魔王が討ち滅ぼされ、魔族は種として致命的な打撃を受けた。勇者と聖女が歴史の影に消え去った後も人間たちからの執拗な攻撃によって、全体の力が弱まった魔族はとうとう存亡の危機にまで立たされ、お前たちがダンジョンと名付けた先の辺境地に渡り住み、いつしか人間の歴史から忘れされていった。ここまではお前たちも承知の事でいいのだな?」

「まあな。その神話の戦いで生き残った旧魔王の懐刀が奇跡的に生き延びて、今代に蘇って復讐を果たそうとしている。だから俺たちは戦わないといけないし、セラスはそれを防ぐために無茶をした……。現状、俺たちが理解しているのはここまでだ」


 はやる気持ちを抑えて、極めて冷静に勤める事を心掛けながらセラスを見る。


「それでさっきの言葉の意味はどういう事なんだ?」

「うむ。まずだが、我ら今代の魔族は“相克魔族そうこくまぞく”と呼ばれる存在。お前たちが魔族と認識している中で本当の意味で純血魔族と言えるのは、あのマルコシアスだけなのだ」

「純血が眠りに就いたアイツだけ……。まさか種の存亡の危機に直面したお前たちの祖先は、違う種族と交わった……?」


 以前、マルコシアスに訊かされた狂化モンスターの進化の歴史や、これまで出会った魔族たちの人間らしい出で立ち――俺の脳裏には一つの可能性が浮かび上がり、その答えが正解だったとばかりにセラスが頷く。


「ああ、元々魔族自体が着床率の低さを慢性的な問題として抱えており、その上で母数が減少した為、種としての限界を迎えていた。嘗ての魔族は、それを脱する為に他の種族と交わる事で滅亡を逃れたのだ。生物として最も近い系譜であったお前たち人間の祖先とな」

「人間と……魔族が……? ならお前たちは……」

「お察しの通り、現代を生きる魔族には人間の血も流れているという事だ。故に我ら魔族とお前たち人間の種としての差異は、殆ど無くなってしまった。それこそ生物の進化を図で表すのなら、ほぼ同列といってもいい。そのように進化し、適合した」

「――対立する二つの物が同時に存在する。それで“相克”――。マルコシアスが言っていた“紛い物”とは、遺伝情報さえも乱れた狂化モンスターに対してだけじゃなく、憎む相手である人間の血を宿している相克魔族も認めないという意味もあったという事か……」


 マルコシアス以外の魔族のルーツ。それが俺たち人間との交わりにある。

 その事実は、世界の常識――果てはこの戦いの意味すら揺るがしかねない程の衝撃を俺に与えると共に、これまで点在していた全ての情報を線として繋ぎ合わせるものだった。


「なるほど……それなら魔族が跡継ぎを残しにくいってのは、納得の話なのかもな」

「ん、何故その結論に至ったのだ?」

「モンスターの分布を見ていれば分かるけど、強力な種になればなる程、母数自体が圧倒的に少ない。それはどうしてか……生物全体の調和バランスを取る為に、世界自体がそういう仕組みで動いているんだと思う」

「高次捕食者が増えすぎるのを抑制する為に、我らは子を成す確率が低いという事か?」

「多分な。実際問題、お前たち魔族は、個の生物としての性能が人間よりも圧倒的に優れている。一部の竜種や幻獣種を除けば、地上の頂点捕食者だろう。そんな連中が簡単に繁栄なんてしようもんなら、地上から生物が一掃される。そうなったら資源は枯渇し、生態系は乱れて世界自体がおかしくなる……。そうか、セラスが戦いを止めようとしたのは……」


 この世界を形作るモノ――人間、魔族、狂化モンスター、その他の普通のモンスター。植物や大地、太陽と月、大気中の物質にまで、この世界に存在している以上は何かしらの意味があるはずだ。それは奇跡的な調和によって保たれていて、今も目の前に広がっている。

 俺たちはそれを世界と呼んでいるのだろう。


 そんな世界の理に人間と魔族を当てはめるとすれば、数の多い前者は草食獣、数の少ない後者は肉食獣。だからこそ人間は魔族に滅せられ、魔族もまた時折の反撃や出生率の低さで数を調整されていた。


 しかし、歴史の中にはその理を超えた現象や存在が出現する事がある。地殻変動や津波、火山の噴火といった異常気象。そして、聖剣の勇者や先代魔王などの超越者。


 先代魔王によって人間は滅びに瀕し、一度は世界の調和が崩れたが、突如現れた聖剣の勇者によってその元凶は討たれた。互いに戦火に焼かれた事で再び調和が保たれるのかと思えば、そうではない。今度は魔族が滅亡の危機に襲われ、人間が大繁栄。

 その裏では魔族が再び勢力を増しており、彼らによって人間が淘汰され――人間たちも滅びを逃れる為に戦う――それもまた、自然の摂理なのかもしれない。


 だが、魔族は異なる可能性の中で進化・繁栄し、以前とは別の存在となって人間とも共生関係にある。そんな風に築かれた新たな調和が、神話の亡霊・・・・・とも言うべきマルコシアスによって乱されるのは、世界にとっての猛毒だ。

 決して許していい問題じゃない。何より――。


「人間と魔族――両方の滅びを止める為って事か」


 もしも全面戦争が熾烈を極めれば、どちらの勢力にも多大な犠牲を強いる事になるだろう。そうなれば狩りの標的ターゲットとなる人間を滅ぼしたとしても、母数が減った相克魔族は必然的に滅亡する。


 何故かといえば、理由は明白。


 魔族は子孫を残しづらい種族であり、母数が減ってしまえば、神話の大戦後の焼き直しとなってしまうからだ。そして、今回はもう一つの“つがい”とも言うべき人間も彼らにとって滅ぼす対象であり、大戦が起こった場合はそれすらも失ってしまう。

 つまり、もしも全面戦争が起こった場合は――。


「お前達はともかく、他の人間がどうなろうが知った事ではない。しかし、このままでは魔族は先細りとなって滅亡は免れないだろう。それを防ぐためにも私は……!」


 己の無力さを噛み締めるかのように、セラスの表情が悲痛に歪む。彼女が悪いわけではないにも拘らず自責の念に駆られるその姿は、包帯姿も相まって何とも痛ましい。


「――今を生きる者達の裏で、全ての破滅を引き起こそうとしている者がいる」

「それがマルコシアス……か」

「ああ、かつて自分の主と同胞を滅ぼした人間。その血が混じった相克魔族。人の姿すらも失った狂化魔獣。奴はその全てを滅ぼしたいのだろう。だが、お前も戦ったアドアを含めた者達は、個として優秀な自分達が辺境に住まざるを得ない現状に不満を持ち、己の戦闘欲と同胞の復讐の為に開戦を望んでいる。中には、単にマルコシアスに心酔しているだけの者も多く居るがな」

「自分達の未来よりも、人間風情が地上を支配する事の方が許せない。だからこそ、それを止めようとしたセラスを疎ましく思い、複数人で襲撃したと?」

「そういう事になるのだろうな」


 だが、そんな悲痛な叫びによってこの戦争の全貌が見えた。やはり全ての元凶は、新たに魔王を名乗るマルコシアス。

 奴を討たなければ、人間と相克魔族――いや、世界の未来はない。


「戦闘中に弾かれた衝撃であの街に流れ着き、奴らはこれ見よがしに殲滅戦に切り替えて私を追った。その結果がアレだ」

「セラスだけが悪いわけじゃない。近郊の街に住んでいて避難者受け入れをしている帝都に身を寄せてない時点で、全滅は早いか遅いかだけだったさ。気にするなとは言わないけど、あまり気負わない方がいい」

「アーク……」

「とにかく今は自分の身を守る事と、ゆっくり休む事だけ考えればいい。何にせよ、早く万全に戻らないとだからな」


 あまりこんな言い方をしたくはないが、帝都からの伝令を軽く判断したり、戦時前の好景気のおこぼれに預かって商売を優先したのだから、彼らの死はほぼ確定的なものだった。戦闘に巻き込まれただけの被害者である事には変わりないが、全く非がないというわけでもない。

 同時に原因になったのはセラスではあるが、彼女が悪いわけでもない。責めるべきは実行犯と元凶だ。


「それにしても、狂化状態のモンスターと違って出鱈目でたらめな再生能力は持ってないんだな」

「生物としての構造が魔獣たちよりも複雑なのだろう。だが、超速再生とまではいかないが時間をかけさえすれば、それなりの深手であっても自己治癒でき……ッ!?」

「おい!」


 俺は気落ちした様子のセラスを気遣う様に声をかけた。しかし、病み上がりで感情を昂らせてしまった影響かその身体がふらつき、慌てながら身を乗り出す様にして支える。


「……」


 戦場で抱きかかえた時のようにセラスの身体が腕の中に納まり、上半身に感じる暖かさと柔らかさに思わずドギマギしてしまう。当のセラスも頬を赤らめて固まってしまった所為で、偶発的に至近距離で見つめ合う事になってしまい――。


「――ふぅん。楽しそうなお見舞いだね」


 だが、そんな静寂は満面の笑みを浮かべながら医務室に入ってきたルインさんによって、見事にぶち壊される。その後、セラスと俺を会議室に呼びに来たというルインさんに白い目を向けられ、凄まじく居心地が悪かったのは言うまでもない。


 因みに青筋を立てながら笑っている彼女の手によって、医務室の扉はお亡くなりになっていた。

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