第173話 人間と魔族

 ボルカ・モナータの突撃で戦闘報告ブリーフィングの趣旨は大きく外れ、皆色んな意味で疲れ切ってしまった為、一時休憩。ルインさんたちは、その後も会議室に残って話し合いを続けるようだが、俺だけは騎士団長直々の指令によって騎士団本部の特別医務室に赴いていた。


 扉を開いた先――寝台で上体を起こして空を見上げているのは、一人の少女。朗らかな日の光に照らされる窓際で物思いに耽っている麗人は、どこか儚く幻想的な美しさを放っていた。

 そんな姿に一瞬見惚れてしまったが、どうにか正気を取り戻してその少女――セラス・ウァレフォルに声をかける。


「――思ったよりも元気そうだな」

「アーク……か」


 すると、セラスは少し遅れてこちらに視線を向けて来たかと思えば、驚いたように目を見開く。余程の考え事でもしていたのか、普段のセラスらしからぬ散漫な反応だった。

 それに違っているのは、態度だけじゃない。普段結われている紫の長髪はそのまま下ろされており、出で立ちも見慣れた戦闘装束ではなく、騎士団が用意した病人着。闇の魔力さえ使わなければ、大人びた人間の少女と言って疑う者はいないだろう。


「まだ一日も経ってないけど、帝都ここでの生活はどうだ?」

「仕方のない事だが、この部屋に入るまでは少々視線が鬱陶うっとうしかった。それ以外は、とても捕虜とは思えないほど良くしてもらっている――アークが庇ってくれたおかげかな」


 俺は寝台の傍らに椅子を引いて腰かけると、セラスに話題を振った。


「セラスには借りがある。まあ、こんな程度で返せたとは思ってないけどな。それに……これから色々と訊かれたくない事を根掘り葉掘り追及されると思う。安易に連れ帰るべきじゃなかったのかもしれない」

「結果論だよ。お前たちがいなかったら私は死んでいた。少なくとも、それに見合うくらいの情報は渡せるだろう。だが……」

「全ての情報を開示するわけにはいかない、か……。それでいいと思う。セラスにだって譲れないものがあるはずだし、それは俺たちが踏み込んではいけない領域だ。それでも無理やり訊き出されようとしたんなら、こんな所からなんて逃げてしまえばいい」

「とても、人間の戦士の言葉とは思えんな」

「人間も魔族もどうでもいいさ。俺はこの戦いを終わらせたいだけだ」


 そんな俺の言い様に、セラスは呆れながら微笑む。少しばかり照れ臭くなってしまい、早速とばかりに本題に手を付ける事にした。


「――それで、どうしてケフェイドはあんな事に……というか、なんでセラスは魔族たちに襲われていたんだ? 仲間……なんだろ?」

「そうだな。曲がりなりにも意志を同じくした同胞だった……あの粛清しゅくせいが始まるまでは……」

「粛清?」

「ああ、前にも言ったが、魔族全体が戦いを望んでいるわけじゃない。むしろ、そうでない者も多くいる。だが、あの男――マルコシアスは、子供や老人以外の戦闘力を持った者を戦場に駆り立てる為、戦意を見せなかった多くの同胞を殺した。それも一人や二人じゃない。自らの意思に従わない者を次々にな」

「セラスは、それを止めようとしたって事か?」

「有り体に言えばそうなる」

「どうしてそんなになってまで、戦争を止めようとしたんだ? こういっちゃアレだけど、人間と魔族ならどっちが強いかは明白だ。種族の繁栄を考えるなら、人間なんて滅ぼしてしまえばいいはずなのに……」


 魔族にだって意思がある。自分たちを歴史の影に追いやった人間を廃し、全盛の時代を取り戻す為に戦うというのは、至極当然な理由だ。そんな中、圧倒的な力を持つ存在が過去から蘇って最前線に立ってくれる上に、人間側には聖剣の勇者も黎明の聖女もいない。少々不満があっても、素直に呑み込む方が賢い選択だという自然な疑問が噴出した。


「確かに戦闘能力では、魔族は人間に種として勝っている。普通に戦えば魔族が勝利し、人間は滅びゆくだろう。だが、事はそう簡単に運ぶものではない。我ら魔族も万能ではないからだ」

「万能ではない……か。というか、そもそも魔族とは何なんだ?」

「そう……だな。お前になら話してもいいのかもしれない。だが、どう説明したものか……」


 そんな俺の問いに対してセラスは宙を仰ぎ、暫しの瞑目。その後、重たい口を開く。


「――まず大前提として単刀直入かつ厳密に言えば、我々は魔族であって魔族ではない」


 その言葉は、これまでの認識を真正面からぶち壊すほどの衝撃を俺に与えるものだった。

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