第172話 戦う資格

「大体、四群って何なんだよ! 誰も訊いた事ねぇって話じゃねぇか!?」

「そりゃそうじゃ、だって今日の朝、儂が作ったんじゃからな」


 会議中にも拘らず突撃してきたのは、最早説明するまでもなくボルカ・モナータ。身体の所々に包帯を巻いたボルカは、ポカンとしている俺達を尻目に何やらまくし立てるように騎士団長を問い詰め始める。


「お主らの戦果と問題行動を加味して、三群の下の特別部隊に格下げという事じゃ。これは正式な辞令であり、反論は許さん。こちらは重要な話の真っ最中じゃ。用がそれだけなら、早く帰ってくれ」

「だーかーらー! それが納得いかねぇっつってんだよ! 大体、こっちの方が大事な話だろうが!? 大体四群ってのは……」

「四群は住民の治安維持をメインとしている三群の下について、雑用を請け負ってもらう特設部隊じゃの。お主らは市民からの信頼も厚い。正しく適性に合った部隊だと思うが?」

「はぁぁ!? そんな誰にでも出来るしょーもねぇ事なんか、俺がやるわけねェだろうが!! 大体、俺達に合った仕事ってのはどういう事だよ!? そいつらだって一緒に戦ったのに俺達だけが処分を受けて、その連中は爺さん達と直接話し合いだぁ!? そいつらも四群に落ちるってんなら流石にしょうがねぇが、そうじゃねぇならマジで納得いかねぇ!!!!!!」


 激昂するボルカと呆れ顔の騎士団長。明らかに話が通じていないからか、騎士団長は軽く溜息をついた。しかし、次の瞬間――室内の空気が一変する。


わっぱよ。お主、自分が何をしでかしたか本当に自覚しておらんのか?」


 目を細め、半眼でボルカを射抜く騎士団長。

 老獪で掴み所の無い気の良い爺さん――そんな普段の騎士団長からは想像もつかないほど冷徹な視線と硬い声音。その重圧と迫力は、一朝一夕で纏えるようなものなどではない。

 正しく、歴戦の英雄、帝都最強の騎士という称号に相応しいものだった。


「――ゥ、ッ!?!?!?」


 俺達は周囲を押し潰すかのような威圧感に当てられて思わず身構え、臨戦状態に入ってしまう。平然としているのはランドさんくらいのものだ。特にボルカに関しては膝を震わせ、俺達の方までカチカチと歯が擦れ合う音が聞こえて来るほど怯えていた。


「確かに、お主には他の者にはない力がある。それは認めよう。こんな情勢じゃからかな――儂も型破りなお主には期待しておった。殻さえ破って成長すれば、ここにおる連中にも迫る強者になるじゃろうとな」

「な、なら……」

「だが今回の一件における騎士団の損失、お主の問題行動は目に余るなどというレベルを超えておるんじゃよ」


 騎士団長は怯えるボルカを前に淡々と言葉を紡ぐ。


「指示を待たぬ独断先行に加えて、騎士団を私物化した事。勿論、息巻いて同調した阿呆共も同罪じゃが、団員を揺動したのはお主じゃろう? その上で自分の要求だけがまかり通ると本気で思っておるのか? そもそも、この緊張状態にも拘らず魔族達に不用意に手を出し、状況を混乱させる事など許されるはずがなかろう?」

「で、でも! 街の連中を助けようって!」

「それを決めるのは儂らであって、お前達ではない。勿論、立場を弁えて意見を言うのは構わんが、共同戦線に属している以上、お主らにもそれに従って貰わなければならない。似たような事で揉めたから、二群に落とされたのではないのか?」

「それ、は……!」


 先日の訓練でルインさんに喧嘩を売り、ジェノさんにたしなめられた奴の姿が脳裏を過る。


「別に死にそうな人間を助ける時や目の前に武器を向けられている時まで、上からの命令がないから抵抗するな――などと極論を言うつもりはない。時には自己の判断を優先して行動する事も必要じゃ。だが、お前さんが突っ走ったあの状況……脇目も振らずに特攻するべき状況だったか? 市民を助けるという思い自体を否定するつもりはないが、そんな事などただの口実で魔族と戦ってみたかった……あわよくば誰も成し得た事のない戦功を打ち立ててやろう……そんな風に息巻いては、おらんかったかの?」

「ぅ……!」


 騎士団長の静かな糾弾を受け、ボルカはぐうの音も出ないといった様子だ。


「そして、お主らの勝手な行動によって一体どれほどの人間が迷惑を被り、共同戦線としてもどれだけの損失が出たと思っておるんじゃ?」

「でも! 魔族には勝ったんだし良いじゃねぇか!」

「ほう……住民が全滅した後の街で無意味な戦闘を引き起こし、騒ぎを大きくするだけしておいて全員揃って途中脱落リタイア。迅速に動いてくれたこの者達に尻拭いをして貰っておいて……よくもまあ、勝ったなどと言えたものだな。その上魔族は全員取り逃がし、こちらの“原初魔法切り札”と“死神双翅虎の子”を敵に晒してしまった。この損失は図りしれんものがある」

「なんでだよ! あの連中に勝てるくらい強えー力があるんなら、それでいいじゃん!? 次の戦いも真正面からぶっ飛ばせばいいだけなんだしよ!」


 確かに実戦で新形態をお披露目し、まだまだ完全ではない状態でも魔族相手に互角以上に通用すると分かった事は、怪我の功名といった所だろう。

 しかし、あれだけ派手に戦ってしまった以上、今後の戦いで魔族たちは新形態を頭に入れ、対策した上で動いてくる。両勢力の均衡している情勢を崩そうとしたばかりか、俺達七人の情報が相手側に露呈してしまった損失を思えば良くて除籍、時代が時代なら首をねられてもおかしくない。


「大体、そんな戦い方があるんなら、俺にも教えてくれよ!! そいつらばっかりずりぃぞッ!!」

「お主はこ奴らとは違う。はっきり言って無理じゃよ。それに次の機会が掴み取りたいのなら、その最下層から這い上がって来るのじゃな」

「違うって何が!?」

「それが分からぬ限り、お主は一生そのままじゃ」


 それにも拘らずこれだけ寛大な処置を受けても尚、自分の意見だけを押し通そうとして話を理解しようとしないボルカに対し、失望を通り越して呆れたような視線が向けられ始めていた。


「だが、お主達の蛮行もまんざら無駄というわけではない。結果だけを見れば死者無しで魔族八人を撃退、新たな力の有用性を証明出来て例の小娘を抑えられた。今後の情報次第だが、魔族の内情を知る事が出来れば、大きな補填となりえるかもしれん」

「なら、俺達だって!」

「逆じゃよ。あの魔族の小娘を保護する事が出来たからこそ、本来なら帝都を追われたであろうお主らは、まだ共同戦線に名を連ねることが出来るのじゃ。そして、これまでのお主らの力と働きを見た結果、それに見合った仕事を与えたつもりなのだが?」

「……ぐっ!」

「ボルカ・モナータ、お主に対して敢えて言おう。今のお前には、武器を手に戦場を駆ける資格はない。頭を冷やして出直して来い」

「ち、っ……くそぉぉぉっっ!!!!!!」


 そして、騎士団長から最終宣告を言い渡されたボルカは、歯を食いしばりながら会議室から走り去っていった。

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