第171話 超越進化と神話回帰

 一夜明けて、翌日の正午過ぎ。

 昨日の戦闘でケフェイドに赴いた俺たち七人は、帝都騎士団の会議室に通されていた。セラスと二郡連中の姿はなく、代わりに騎士団長とランドさんがいるという形を取っている。今から何が行われるのかと言えば、昨日の戦闘報告ブリーフィングだ。


「はてさて、どこから手を付けていくべきかの」


 戦闘が起きた経緯、戦闘の内容、セラスとの意図せぬ遭遇など、事のあらましを説明し終えると騎士団長は重たい溜息をもらす。


「ひとまずは皆無事で良かった……という所からではないですかね?」

「ふっ、確かに魔族八人と大量の狂化モンスターを相手に犠牲者無しだというのは、少しばかり反抗の芽が出たという事かもしれん。まあ、お主らクラスでも歯が立たんかったら、白旗を振るしかないんじゃがのぉ!!」


 最年長組の老獪な笑いによって、重苦しかった室内の雰囲気が僅かばかり弛緩しかんする。


「――とりあえず、こちらからお伝えできる情報は以上です。それで、どうして我々だけが呼び出されたのでしょうか?」

「うーむ、ぶっちゃけて言ってしまえば情報統制の為じゃ」

「情報統制っすか?」

「うむ。お主らは意図せずとも、この戦いの本質に深く迫りつつある。その情報は、前線部隊の一員でしかないお主らが本来知る必要のないものではあるが、知ってしまったもんは仕方ない。だが、むやみやたらに周囲に言いふらされては困るし、不確定な憶測が飛び交って指揮系統が乱れちゃ叶わんからのぉ」

「君たちの事だから信頼はしているが、こちらとしてもこの辺りはしっかりしておかないといけないからね。それに私たちも君たちも、ゆっくり話す機会が必要だろう? これからや気になる事についてなんかをね」


 お互いの主張は尤もだ。組織としては個人単位での特別扱いなど歓迎された事態ではないのだろうが、俺たちと話す機会を設けてくれた事には感謝をするしかない――なんて思って訊いていると、全員の視線がこっちに向いていた。


「えっと……みんなして何ですか?」

「あの翼とかその他諸々……訊きたいなぁって」


 ズイっと顔を寄せられ、視界がルインさんの顔で埋め尽くされる。満面の笑みを浮かべてはいるが目は欠片も笑っていない。向けられる視線からして、皆も同じ事が気になっているのだろう。まだまだ改良が必要だとはいえ、実戦運用への目途はある程度立ったし、この期に及んで隠せるわけもないと観念して、“禁忌穿ツ刹那ノ刃”の入手経緯から連日の秘密特訓までを洗いざらい吐かされる事となった。


 度重なる独断先行に加えて単独行動禁止令が敷かれていたにも拘らず、自分の体に大きな負荷をかける深夜訓練。

 驚き、怒り、呆れ、関心――皆の反応は様々だったが、賛否は半々。


「へぇ……」


 ルインさんの笑みが一段と眩しくなる。気持ちの問題を度外視すれば、俺の行動自体は一応筋が通ってはいるし、それなりに結果も出ているとあって表立って非難はされないが、他の面々の視線も相まって居心地のいい空間ではないというのが正直な所だった。


「あはは……それなら、ルインさんのアレについても気になるんですけど?」

「あ、同じく!」


 俺は苦し紛れ兼、本気の疑問で話題転換を図ろうとし、リゲラも乗ってくれたおかげでその思惑は達成された。尤も、“後で部屋に行くから”とルインさんに呟かれたのを除けば、だが。


「もう少し伏せておくつもりじゃったが、致し方なかろう。あの形態は失われた戦闘形態――“原初魔法ゼロ・オリジン”と呼称されておる」

「戦闘形態……という事は、魔法術式というより魔力運用の一種……という事ですか? それに失われたとは?」


 俺は全身から燐光フレアを舞い散らせるルインさんの姿を思い返しながら、訊き覚えのない単語に対して疑問を呈する。


「まずはあの力の起源について話していこうかのぉ……といっても、儂らとて分かっている事は少ないのじゃが……」

「騎士団長でも分からないんですか?」

「うむ。“原初魔法ゼロ・オリジン”――アレは、神話の時代に人間が用いた魔力運用術であり、帝都でも一部の者しか知らぬ伝承として受け継がれてきたものじゃからの」


 それに対し、騎士団長は言葉を選びながら答えているのか、いつもよりも歯切れが悪い口ぶりだった。


「そんな御話おはなしの中だけの魔法を、どうしてルインさんが?」

「戦力増強の為――というか、生き残る為の希望じゃな。お主らは“原初魔法ゼロ・オリジン”の力の一端を見たのじゃろう?」

「ああ、武器も使わないで魔族二人を倒しちまうなんて……正直凄かったぜ」

「だろうな。アレは世界の理を超えた力であり、魔力を扱う全ての人間が行き着く最終形態。例え御しきれておらずとも、凄まじい力を秘めておる。故に我ら人類の切り札として、腕利きの者達に習得訓練に励んでもらっておったわけじゃ」

「でも、俺はそんな話訊いてねえっすけど?」


 ルインさんが使ったという神話時代の魔法技術――“原初魔法ゼロ・オリジン”。あの姿を思い返していると、リゲラが拗ねたように唇を尖らせる。


「ふっ、失われた魔法技術だと言ったじゃろう? 魔族をも圧倒した魔法技術が衰退し、失われた原因は何故か。それは体得難度が高すぎて誰にも使えなかったからじゃよ。現に儂を除けば、帝都のここ数百年の歴史の中で体得に到達した者は、たった一人しかいない・・・・・・・・・・と言われておる。全盛期の儂でも完成度は七割程度じゃったし、正直今回も誰かしらが体得出来れば……程度だったのじゃよ」

「それでもよぉ……」

「そうしょげるな。“原初魔法ゼロ・オリジン”は、これまでの魔法とは全く違う。体得出来なかったらその期間を無駄に過ごす事になってしまうし、事実としてルイン、ジェノ、キュレネ――この三人以外は、習得の前段階でつまづいてしまったからのぉ」

「ふぁっ!? ルインさん以外も出来てるのかよ!?」

「イレギュラーだと言っておるじゃろう! まあ、三人共辛うじて発動できる段階じゃから、完成には程遠いがの。それでも大したもんじゃが」


 ルインさん達の方を見て騎士団長が誇らしく笑う。


「魔力を体内に留めて爆発させる勢いで高速循環させる……あんな死ぬ一歩手前みたいな無茶に耐えながら戦闘出来る人間は、そういないでしょう。確かに魔力運用の奥義ってのも、ルインさんの戦いぶりを見れば眉唾物じゃないと思いますしね」

「ほぅ、一度ただけでそこまで理解するとは……流石は親子と言うべきか……」

「あの驚異的な戦闘能力――単純に強い、硬い、速いという分かりやすい強さ。職業ジョブの有無すらも超越した爆発的な戦闘能力を一個人が捻出する方法なんて、それくらいしかないかなと……。その後の消耗具合や実際に戦闘を見たってのが一番大きいですけどね」


 俺の脳裏に過るのは、戦闘終了と共に一気に体力と気力を消費したように見えたルインさんの姿。素手で一流の拳闘士をも上回る格闘能力に加え、立っているだけで盾などいらないとばかりの防御力。ルインさんの代名詞とも言える青龍偃月刀を手放していても、そんな状態なのだから、職業ジョブに適合した武器を使って戦うという世界の仕組みすらも超越しているのだろう。

 それは努力云々で到達できる領域を超えた異常な戦闘能力であり、通常の魔力運用ではないというのは察しが付く。俺のように魔力を外に放出していない以上、答えは一つだった。


「ふむ。確かに一歩間違えれば、自身諸共吹き飛びかねない上にリスクも大きい、諸刃の剣じゃ。しかも、豊潤な魔力量・超一級の魔力制御・強靭な肉体・武器の扱いを兼ね備えて尚、その入り口に立つ事すら叶わんとびきりのな。それらを超越し、魔力を扱う者が最後に辿り着く境地――それが“原初魔法ゼロ・オリジン”」

「アーク君が魔力を放出して身に纏う事に超越への“進化”の帰結を見出したのとは対照的に、我々は魔力を内に留める事に神話への“回帰”見出したといった所かな。どちらにせよ、歴史に名を残す偉業だ」

「ああ、それもまだ練度が上がる余地を多分に残しておる。大した若者共じゃ」


 騎士団長とランドさんはそう締めくくった。手放しかは微妙だが、素直な賞賛にこそばゆい気分を覚えてしまう。そんなこんなで俺達の新形態については大戦までに練度を高めていくだけだと、もう一つの大切な話題に移行しようとした時――。


「おいコラ! クソジジイッ! 俺達に処分が下されるってのはどういう了見だッ!!!!」


 荒々しい音を立てて扉が開かれ、やかましい声が室内に響き渡った。

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