第170話 ケフェイド攻防戦終結
「……ぁ……っ」
アクロバティックかつ強烈な一撃を浴びせられて地面に叩きつけられたダリアは瞳を裏返し、白目を剥いて横たわる。文字通りと言うか、物理的にルインさんの尻に敷かれたダリアの状態は、正しく満身創痍の一言だった。
「――ここは戦力を消費する
そんな時、ジェノさんと戦っている魔族が声を上げ、目くらましなのか戦場の各所で闇の魔力が巻き上がる。
アドアとレーヴェ、ダリアが一挙に脱落。戦況は一気にこちら側に傾いていた。個人感情を抜きにすれば、引き際としては妥当な所だろう。魔族にも指揮系統が存在し、奴は感情に流されず戦場全体を見渡せる稀有な能力を持っているという事の証明だ。
「ここまでだな。強き担い手よ」
「どうやら、そのようだな」
「じゃあな、拳の坊主!」
「おい、テメェッ!?」
「エレガントではないが、この場は退くしかなさそうだ」
「喧嘩吹っ掛けて来たのはそっちなのに、勝手に満足して帰るつもりかしら?」
魔族達はどこからともなく飛来した飛竜の脚に掴まり、戦域から離脱。
「深追いの必要はない! これ以上は消耗戦になる!」
リゲラたちは魔族に攻撃を繰り出そうと魔力を放出するが、ジェノさんの言葉で動きを止める。その間に魔族達は次々と竜の力を借りて空へ逃れていく。
「ダリア、危険……俺、守る」
「まだ戦うの!?」
最後の二人の片割れ――超巨漢の魔族は大きな身体を躍動させながらルインさんに迫り、両手を組んで上から振り下ろした。ルインさんもまた、迫り来るダブルスレッジハンマーに対して拳を突き出す。
拳戟が激突。
「――ッ!」
鋼のような拳が一方的に砕け、巨大な身体が宙を舞った。同時に大柄の
「逃がした……か」
ルインさんは、無人の地面を見ながら呟いた。巨大な魔族は、無我夢中で腕を突き出したんだろう。ルインさんの脚元は大きく抉れており、さっきの激突に紛れて相手の魔族がダリアを連れ去ったという事を示している。
魔族の撤退に合わせて狂化モンスターも後退したようで、街中で輝いていた魔力光もいつの間にやら消え去っている。ケフェイドの街は一瞬の間に静けさを取り戻していた。
「ちょっと、ジェノさん! どうして止めたんすか!?」
「さっき言った通りだ。こちらには消耗戦を戦い抜く力は残っていない」
「でも、三人倒してこれからってとこで!」
「確かに一見すれば、こちらが有利な状況だった。死力を尽くして猛追すれば、殲滅も可能だったかもしれない。だが、回りを見ろ」
「回りって……」
リゲラはみすみす敵を逃がした事に納得がいかないとばかりにジェノさんに食って掛かったが、俺
「そういう事だ。あのまま続けていたら、こちらも確実に犠牲者を出していただろうからね」
ジェノさんとリゲラの視線の先に居るのは、
あの激戦を超えてと考えれば、外傷こそ圧倒的に軽微だが、現状の俺達はほぼ戦闘不能だと称して差し支えない状態にあった。互いに新形態は解除されてしまっている。
「二群の団員達もそうだし、ニルヴァーナ嬢やエリルだって消耗している。それに戦いが長引けば、更に援軍を投入されるかもしれないし、あちらにも僕達の知らない切り札があるのかもしれない。この戦い、そこまで決死の覚悟で臨まなければならないものだと思うかい?」
「――そう言われちゃ、しゃーなしっすね。了解っス。つーか、さっきのって一体何なんすか? まあ、アークのアレもだけど……」
「その件については皆で情報共有すべきだろう。まずは手当てと、後から来るであろう一群部隊にこの事後処理を引き継いで貰う事が先決だ。元気が残っているのなら、エリルを連れて来てくれるかい?」
「うげっ……ずっと走ってたんで、一気に疲れが……」
この緊張感のないやり取りこそ、ある意味日常の象徴なのだろう。
「ふぅ、お疲れ」
「互いにですね」
俺とルインさんは、そんな二人の会話を聞き流しながら苦笑を浮かべ合った。色々と情報量が多過ぎて、正直頭がこんがらがっている。そんな中で確実なのは、本当なら笑みを浮かべあっていられるような状況じゃないという事。
だが、Sランクと遜色ない魔族をあれだけの人数相手にして、生き残れたという事自体は誇ってもいいだろう。
「――これはまた、さっきまでが可愛く見えるくらい滅茶苦茶にやりあったようね」
「皆さん、無事ですか!?」
俺達の前にアリシアとエリルが姿を現す。アリシアはここまで引きずって来たのか、爆風でズタボロになって気絶しているボルカの首根っこを掴んでおり、エリルは治療を終えたであろうセラスに肩を貸しているようだった。
「アーク……私、は……」
「今は何も言わなくていい。とりあえず、セラスが無事でよかったよ」
セラスが口を開く。多少顔色は良くなっているが、まだ本調子じゃないんだろう。彼女らしからぬ歯切れの悪い口調だった。でも、今はそれでいい。色々と考えなければならない事はあるが、セラスや皆が無事だったという事実も不変なのだから――。
「む……っ! アーク君ってさ、妙にセラスには優しいよね?」
「はい?」
「ああ、分かるー」
「ええ!?」
ただ、一群本隊が来るまでの数十分、女性陣から冷ややかな視線を浴びせられ続けたのは、ここだけの話だ。
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