第169話 原初魔法《ゼロ・オリジン》

「あれ……は?」


 そう呟いたのは誰だろうか。だが、それが何に対しての言葉であるかは明瞭だ。


「ルインさん……なのか?」


 健在な彼女の姿を見た瞬間、消えかけていた自我が回帰し、俺自身が纏っていた闇の魔力が四散する。


「■■■――ッ!!!!」

飛竜ワイバーン――ッ!?」


 同時に、その瞬間を見逃さまいと空から飛竜ワイバーンが舞い降りて来て、死に体寸前のアドアとレーヴェを連れ去っていく。更に追撃を避けるかのように別個体達からは、火球の嵐を浴びせられる。戦闘開始直後の状態なら対処した上でアドア達の追撃に向かう所だったが、今の俺ではそれも叶わない。


「何なのよッ! アンタはァァァ!!!!」


 その直後、目尻を吊り上げたダリアは怒りの叫びを上げた。


「また引き回して上げるわ!!」

「――貴女じゃ私には勝てない。降伏してください」

「う――ぐっ!? このっ!?!?」


 混迷の戦場に怜悧な声が響いた。決して大きくはない声音。しかし、ダリアの甲高い声にはない力強さが宿っていた。


「舐めるんじゃないわよッ!! 小娘がぁぁぁっっ!!!!!!」

「私は、お話を訊きたいだけです」

「――ッ、ぁ……ああぁ、ぁっ!?!?」


 逆上していたダリアの表情が驚愕に染まる。冷静なルインさんとは対照的だが、彼女の反応も無理はないだろう。


「貴方達の上に居る存在――新たな魔王の居所を考えている事を……」

「そんな……ぁっ!? そんな事ッ!!」


 ダリアが巻き付けた鞭を全力で引いているにも拘らず、ルインさんの脚は大樹の幹のようにビクともしない。その上、張本人が棘付き鞭を素手で握り潰して見せたのだから――。


「っ、っっ、ぐうううっっぁ!?!?!? この馬鹿力がっ!! 白兵戦でこの私に――」

「はああぁ、ぁ――ッ!!!!!!」


 ルインさんは更に千切れた鞭を掴み取りながら、ダリアを身体ごと引き寄せる。だが、流石にダリアも一筋縄でいく相手ではないようで、逆に引き寄せられる力を利用しながらルインさん目掛けて拳を突き出した。


 炸裂音が響き渡り、二人の女は互いの顔を殴り飛ばし合う。

 それは交錯のクロスカウンター。


「はっ……ぐ、っはぁぁっ!?!?」

「……」


 しかし、カウンター撃ち込んだ側であるダリアの顔だけが跳ね上がり、ルインさんは微動だすらしていない。その上、吹き飛ぶはずだったダリアは右腕を掴み取られており、敵であるルインさんに支えられるような体勢となっている。どちらの攻撃が通ったかなど一目瞭然。


「私の勝ちです。降伏してください」

「――っ、ちぃ!? ふっざけんじゃないわよ!!」


 ダリアはルインさんの言葉に逆上したのか、顔に向けてつばを吐き捨てながら捉えられた腕を起点に一回転。長い脚をルインさんの首に巻きつけようとしている。


「……」


 しかし、ルインさんは吐き捨てられた唾を全身から迸る金色の魔力で蒸発させ、迫って来る魔力を纏った足を掴み取ると、そのままダリアを宙吊りに固定してしまう。


「ホントにッ! 何から何まで生意気! でも、そんな肉の塊ぶら下げてると足元がお留守よねっ!!」


 天地が入れ替わったダリアだったが、全く怯む様子はない。間髪入れずに魔力を纏わせた右腕を突き上げる。狙いは下腹部よりも僅かに下――男女問わず人体の急所であるその中心。


「あ、ぎゃぁっっ!?!?」


 肉を砕く破裂音と耳をつんざく様な悲鳴が戦場に響く。


「ごめんなさい。制御可能な範囲で出力を抑えるのが精一杯だから、手加減が出来なかった」

「あ……ぐ、ぁ……この馬鹿、力……ッ!?!?」


 狙われていたはずのルインさんは申し訳なさそうに目尻を下げ、狙ったはずのダリアは血の気の引いた青い顔で震えた声を紡ぐ。その拳は、不意打ちを受け止めたであろうルインさんの女性らしい柔らかい手に覆われ、握り潰されていた。


 最早これまでと思われたが、ダリアもまた一流の戦士だった。痛みに怯む事無く靴裏ヒールに魔力を纏わせてルインさんの顔面に突き立てる。しかし、攻撃が直撃したのにも拘わらず、肉体に負けた刃の方が儚い音を立てて砕け散った。


「ちっ!? アンタ、本当に人間なのかよ!」


 凡そ、人の身ではあり得ない魔力出力と肉体強度。あの程度であれば、最早攻撃を避ける必要もないのだろう。

 ルインさんが変質した今の形態――彼女の戦いを目の当たりにしていく中で、その本質が少し分かったような気がした。


「どんだけ硬かろうが、首をへし折っちまえば同じよねッ!!」


 腕を潰され、武器を壊され、ラフファイト上等の不意打ちを二度も防がれたにも拘らずダリアの戦意は折れていないのか、ルインさんの首に無駄に長い脚を巻き付け、肩に座り込むようにして頸動脈を絞め上げる。その光景は、ダリア自身の人となりや武器が棘付き鞭であった事も相まって、獲物を捕らえた大蛇の様。


 ダリアのしなやかで鍛えられた長い脚は、それ自体が強靭な武器だ。その足が魔力を纏い、人体の急所の一つである首元を万力の如き勢いで絞め上げるのだから、首の骨など木っ端微塵だろう。


「あ、ぐぁっ……ッ!!」


 しかし、されるがままのルインさんは表情一つ変える事なく、むしろ首の骨を粉砕しようとしているダリアだけが苦悶の声を上げたかと思えば、内出血によって太腿の色が変わっていく。


「……」

「悟ったような顔をして――!!」


 ルインさんは無言で足の拘束を振り解き、ダリアの身体を放り捨てた。そんな状況ではあったが、ダリアは満身創痍の肉体に鞭を打つように腕のスプリングで身体を跳ね上げると即反撃。


「はっ!」

「このお、ぉっ!?」


 だが、ルインさんの白い脚が鞭のようにしなったかと思えば、ダリアの身体が蹴り落とされる。そのまま反撃を許す事もなく、今度はルインさんがダリアの肩に座るような体勢となり、長い脚で首に絡みついた。


「マルコシアスについて知っている事を答えて」

「ふ、ざけんじゃ……ない、わよ! 誰、が……あのお方の……敵に……屈服するくらい、なら、死んだ方がマシ、よ!!」


 ルインさんは冷たい瞳で拘束したダリアを見下ろしている。対するダリアは魔力で腕を強化し、ルインさんの太腿に拳を叩き付けたり、形成した爪を立てたりと脱出のために足搔くが、焼け石に水。魔族の強靭な爪や拳は、女子の柔肌一つ傷つける事が出来ずに砕け、逆に耐え切れなくなって血飛沫が舞わせている。


 まだ頸動脈を絞め上げておらず、ただ座っているだけ・・・・・・・の状態ではあるが、ダリアの心境からすれば首元に斧を擦り付けられているようなものなのかもしれない。だが、魔族の意地か、女のプライドか――ダリアは起死回生の反抗に打って出た。


「はぁ! は、ぐっ……ぁぁっ!?!?」

「貴方達は、どうして……そこまでして……っ!!」


 巻きつけられた太腿を左右の手で抱え込むと一気に上体を倒す。勢いよく礼をするような姿勢で、ルインさんの背中を地面に叩き付けようという魂胆なのだろう。しかし、地面に叩き付けられる瞬間、背を反ったルインさんは両手を地面に付くと、太腿でダリアの顔を挟み込んだまま腕の力で跳ね上がる。

 綺麗な弧を描くムーンサルト――。


「はあああああぁぁ――ッ!!!!!」

「な――ッ!? があ、あぁぁぁっっ!?!?!?」


 そのままの勢いを保持したまま、太腿に挟み込んだダリアを脳天から大地に叩き付けた。

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