第168話 狂気ノ闇刃

 大きく立ち昇る噴煙。

 半径五メートル四方が大きく陥没し、その周辺の瓦礫が銅像モニュメントを思わせるように砕け立っている。

 こんな一撃を人間の身体強度で耐えきれるはずもない。闇の魔力を纏った拳であったのだから尚更だ。

 つまり――。


「あの女も良い気味……いや、我ら魔族に殺されたのだから本望だろうねぇ!!」


 ルインさんの生存は絶望的。


(俺は、また護れなかったのか?)


 戦闘中にも拘らず、思考が闇に埋没していく。


「まあ、そんな事はどうでもいい! この俺を散々コケにしてくれた礼をたっぷりとしてから、さっきの女と同じところに送ってやるよォ!!!!」

「仲間が死んだくらいで隙が出来るなんて――でも、これで本当に終わりね!」


 動きが止まった俺は、魔族達によって双翅の防御ごと身体を吹き飛ばされて宙を舞った。長期戦と精神的な動揺から魔力運用が乱れ、ノイズに包まれる様に双翅が四散していく。そして、迫り来る狂気の嵐。

 最早、俺に回避する手段はない。



 だが、そのとき――頭の中で何かが弾けた。



「なっ――ッ!? な、にっ!?」


 ――黒閃を奔らせる。


 アドアの全身を覆っていた闇の魔力が消し飛び、肩の付け根から本体の右腕を切断。戦場いくさばの空に鮮血が舞う。


「が、っああああああああああぁぁ、っっっ!?!?!? この人間風情があああっっ!!!!」


 苦悶の表情を浮かべるアドアは、そんな場であるにも拘らず残った左腕に全魔力を集中させて再び浮遊している・・・・・・俺に殴り掛かって来る。


「……」


 その射線軸に刃を置き、迫って来る左腕を撫で付けるように処刑鎌デスサイズを振り抜いた。


「そん、っ……ぐっ、おお、おおおおおぉぉっっっ!?!?!?」


 闇の奔流を宿した大刀身は死を刻む刃となり、まるで空を裂くかのように容易く巨腕を消し飛ばして本体の左腕も灰燼に変えた。

 そのまま両腕から噴出するおびただしい紅の渦と共に、アドアは撃墜。人々の憩いの場とも言うべき水場であったモノの傍に叩き付けられ、力なく横たわる。


「――その姿……その瞳――この……化け物ッ!!」

「……」


 視界に収まるそんな光景をどこか別の世界で起きた事であるかのように思っていると、入れ替わるように百を超える小剣群が迫って来る。一つ一つに必殺の威力が込められているであろう小剣ソレは、全てが俺の命を奪う為だけに降りかかって来ていた。

 しかし、俺の心には、波紋一つ起こらない。


「……」


 闇戟一閃。


 処刑鎌デスサイズの一振りで全ての小剣を掻き消すと共に、レーヴェの腹部に石突を叩き込む。


「ぐあっ!? あああああぁぁっっっ!?!?!?」


 レーヴェもまた、腹部から破砕音を響かせながらアドアの隣に吹き飛んで行き、その衝撃で既に役目を終えていた水場を決壊させる。


「……」


 津波の様に空に飛び出した水柱。透明な水流のヴェールに一羽の悪魔が映し出された。


 黄金の光を放つ紫であったはずの瞳。双翅も大きさを増し、上部翼には紫の爪のような突起が生成されている。

 更に鋭角シャープに、そして禍々しく変質したその姿は、魔族よりも化け物染みていた。


「……」


 天に掲げた処刑鎌デスサイズが魔力を帯びる。その刀身が巨大化し、咎人の懺悔ざんげすらも許さない断罪の刃へと昇華していく。


「アーク! 呑まれちゃダメ!! 戻って来なさいッ!!」


 槍を振るうキュレネさん誰かが俺を呼んでいる。清流のような声に一瞬目を向けるが――。


 脳裏で狂気がうごめく。


 慟哭に身を任せろ。

 許すな。全てを――。


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!!!! 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!! 

 コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!!!!!!


 武器を持ち、闘いを生む者――。

 その全てを排除する。


「……」


 奔流と化した魔力を刃に纏わせ、爆発させる。標的は、今この戦場にいる者全て・・――。


 人間も魔族も狂化モンスターも――全てを殲滅する。それで戦いは終わる。


 アドアたちとの刹那の攻防を一蹴し、戦況を終焉させるべく狂気と覚悟が融合しようかという瞬間――。


「――あん? ぬおおおっっ!?!?」


 援軍で来た巨漢の体が宙に浮いた。しかし、その狼狽うろたえようからして、奴自身に飛行能力があるわけではないのだろう。三メートルを超える体躯相手に信じられない話だが、まるで何かに持ち上げられている・・・・・・・・・かのような状態だった。


「エドガー!? 一体どうしたってんだい!?」


 そのままエドガーと言われた巨漢は放り投げられるように宙を舞い、その光景を目の当たりにしたダリアが毒づく。他の面々は俺を警戒しながらも、目の前にいる相手を牽制しながら爆心地に目を向けている。


 その刹那――混迷の戦場に閃光が満ちた。


「なに……何なのよ! アンタはッ!?!?」


 ダリアの悲鳴染みた叫びに呼応するように光が増し、無象の銅像モニュメントと化していた大地が消し飛ぶ。

 そこに佇むのは、喪われたはずの――金色の戦乙女ワルキューレ。しかし、その出で立ちは、俺たちが知るものとは随分異なっていた。


 全身から迸る膨大な魔力に金色の燐光フレア。長く艶やかな髪から同色の粒子が舞い、瞳の虹彩にも金色が宿っている。その上、あれだけの攻撃を受けたのにも拘わらず、傷らしい傷も見受けられない。どこからどう見ても健在――普通に考えれば、あり得ない現象だ。


「――原初魔法ゼロ・オリジン


 混乱が戦場を包み込む中――ルインさんは、小さく言葉を紡いだ。

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