第167話 雷光凋落

 叩きつけられる狼牙棒。

 それを躱す女子魔族。その手には、への字型をした打撃武器のような物が握られている。


「残ねーん! またまたハズレェ!!」

「くっそっ!! このやろぉぉぉぉ!!!!!!」


 少女魔族はどこか舌足らずな声を響かせながら戦場を走り回り、ボルカはそれを必死に追いかけている。その様は、正しく鬼ごっこ。顔の似ていない兄弟がじゃれ合っていると言われても、否定できない光景だった。尤も、それならば良かったと誰もが思うのかもしれないが――。


「どいつもこいつも、逃げんじゃねぇぇぇ!!!!!!」


 藍色の魔力を纏った狼牙棒が地面を砕き、大きな亀裂を作り出す。溜まったフラストレーションが攻撃にも影響が出ているのか、これまで見たボルカの攻撃でもダントツの火力。軽い地響きが起こる程だった。


「もう、うるさいなぁ……じゃあ、遊びも飽きちゃったし、向こうのお姉さんたちと遊んで来たいし、さっさと殺っちゃおうか!?」

「何ッ!?」


 しかし、威力が上がろうと相手に当たらない攻撃に意味はない。攻撃を躱しながら跳躍した少女魔族は、幼い体躯には似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべ、その手に持っていた特徴的な武器を放り投げた。


「はっ! 当たるかよォ!?」


 投擲された武器は闇の魔力を纏い、高速回転しながらボルカに迫る。その武器は回転の余波によって地表や周囲を斬り刻みながら進んでいくが、攻撃の性質自体はボルカが少女魔族に放ったものと同じ。真正面から直線状に迫ってくるだけの大技を避ける事など造作もなく、右にステップを踏んだボルカは攻撃の隣をすり抜けるように戦場を駆ける。

 そして、いくらクロス中距離ミドルレンジ対応の武器とはいえ、一度手放してしまえば、術者本人は隙だらけ――。


「これで終わりだぁァァ!!!!」


 懐目指して突っ込んで行くボルカが放とうとしているのは、再び狼牙棒の振り下ろし。さっきの勢いで攻撃が炸裂すれば、いくら魔族でも致命傷は免れない。ボルカは勝利を確信したような獰猛な笑みを浮かべるが――。


「後ろだッ!!」


 少女魔族が裂けた様に口元を歪めた瞬間、俺とリゲラは同時に声を上げた。


「え……?」


 俺たちに沸き上がる焦燥の気持ちとは裏腹に、状況を理解出来ていないボルカは呆然と声を漏らす。しかし、そんなボルカの背には、円形の軌跡を描いた後に水平になって戻って来た輪転斬剣とも言うべき回転飛具ブーメランが迫っている。


「ちっ!? こっちは動けねぇぞ!」


 リゲラはニエンテの拳の勢いを使って後ろに跳びながら苦々しく叫んだ。その言葉の通り、ボルカは独断で少女魔族を猛追するが為に一人で先行しており、個々が相手を抑え込んでいる俺たちの援護は間に合わない。

 当のボルカ自身も狼牙棒を天高く振り上げており、回避は不可能。高い威力の反面、重量級で取り回し辛い武器の性質がここに来て後を引いていた。


「じゃあね。声の大きいおじさん」


 全ては、この少女魔族の掌の上だったという事。後はボルカの体が半分に分かれるのを魔族との鍔迫り合いの中で見送る事しか出来ない俺達だったが――。


「な、くそっ!?」

「ぐっ!? うあああああ――ぁぁっっ!?!?!?」


 突如としてボルカの近くで爆炎が上がったかと思えば、足元が崩れ始める。同時に魔族の表情が驚愕に染まり、渦中のボルカ自身は闇の刃に切り裂かれる事なく存命。そのまま爆炎の勢いで跳ね上がった地面に圧され、体ごと大きく吹き飛んでいった。


 そして、爆炎の切れ目から炸裂音を響かせているのは、金の雷を纏う槍。地面を崩してボルカを救ったのは、ルインさんの攻撃だったわけだ。

 しかし、魔族二人を相手にしながら他の援護をした事の代償は大きく降りかかり、棘付き鞭に足を取られたルインさんの体が宙を舞う。


「アハハ! 随分とお人よしなのねぇ! でも、足元がお留守よんッ!!」

「ぐ、あああっっ!?!?」

「――ルインさんっ!?」


 ダリアは棘付き鞭を振るい、捕らえられたルインさんは倒壊した建物に激突。そのまま建物を貫通し、倒壊させていく程の勢いで街中を引き回されていく。


「人間風情が、この俺を前によそ見などッ!!」

「もう逃がさない!」

「くそっ!!!!」


 援護に向かおうとするもアドアたちの猛攻に阻まれる。流石に最前線に出てくる魔族だけあって、奴らとて一筋縄でいく相手じゃない。俺が向こうの魔法に対応し始めているように連中もこちらの新形態に慣れ始めているのに加え、さっきまでの鬱憤うっぷんを晴らすかのような猛攻に晒されており、振り切って突破する事が出来ずにいる。


「おや、逃がさないよッ!」

「しつこい男は嫌いなんだけど!? ナルシストはもっとね!!」


 キュレネさんも同じくカバーに入ろうとしたようだが、薔薇色の細剣レイピアの嵐を向けられ足を止めている。


 他の面々も同様――いや、乱入してきたボルカの脱落とフォローで完全に足並みが乱れてしまい、危ういバランスで成り立っていた膠着状態が完全崩壊。引き戻したはずの戦場の流れが、最悪な形で向こう側に奪取されてしまっていた。


「さァ! その綺麗な顔を悲痛に歪めなさい! 両手両足を千切り取った後は、醜い男達の慰み者にして上げるわ!! ほらほらほらッ!!!!」

「きゃっ! ぐううううぅ、ぅ――っっ!?!?!?」


 ルインさんの身体が奇跡的に残っていた時計塔に打ち付けられ、長細い建物を倒壊させながら振り回される。更にそのままの勢いで全身を叩きつけられると、抉れた地面の上で漸く停止。

 だが、それで攻撃が終わったわけではなく、傍らには巨大な影――。


「女、飛んで来た。俺、ぐちゃぐちゃに潰す」


 倒れ伏すルインさんに猛々しい拳が振り上げられる。


「ルインさんッ!」

「だから、お前の相手はこの俺だぁッ!!!!!!」

「お前達に構っている場合では……!」

「ここは通行止め!」

「ぐっ!?」


 俺は処刑鎌デスサイズの刀身――その上の外周を滑らせるようにアドアの闇腕を受け流し、そのままの勢いで二人を突破しようとしたものの、間髪入れずに爆弾小剣の竜巻に襲われる。辛うじて双翅を閉じて盾とするが、直撃は避けられても爆風の衝撃までは完全に殺しきれない。そんな波状攻撃を苦悶の表情を浮かべながら耐えていると、二つの拳・・・・が振り下ろされる


「“ダークアームフィスト”――ッ!!!!」


 一つは俺に対して向けられたアドアの闇腕。


 もう一つは――


「これで、終わり」


 超巨漢魔族の鋼のような拳。


「――ッ!!」


 炸裂音と共に砕け散る地面と立ち昇る噴煙。それを引き裂きながら離脱する影は、一つだけ――。この現象が指し示す事は、一つしかない。


「はい! まずは一人」


 俺達の動揺を嘲笑い、確信に変えてしまうかのようにダリアは加虐的な笑みを浮かべていた。

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