第166話 人間VS魔族

 戦況が収まりつつある中、未だ激しい戦闘が繰り広げられている箇所に目を付けたのか、新たに表れた三つの影が飛来した。


「魔族四人の追加投入。戦力的には完全に逆転された……いや、消耗してる分こっちが不利か」


 俺は苦々しい顔をしながら随分と風通しが良くなった街並みを疾走する。目的地は当然――。


「ほぉ! 探す手間が省けたな!」

「アーク君!」


 激しい戦闘の余波によって、とても街の中心だとは思えない程荒れ果てた大通りメインストリート。声を上げたアドアとルインさんを筆頭に、その場の全員――総数十二人が俺に視線を向けて来た。見知らぬ顔である新手四人の存在はやはり夢などではなく、戦闘中に魔族の増援が到着してしまったという最悪の状況を指し示していた。


「――他の連中とは話を付けてきました。後はこいつらを抑えるだけ!」

「ふんっ! 人間風情がデカい口を叩くな!」

「さっきの借り――返してあげる!」


 俺の存在を認識した瞬間、ルインさん達と連携を取る間もなく、アドアとレーヴェがこちらに押し寄せて来る。だが、ヘイトを散らすために戻ってきたのだから、それ自体は計算通りだ。


(二人を引き剥がして、これで四対六――体力の消耗を考えれば、まだこっちが不利か……!)

「その翼、引き千切ってやるよ!」

「弾けなさいッ!!」

「ちっ!」


 処刑鎌デスサイズを振り抜き、舌打ち交じりに迫る闇腕と小剣の嵐を薙ぎ払う。


(初めての実戦投入で、ここまでの長期戦は正直想定外。時間が経てば経つほど暴発の危険も増していく。消耗している上に出力を抑えた今の状態で、この戦況を乗り切れるか?)


 “死神双翅デスフェイザー”を始めとした闇の魔力――それを用いた魔法の運用に関しては未だ実験段階とあって、完成度で言えば五割から六割といった所。まだまだ訓練で慣らしながら練度を上げていく段階であり、本来は実戦投入する事自体が間違っている。

 そんな状態で複数の魔族、狂化モンスター軍団と戦い、再びアドア達と戦闘をするとなれば、俺自身がどこまでもつかは未知数。


(攻勢に出るか、引き付けるか……さて、どうする……)


 新形態の練度の低さもあって、長期戦になればなるほど不利になるどころか暴発の危険すら孕んでいる。だが、短期決戦を挑むとなれば、これ以上に出力を上げなければならない。全開戦闘で目の前の二人を即時殲滅して均衡状態をぶち抜けるのだとすれば、それ以上の戦果はないが、その時の暴発の可能性は長期戦の比じゃない。

 そうなれば即戦闘不能リタイアだし、この状況で俺が抜ければ戦線は総崩れだ。自惚れではなく、敗北に直結するだろう。

 それにまた暴走して味方を巻き込む――なんて事になるのも論外だ。


 しかし、俺が取れる手段は暴発覚悟で出力を引き上げるか、不利になる状況下であっても援軍エリル達が来るまで持ち堪えるかの二者択一。

 どちらもリスクが高いが、決断しなければ勝利はない。


(今戦っている四人と魔族達の力関係から考えて、短期決着は難しい。エリルとアリシアの前線復帰を待ちたい所だが、狂化モンスターを抑え込むのにかかる時間は未知数。二群は論外で――)


 数では不利、まだ断言は出来ないが質はこちらが勝っており、戦況は非常に危ういバランスで成り立っていると言わざるを得ない。

 こちらの戦力と向こうの戦力――そして、現在の戦況。アドアとレーヴェを相手にしながら、思考をフル回転させる。


「だぁー! くそっ! やぁぁっと戻って来れたぜェ!!!!」

「だれ、お前?」


 そんな時、ボルカが再び主戦場に出現した。ダリアに拘束された後、今までどこで何をしていたのかは知らんが、援軍として来たレーヴェより小柄な女子魔族に殴りかかっていく。


「どぉぉぉりゃああああぁぁっっっ!!!!!!」

(あのボルカやかましいのは戦力に入れない方がいいか。魔族の回復力がどれほどのものか分からないが……今はセラスも、だな)


 ボルカがどこまでやれるのかは分からないが、恐らく魔族を倒しきる事は困難だろう。予想を裏切ってくれればいいが、状況次第では足手纏いが突っ込んで来ただけともなりかねない。正直、悪い意味で不確定要素の塊だと言わざるを得ない。


 セラスに関しても、魔族そのものや彼女の現状について分からない事が多すぎる。故に信頼したい相手で実力が折り紙付きなのだとしても、安易に戦力に組み込むのは危険だろう。


 そうこうしている間にも、戦況は刻一刻と変化していく。


「押し潰れろッ!!」

小剣ダガーの錆にして上げる!」

「戦況は完全膠着。やっぱり、やるしかないのか……」


 俺はアドアとレーヴェの攻撃を躱しながら呟く。


「ブンブンブンって、適当に振り回すだけじゃ当たんないよ」

「ちょこまかと逃げやがって! 逃げんな、テメェッ!! 俺と正面から戦いやがれェェェ!!!!!!」


 別の場所では、嘲笑う様に逃げ惑う小柄魔族をボルカが追い回している。


「いい加減、お前の面も見飽きたぜ!」

「そりゃ、お互い様だろがよ! さっさとレーヴェちゃんの方に行きてぇんだがな!!」


 リゲラとニエンテは、相も変わらず拳の乱打戦を繰り広げていた。


「ほぉ、貴女とあっちのブロンドの女性は中々ですね。この私ともあろう者が、不覚にも人間相手に美しいと思ってしまいましたよ」

「何とあろう者かは存じ上げないけれど、それは女冥利に尽きるわね。でも、私もあっちの子も予約済みなの!」


 キュレネさんの前に立つのは、やたら前髪の長い長身の男。援軍として来たその魔族は、華美な服を着込んでおり、細剣レイピアを手にして、これまたやたらと気取ったポーズを取っている。


「他の者ではないが、確かに貴様らは人間にしておくには惜しい使い手であるようだ!」

「人間と魔族……この戦いにあるのは、本当にそれだけなのか!?」


 ジェノさんと援軍で現れた男性悪魔は、凄まじい剣戟の応酬を繰り広げていた。その魔族から発せられる威圧感は他の連中とは一線を画しており、明らかに強さのレベルが違う。


「いい加減、悲鳴を訊かせなさいな!! この小娘がァ!!!!」

「悲鳴、訊きたい。俺、殴る」

「少しは周りの被害も気にして戦って下さい!」


 ルインさんと相対しているのは、ダリアと援軍でやって来た大柄な魔族。大柄な方はニエンテ以上に巨大であり、スピードはそれほどでもないが、パワーに関しては異常の一言だった。


 ここに居る誰もがこの膠着状態を脱しようと武器を手に取り、刃を向け合っている。俺もまた、いよいよ暴走のリスクを背負ってでも賭けに出るしかないと思ったその時、この薄氷のような均衡が破壊される程の出来事が最悪の形で起こってしまう事となる。

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