第163話 雷光と激流と爆炎と

「何――ッ!?」

「この、武器は……!?」


 怪我の影響でどこか動きが散漫なセラスに向けて振り回された棘付き鞭が迫るが、彼方より飛来して地面に突き立てられた武器によって、女性魔族の侵攻は押し留められていた。弾ける様な雷光を纏うその武器は、俺にとっては見覚えのあり過ぎる――セラスにとっても記憶に新しく、女性魔族にとっては恐らく未知のモノ。

 青龍偃月刀――“逆巻ク終焉ノ大刀・改式”。あの人が駆る彼女だけの武器。直後、金色の閃光となった彼女自身も戦場に姿を現し、地面深々と突き刺さった得物を引き抜きながら、困惑の表情を浮かべて周囲を見回した。


「ルイン・アストリアス?」

「どうしてセラスが!? それに……!」


 怪我を負っているセラス、何故か彼女と戦っているボルカと二軍連中。

 壊滅した街、四人の魔族と大量の狂化モンスター、それらと相対する俺達――。


 二人の困惑――セラスがどこまで事情を把握しているのかは知らないが、特にルインさんの困惑は俺たち以上に凄まじいものがあるのだろう。


「二人とも無事か!?」

「アーク君!?」

「アーク・グラディウス?」


 新たな乱入者の存在を受け、戦況は膠着こうちゃく。その間に再加速し、二人の前に降り立った。因みに処刑鎌デスサイズの石突でボルカの狼牙棒を押しながら着地した為、下の方から“ぐえっ!?”という声が聞こえた気がするが、現状最も必要ない情報だと判断して思考の外に追いやった。


「その、姿は……?」

「もう、色々情報量が多すぎて頭がこんがらがってきちゃったよ……」


 二人は突如現れた俺の姿を凝視して固まってしまう。確かに今の俺は、以前の暴走状態に近い出で立ちをしている為、その驚愕は無理もない。ましてやこの二人は、幽鬼に成り果てた俺を止めるべく、傷付きながら戦ってくれた張本人たちなのだから尚更だろう。


「詳しい説明は後で。とりあえず前と違って暴走したりしないので安心してください。それに状況を訊きたいのはこっち同じです」


 俺はどうにか二人を安心させる為、極めて冷静に言葉を紡ぐ。


「私は演習をやってる最中にこの辺りで戦闘が起こってるって連絡を受けて……。それからアーク君たちも帝都を出たって訊いたから、本隊に先行してケフェイドに来たんだ」

「考える事は、皆同じですか……。それよりも……」


 俺とルインさんは視線を交錯、困惑混じりでセラスへと向き合う。遠巻きからでも怪我をしているのは分かっていたが、近くで見るとその度合いの酷さが際立っていた。


「はぁ、はぁ……ぐっ……」

「セラス……」


 槍斧ハルバードを支えにして立つセラスの包帯は、白よりも紅の面積の方が圧倒的であり、吸収量を超えた鮮血が地表へと滴り落ちている。一応、傷の箇所と具合からして命に別条があるようには見えないが、このまま血を失い続ければその限りではない。というか、どう見ても戦えるような状態ではなく、立っているのすらままならないはず――。可及的速やかに治療の必要があるだろう。


「ほぉ……やたらアタシらに文句を付けてきてたけど、人間にお友達がいたって事ねぇ。やっぱり裏切り者じゃないか!!」

「ダリア・フルーレティ……違う! 私は……!」

「何が違うってんだい!? アタシらの粛清しゅくせいに文句垂れて、綺麗事ばっかり言ってるセラスちゃんよォ!!」

「――綺麗事で片づけるつもりはない! 貴様たちは、面白半分で戦火を広げようとしているだけだろう!?」

「はっ! あのお方のお気に入りだからって、調子に乗りやがって! そういう所が気に食わないんだよ!!!!」


 だが、そんな俺たちの懸念とは裏腹に、セラスとダリアと呼ばれている女性魔族は、何やら押し問答を繰り広げ始めている。そのダリアは、自らの信念の下に行動しているであろうセラスとは対照的に感情をぶちまけるように声を上げていた。


「魔族同士の小競り合い……本当だったんだ。それに、やっぱりセラスが巻き込まれていた……」


 神妙な面持ちをしたルインさんが呟く。


「でも、このまま見過ごすわけにはいかないよね?」

「ええ、向こうはやる気満々ですし、受けた借りはちゃんと返さないと気が済みませんから」


 色々と予定外イレギュラーが増えたが、俺たちのやる事は変わらない。連中に殺された人間たち。アドアが面白半分で与えた狂化因子によって、偶発的とはいえ引き起こされたランサエーレ家の悲劇と俺自身の暴走。その時に命を賭けて俺を助けてくれたセラスを連中が傷付けたであろう事――。

 事態の全貌を把握しきれているというわけではないが、戦う理由としては余りにも十分過ぎる。


「ルインさん、ここを任せてもいいですか?」

「別に良いけど……アーク君が自分で戦わないなんて珍しいね」

「セラスの状態が分からない以上、一刻も早くエリルに診て貰うべきだと考えます。それなら今は俺の足が一番早い」

「――分かった。気を付けてね。でも……多分、エリルとは向こうに着く前に落ち合えると思うよ」

「え……?」


 ルインさんは、セラスの身の安全が最優先だという行動方針に賛成してくれたものの、何というかそれほど緊張感があるようには見えず、それを受けて思わず首を傾げてしまう。

 しかし、そんな俺を見て彼女は小さく笑った。


「だって――頼もしい味方も連れてきてるもん」


 その言葉の直後――アリシアたちと魔族が戦っている方向から、猛々しい火柱と荒れ狂う激流の波動が轟いた。

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