第162話 漆黒ノ流星

 前衛に俺とリゲラ、後衛にアリシアとエリル。

 相対するのは、アドアを含めた四人の魔族。幸いにも連中が従えている狂化モンスターは、二群連中が抑えてくれているようで、俺達の戦いに手を出して来る様子はない。


「“グランドインパクト”――ッ!!」

「“ダークバニッシュ”――ゥッ!!」


 リゲラとニエンテと呼ばれていた巨漢が再び拳をぶつけ合う。速度対火力――先ほどの焼き直しのような光景だ。尤もリゲラは属性魔法を発動、ニエンテも魔力出力を上げている為、その激しさは先ほどの比ではないが――。


「俺の前にその面を晒すなァ!! 消し飛べェ!!!!」

「アドア、邪魔……」

「そこのボウヤ、後ろがガラ空きよッ!!」


 そこから少しばかり離れた所、俺に対しては闇色の巨腕、爆弾の小剣、棘付き鞭が波のように押し寄せて来る。


「ちっ! 連携も何もあったもんじゃないな!?」


 協力する気が欠片も見られないとはいえ、魔族達の攻撃は殺傷力抜群。軽く毒づきながらも、死神双翅デスフェイザーから魔力を放出、緩急をつけた制動で攻撃を躱していく。


「私たち三人がかりを一人で相手取ろうなんて――」

「ホントに可愛げのないボウヤね!! セラスを思い出して腹が立つわ!」

「そっちの私怨をぶつけられても困るんだがな!」


 棘付きの鞭は急上昇で、飛来する小剣は空中で錐揉みしながら回避し、迫る闇腕の側面を処刑鎌デスサイズで斬り裂く。そのまま宙返りの要領で高度を上げながら距離を取った瞬間、密集している三人目掛けて水流の矢が降り注ぐ。

 同時にリゲラが戦っている地点でも、ニエンテ目掛けて火球と土塊のコンビネーションが襲い掛かる。


「もう! さっきから鬱陶うっとうしいわねぇ!?」

「あちっ! 中々、ウゼェじゃねぇか!!」


 連中の射程外から迫る遠距離攻撃を受け、魔族達の表情が苦悶に歪む。互いに数的有利はなし。前衛の数では向こうに分がある。だが、俺とリゲラが奴らの行く手を潰すように動いている事もあって、射手シューターを自由に動かせてしまっている厄介さが如実に表れていた。

 結果、互いに決定打こそ入らないものの、戦場の均衡は着実にこちらに傾きつつある。


 次の瞬間――そんな均衡は打ち破られる事となった。


「――爆発?」


 明後日の方向――街外れで起こった家屋の倒壊と立ち昇る爆炎を受け、小剣を打ち出しているレーヴェが呟く。その表情は驚きに変わっており、それは俺達も同様だ。

 しかし、驚きの原因は建物の倒壊自体ではない。その原因――家屋の根元で瞬いた紫の光にあった。


「この……魔力は!?」


 垣間見えた瞬きが、魔力光である事は間違いない。今も二群と狂化モンスターが戦闘を行っている以上、それほど不思議な事じゃないだろう。

 だが、その発生源となった魔力からは狂化モンスターのようなよどみを感じ取れず、どちらかと言えば目の前の魔族達に近い性質。いや、それ以上に純度が高く、俺の記憶にも刻み込まれているのと同様の澄んだ闇色にも感じられた。


 更にそんな俺達の視線の先では何度か魔力光が瞬き、倒壊した建物の根元から二つの影が飛び出す。一つは棘付き棒を構えたボルカ・モナータ。

 もう一つは――。


「やっぱりあの魔力――セラス!?」


 女性ながら凛々しい顔つきに紫の長髪ポニーテール、見覚えのある槍斧ハルバート。その姿は正しく、戦友ともいえる女性魔族――セラス・ウァレフォルだった。だが、彼女の体には包帯が巻かれており、その各所には鮮血がにじんでいた。


(何故、セラスがここに? どうしてあの二人が戦ってるんだ!?)


 そんな俺達の前で狼牙棒と槍斧ハルバードが交錯した。その光景の衝撃は、頭に疑問符が浮かぶ――なんて次元を飛び越えたものであり、俺の身体は一瞬硬直。


「はぁぁぁ、っん! セラスちゃん、見ぃつけたぁぁ!!!!」


 その間、さっきまで戦っていた女性魔族が口元を裂けた三日月のように歪めたかと思えば、突然二人が戦っている方向へと突っ込んで行った。


「くそっ――!?」


 俺もまた、舌打ちと共に即座に反転。凄まじい速度で移動する女性魔族を追う様に、セラスたちの下へ駆けようとしたが――。


「この俺を前に背中を向けるなんて、舐めているのかァ!?!?」

「いい加減……しつこいッ!!」


 “真・黒天新月斬”――双翅の機動力を活かし、身体全体を一回転させながら迫り来るアドアの闇腕を斬り飛ばした。


「どうして、貴方があの女の名前を知っているの?」

「――ッ!」


 そのまま空をこうとしていた俺だったが、巨大な闇腕に隠れるように迫っていた小剣の嵐によって強襲を受けた。意図しない形での連携攻撃ではあったが、咄嗟とっさの判断で身体の前方を覆う様に双翅を閉じる。結果、外套を思わせる漆黒の翅盾によって事なきを得た。

 その上で小剣の爆散から成る衝撃を利用して背後に飛び、弾かれる様に戦域離脱に成功。そのまま双翅から放出した魔力を推進力に空を駆け、先程の女性魔族を猛追する。


「この!? 逃がすもの……ぐっ! 人間風情が、さっきからチョロチョロしやがって!!!!」


 いち早く復帰したアドアも、そんな俺を逃がすものかと言わんばかりの勢いでこちらに追いすがろうとしてきたが、アリシアの矢が奴の足を止めてくれたようだった。

 内心で彼女への礼を述べながらも、俺の心はざわついている。


「頼む……間に合ってくれッ!!」


 口から漏れるのは、願望にも等しい言葉。


 何故なら、このまま最高速度で向かったとしても、女性魔族に追いつく事が出来ないと悟ってしまっていたから。最短で振り切ったとはいえ、先ほどのアドア達の妨害は致命的だったという事だ。


「お前は……!?」

「テメェ! さっきの!?」

「ふふっ……さあ、遊びましょう? セラスちゃんもそこのトゲトゲボウヤもねぇ!!!!」


 その予想通り、女性魔族は漆黒の流星となって空を駆ける俺を嘲笑うかのように、先に到達してしまった。そして、長物同士で鍔是り合う二人――セラスへ向けて棘付き鞭を叩きつけた。

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