第161話 死神双翅《デスフェイザー》

「アーク……?」

「人間、貴様……その姿はどういう事だ!?」

相克魔族私達よりも、よっぽど禍々しいわね」


 味方も敵も動きを止め、戦場が硬直する。


「お前達が与えてくれた闇の中から見出した新たな力……かな」

「俺達が……だとぉ!?」

「こっちだって大変だったんだ。懇切丁寧に全部説明してやる義理はない」

「貴様……減らず口も大概に……」


 とりあえず形にはしたが、完成には程遠い――という心の声を周囲に伝えることなく、魔族達に向かって空中をく。


「はっ! 面白れぇ!」

「なっ!? 貴様、そいつは俺の――!!」

「かかって来いやぁ! この羽虫野郎!」


 アドアを押し退けるように巨漢の魔族が前に出て、手甲から魔力の塊を撃ち放って来た。通常では跳躍した空中で相手の飛び道具に対して出来るアクションは二つ。迎撃か防御か――。

 しかし、そんな逃げ場滞空中の攻撃に対して、闇の翼――“死神双翅デスフェイザー”は第三の手段を講じる事が出来る。


「そんな直線攻撃――当たるか!」

「な――ッ!?」


 身体を傾けながら双翅の各所から魔力を放出し、空中での姿勢変更――迎撃で撃ち放たれた魔力を駆け抜けるように回避しながら更に加速、巨漢の眼前へと一気に躍り出た。動から静へ、静から動へ――竜種の雄大な飛行とも違う、激しい制動を付けた挙動に呆気に取られたのか、巨漢は目を見開いたまま硬直状態。

 俺はそんな巨漢の魔族目掛けて処刑鎌デスサイズを振りかざした。


「ニエンテ! ボサッとしない!」


 レーヴェが小剣を投擲して来る。しかし、回避はしない。双翅を自分の側に閉じて小剣を弾く。


「な――ッ! 私の小剣ダガーを翼で……!?」


 双翅と接触した瞬間、小剣が弾け飛んで爆炎を上げるが俺自身は無傷のまま。


「ぐおっ!? レーヴェちゃん、目の前で爆発させるなんて酷いぜ――って、ぬおおっ!?!?」

「初見殺しで悪いが、これで終わらせる!!」


 更に双翅から放出した魔力を推進力に変え、爆炎を突破しながら巨漢に向けて突貫。漆黒を刀身に纏わせる。


「ち、っ、……おっ!?!?」

「可愛い顔に似合わず、やり過ぎなのよ!!」


 それと同時に棘付き鞭が飛んでくるが、瞬間の判断で巨漢に対して俺自身を回り込ませる様に角度を変えて双翅で弾くと、ワンテンポ遅れて処刑鎌デスサイズを振り回す。女性魔族の妨害によって斬撃を放つのが僅かに遅れた所為で巨漢に対応され、闇を纏う剣戟と拳撃が激突。


「はあああぁぁ――ッ!!!!」


 しかし、刀身の逆と共に双翅からも魔力を放出し、そのまま押し切るように処刑鎌デスサイズを振り抜いた。


「意外とパワーあんじゃねぇかっ!?!?」

「――ッ! 私のお人形にしてあげたいところだけれど、ホントに可愛くないわ!!」


 目尻を吊り上げた女性魔族は、巨漢が吹き飛んで行くのを見ると引き戻した棘付き鞭を再び打ち飛ばして来る。


「生意気――!!」

「ちっ!?」


 同時にレーヴェが投擲した小剣も飛来――俺は弾かれるようにその場から急上昇し、次々迫り来る攻撃を錐揉みする様に回避して地面に着地した。

 そんな俺の隣に、入れ替わりでアドアを抑えてくれていたであろうリゲラが戻って来る。


「――ったく! 一対三で勝手に盛り上がってるんじゃねぇよ! まあ、体調不良とやらで休んだ分、ちゃんと強くなってて安心したけどな!」

「悪かったな。何度か死にかけたけど、とりあえず戦線復帰って感じだ」


 異様であろう今の俺の姿を一瞥しながらも、笑みを浮かべながら放たれたリゲラの軽口に対し、肩を竦めて答えた。


「それにしても、随分と仰々しい姿だな」

「ほっとけ。前に似たような事があったから、この形状が一番イメージしやすいみたいだ」


 今の俺の姿は、ラセット・ランサエーレとの戦いの後、闇の波動で暴走した姿に酷似している。違いと言えば、全体的に刺々しかった様相がよりシャープになった事と、以前のような暴走ではなく、意図してこの形態になっているという事だ。


(まあ、魔力光と相まって、とても騎士団所属の人間に見えないってのは分からんでもないが……)


 例の事件以降、俺は自らに負荷をかけるような形で、半ば暴発状態となってしまった魔力の制御に勤しんでいた。原因となっていたのは、俺自身の魔力の変質。そうなってしまった闇の魔力に対して理解を深める上で、気づいたことが幾つかあった。


 分かりやすかったのは、属性自体が変質して攻撃能力が大幅に上昇したのと制御に難があるという事。

 分かりにくかったのは、俺自身の魔力総量が上がった事。


 暴発気味である以上、使い慣れた魔力の変質は俺にとってデメリットばかりではあったが、使いこなせさえすれば大きな武器になる。言うなれば、諸刃の剣だった。


 そんな新たな力を御しきるにはどうするか。より強力に昇華させるにはどうすればいいのか。

 俺が再び戦場に戻る為に突き付けられたのは、そういう問題だった。


(俺自身の魔法と剣戟。原初の誓い覚悟。そして、これまで戦ってきた者達――。自分すらも押し潰しかねない闇嵐の中で、俺の脳裏を過ったのはそんな記憶――)


 そして、闇の狂気を乗り越えるきっかけを見出す事となった要因は、俺自身が歩んできたこれまでの軌跡。


 属性魔法で作り出した武器を換装しながら戦った事。アドア、ラセットが闇の魔力を全身から放出して戦っていた事に着想を得て、複合武装――“死神双翅デスフェイザー”に辿り着いた。

 その結果、非手持ち武装である堅牢な盾・更なる高速機動・三次元的な挙動を可能とする推進・姿勢制御翼を同時に手に入れられ、大幅に戦闘能力が向上した。


 “死神双翅デスフェイザー”の性質である高速機動・空中制動ホバリングを可能にしているのは、双翅部各所から放出した魔力を推進力に変えているからだ。これは今までも斬撃の破壊力を高めたり、限定的ではあるが空中での制動に利用していた処刑鎌デスサイズの基部からの魔力放出に着想を得て、それをより発展させたもの。


 本来、魔力とは魔法を発動させるだけのモノであり、それを具現化させて纏いながら要所で推進力に変えて戦う――なんて無茶な戦闘をしようものなら速攻で魔力切れ一直線だし、身体への負荷も跳ね上がる。それもあって、今までは処刑鎌デスサイズ基部からの魔力放出による無理な機動は最低限に留めていた。

 しかし、例の暴走を経て増加した魔力総量とこれまでの戦いで磨き上げた魔力制御技術が、死神双翅デスフェイザー・闇の魔力の実戦投入を可能としている。


(――ひとまず、闇の向こう側に辿り着く光明は見えた……かな)


 魔力を必要最低限度の容積まで超高密度で圧縮し、術者が身に纏う鎧とする事で運用効率を極限まで向上させる。その堅牢さと魔力出力は驚異的なものがあり、未完成の現状でもこれまでとは別次元の力をもたらしていた。

 故にこの形態は俺にとっての集大成であり、魔法戦闘に対する一つの回答でもあった。



「――ふん、多少マシになったようだが、この俺に勝てるとは思わんことだ!」

(……完全に総力戦かよ。それにしても、めちゃくそ睨まれてるなぁ)


 アドアと険しい表情の魔族達は、そんな死神とも称せるであろう俺を睨みつけている。


(しかし、この連中は一体何のために……)


 新たな力が魔族相手でも互角以上に通用すると判ったのは大きな収穫だが、奇襲は失敗。戦況的にはまだこちらが優勢ではあるが、実質的な本番はここからだろう。

 連中の目的は定かではないが、現状分かっている事はただ一つ。意図しない形で勃発したこの魔族達との戦闘が、更に激しさを増していく事だけだ。

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