第159話 フォーマンセル

 立ち昇る噴煙と焼け焦げた死臭。

 そんな街に怒号が響き渡り、魔力光が瞬いている。


「くそっ! 押し負けるなァ!!!!」

「■■■――!!」


 咆哮する狂化モンスターに対し、全身に傷を作りながらも必死に抵抗する十名超の二群分隊。


「テメェら! どうしてこんな事をしやがるんだ!?」

「別に騒ぎ立てるつもりはなかったのだけれど、君達が襲い掛かってきたから仕方なく相手して上げてるのよォ?」


 狼牙棒を構えた少年と相対するのは、闇の魔力を纏わせた鞭のような武器を携える女性魔族。


「おーおー! 随分と必死に頑張っているなァ」

「貴方、趣味が悪いわよ。それより、私達にはやる事があるでしょう?」

「はいはい」

「さっすが、レーヴェちゃん。」

「筋肉ダルマはこっちに寄らないで」


 高みの見物を決め込んでいるアドアと魔族の少女。そして、スキンヘッドが特徴的な大柄の男性魔族。超常的なマルコシアスを除けば、これまでの魔族の中で最も年配にも見える。


「おいおい、これぞ全面対決じゃねぇか!」

「魔族が四人に狂化モンスター多数――状況最悪……どうしますか?」


 考え得る限り最悪の状況を目の当たりにし、竜の牙ドラゴ・ファングの年少組が険しい表情で問いかけて来た。


「この様子じゃ生存者は……」


 アリシアもまた、苦虫を噛み潰したような表情で眼下の光景を見ている。恐らく、以前立ち寄り、マルコシアスと刃を交えたポラリスの惨状を様子を思い出しているのだろう。


「――この状況だ。もう闘うしかない」


 崩れ落ちた家屋。

 誰のものかも分からない腕。

 重なるように血の海に沈む親子。


 目の前のケフェイドの街はポラリスよりも幾分かマシな損壊具合だが、半端に抵抗した分、戦場の生々しさだけならばより色濃いものがある。


「どの道、向こうもこっちに気付いているようだしな」

「――ええ、そうね」


 そして、俺の答えはこの戦闘に参戦する事。それはボルカ達を守るだとか、街を破壊された仇討ちからではない。気配を消して物陰に隠れている俺達に対し、魔族達からの視線が降り注いでいるのを感じ取ったからだ。


飛竜ワイバーン辺りに監視させていたのかは知らないが、戦域テリトリーに迎え入れられた感じだな。この分じゃ、向こうも逃がしてくれる気もなさそうだ」

「ちっ、しゃーなしだな」

「一応、三対四ですが、向こうのもう一人や狂化モンスターが居ますし、状況は良くありませんね。数で取り囲まれながら、魔族相手には一人一殺の覚悟で戦うだなんて……」


 今まで出会った魔族は三人。一人は例外にしたとしても、セラスとアドアはSランク級の実力者だった。

 現状の相手戦力は、そのアドアと肩を並べている魔族が四人と狂化モンスターが十体ほど――。ケフェイド程度の小街を落とすには過剰戦力であるが、いきなり帝都付近に攻めやって来るにしては数が少ないように思える。魔族連中の言い様からしても別に目的があるようであり、やはりこの戦闘は偶発的な物である可能性が固い。


 奴らの目的は理解出来ないが、迎え撃つとなればこちらの戦力は、主戦力となる前衛・後衛が各二人ずつに、その他が十数人。数的にはそれほど差がないとはいえ、質は如何なものか――。

 エリルの言う通り、Sランク級を相手に一人一殺以上の覚悟で相対するとなれば、かなり厳しい戦いとなる事は確実。出来る事なら避けたかった戦闘だが、これでは致し方ない。


「あら? アナタ、あの少年にすっごい睨まれてるわよ。知り合い?」

「まあ……一応?」


 特にアドアからの鋭い視線が、戦闘回避は不可能である事を意味していた――というか、このまま魔族達をフリーにさせれば、下のボルカ達は全員惨殺に追い込まれるであろうから、どの道退避という選択肢は残されていない。それなら、雑兵は有効に活用させてもらう。


「戦闘回避は不可能。ならボルカ・モナータが一人を抑えている間に、あの三人をどうにかする以外に突破口はない。とにかく、各個撃破は避けるべきだ」


 俺は処刑鎌デスサイズを展開しながら三人を一瞥し、作戦を提案した。


後衛バックが二人じゃ、俺達が一対一タイマンするわけにはいかねぇって事か。囲まれちゃ終わりだし、ちょっと不満だが……しゃーなしだなぁ……」

「この期に及んで正々堂々なんて何の役にも立たないわ。相手が本気を出す前に主力を潰しておきたいところだけれどね」

「勝負を決めるのはスピードですか……」


 手甲、大弓、長杖――アリシアたちも武器を手に取り、緊張した面持ちで賛同を返してくれた。こちらの作戦は主戦力の数的有利が俺達にある今の内に、電撃強襲によって相手を一気に殲滅するというもの。

 正々堂々と真正面から戦うだとか、一対一で雌雄を決する――なんて高潔さの欠片も無ければ、凝った戦略も何もない。より確率が高い方法で、倒せるうちに相手を倒してしまうのが最適解を突き進むだけだ。


「皆、魔族を侮るなよ。ジェノさんやルインさんと戦う位の気持ちで行かないと……本当に瞬殺されるぞ」

「へぇ……強い強いとは訊いてたが、そいつは愉しみだ」

「リゲラ君、前に出るのは役割上からして仕方ありませんが、必要以上に突出し過ぎないようにしてくださいね。孤立したら撃墜おとされますから」

「へーい」

「全く、どこまで分かっているのかしら。でも、援護には限界があるのは事実だから、出来るだけ早く数を減らす事を心掛けるようにしなさいね。あっちのもう一人が戻って来て本格的に乱戦になったら、不利なのはこっちなのだから……」

「流石の俺だって、それくらいは自重するっての」


 あまり良くない状況の中で一騎当千を想定できる相手を前にしても、こちらの三人には悪い緊張感は漂っていない。その事にどこか安心感を覚えている自分がいた。


「今更だけれど、アーク……貴方、身体は?」

「大丈夫、足手纏いにはならないつもりだ」


 それは戦う為の準備が完了しているという事であり、俺自身も同様だった。


「――それじゃあ、日々訓練の中で身に付けた連携行動の本領を発揮する時が来たって事で……」


 周囲の三人と視線を交錯させ、決意を秘めた表情で頷き合う。


「もうひと踏ん張り……頑張ってみるしかないな!!」


 そして、俺たち四人は魔力を爆発させ、地獄と化した戦場へと躍り出た。

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