第158話 戦場の街へ

「それで、何がどうなって拙い事になるってんだ!?」


 帝都より少しばかり離れた街――ケフェイド。そこの場所こそ、俺達が向かう先。

 隣を足早に駆けているリゲラは漸く正気を取り戻したのか、不思議そうに問いかけて来る。


「アリシアに訊き出してもらった情報が事実だと仮定すれば……。今から――いや、勝手に出撃した連中が向かっても間に合わんはずだ」

「全滅……という事ですか?」

「状況次第だけど、魔族連中のこちらに対する憎しみは本物だ。普通に戦えば、そうなるだろうな」

「でも、撤収中の斥候と行き会ったらしい逃げてきた原住民の話からすれば、そこまで大部隊じゃないはずです。例のスーパーエース君なら、何とかなるのでは?」

「奴の全力を見たわけじゃないからそっちは何とも言えないが、共同戦線俺達が魔族の部隊に攻撃を仕掛けてしまうって事自体が拙い。もう勝ち負けの問題じゃないんだよ」

「だから、なんで拙いってんだよ!? あんな連中でも人助けの為に出って行ったんだから……」

「あの連中だから拙いんだ!」


 凄まじい健脚――身体強化魔法を発動させ、獅子や狼を超える快速で荒野を駆ける俺達ではあったが、浮かべている表情は硬い。


「――小競り合いが起こった時、あの連中と魔族側の正面対決になると困る……という事ね」

「ああ、帝都騎士団は魔族側に対して反意全開で、こんな偶発的な戦闘にまで手を出せるほど戦力が充実した状態である――なんて思われたら、向こう側が予定を繰り上げて攻め上がってくるかもしれない」

「ただでさえ、いつ破裂してもおかしくない緊張状態、危ういバランスで成り立っている二つの勢力を均衡が崩れる……確かにあり得ない話じゃないわね。しかも、個々の能力アップと集団結束こそ高まりつつあるものの、未だ内情はグズグズ状態――」

「魔族のトップが出張って来て全面戦闘にでもなれば、人類滅亡確定だろうな。だからこそ、手遅れになる前に……!」


 戦争には明確なルールも終わりの境界もない。ましてや、こちらから引き金を引くような事をすれば不必要に魔族の反感情を煽ってしまい、戦いはより熾烈を極めるだろう。そうして、やってやり返されての憎しみの連鎖が巻き起こってしまってからでは、全てが遅い。


「でも、街の連中を助けるなっていうつもりか?」

「間に合って助けられるような状況ならそれに越したことはないが、そもそも見捨てるという選択肢も必要だったはずだ。護るべき命と見捨てなければならない命――一つ一つの命の価値を判断しなければならない。俺達は戦争・・をしようとしているんだからな」


 個人の想いが一番大切な事は当然だが、今の俺達はそれだけで行動してはいけない立場にある。何故なら、今の俺達は冒険者ギルド総本部と帝都騎士団の名を冠する者となっているからだ。

 自らの想い自体は失う事なく胸に秘めた上で、周囲の重圧と大義を背負って行動する。もう俺達は、夢見る冒険者ではいられない。


 どんな困難をも脱し、全ての人々を守る事など出来るはずがないのだから――。


「――正義感に駆られて突っ込んで行くとヤバそうってのは分かったが、あの連中だから拙いってのはどういう事だ?」

「さっきまでの事を考えた上で、二群が単独出撃をしたってのを加味して見れば、とっても単純な事だよ」

「あの個性のなさそうだった二群が命令を待たずに単独で突っ込んでった事は、先導してるのはきっとアイツか?」

「きっと凄く勇み足なんでしょうけど……」


 荒野を駆ける俺達を一瞬の沈黙が包み込む。


「この戦闘における最適解は、街の人々を見捨てて魔族の動向を探る事。それでも介入するのなら、自分達が騎士団と関係ない存在であると相手に植え付けた上での人命救助か、相手に悟らせないように即時殲滅……。確かに、彼らじゃ厳しいかもね。実力的にも、性格的にも」


 アリシアの言葉が静寂を破る。


「厳しいっつーか、絶対無理だろ!」

「あわわわわ……!」


 会話の意図を理解したのか、リゲラは頭を抱え、エリルは思い切り頬を引きつらせた。


「二群に関しては、正規装備を持ち出していたら一目で騎士団関係者だと丸分かりだ。それにボルカ・モナータの性格を考えれば、堂々と名乗って真正面から突っ込む可能性が高いだろう」

「なるほど……つまり最悪の状況一歩手前って事かよ!!」

「ああ、だからこうして走ってるんだ!」


 俺達の脳裏に浮かぶのは、勇み足で先行した連中が“やあやあ、我こそは帝都騎士団の――”などと言って正面から突っ込んで行ったり、既に起こっている戦闘に強引に介入してしまうであろう光景。

 それは正しく、さっきまで皆で話していた阻止しなければならない事が、現実に起こりえるかもしれないという実例。


「そもそも、連中が全滅する可能性だってある。まあ、まだ街から煙が上がってる以上、戦いは続いているようだけど……」


 全速で突っ走ること数刻――俺達の視界に損壊した小さな街が見えて来る。戦闘の残滓である闇色の光が弾けているのが見え、獣の咆哮が聞こえて来る事からも戦闘は続いている様だ。しかし、逆を考えればボルカ達と魔族勢力の戦闘が始まってしまっているとも取れる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「怒ったルインさんかもね?」

「お前、それ本人の前で絶対言うなよ。プンスコ状態ならともかく、ガチギレ状態には対処出来ないし、標的ターゲットが俺になるんだから」


 目的地を目前にした俺達は、緊張を覆い隠す様に冗談交じりで言葉を飛ばす。

 魔族との意図せぬ遭遇。それによって要らぬ犠牲が出ないようにと願いながら――。

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