第156話 打ち砕かれた希望

 ――帝都騎士団・一群専用訓練場。


 帝都騎士団の団員達は、今日も今日とて激しい訓練に勤しんでいた。尤も、俺に関しては処刑鎌デスサイズを振り回したり、最低限の魔法訓練は解禁されて一週間前よりもマシにはなったものの、未だ皆の前では半分怪我人という微妙な扱いのままだ。

 まあ、俺自身まだまだ納得がいくような完成度ではない為、なんだかんだで好都合であるわけだが――。


 そんな事を考えながら昼休憩の指示に従って武器を消した瞬間、リゲラが嘆息交じりに近づいて来る。


「しっかしまあ、過ごしにくくなったもんだよなぁ……」

「ああ、何となく肩身は狭くなってきた気がする」

「何となくつーか、ありゃモロだろ。宿屋に戻っても気が休まりゃしねぇ」


 俺は呆れ顔で昼食を食らっているリゲラに対し、苦笑で返した。


「――只今ただいま、街を賑わしている銀撃の麒麟児こと、例の革命家君のおかげよね?」

「確かに訓練場ここから出た後は、周りに凝視されてるというか睨まれているというか……中々しんどいです」


 そんな時、鈴の音のような声と共にアリシアとエリルが姿を見せる。片や皮肉気、片や苦笑を顔に張り付けており、俺達の言わんとしている事を既に理解している様子だった。

 因みに、今居ない三人と遠征組を含めた一部の連中は実践形式の訓練を行っている為、帝都の外だ。リゲラによれば、ルインさん達は神殿やら立ち入り禁止区域やらで秘密特訓を行う事が多々あるようで一群の中でも別格扱いなのだそうだ。


「城壁の外で狂化モンスター達に遭遇。あのやかましいのが先導して皆で倒したんだったか?」

「ええ、そんな事もあったようね。帝都に刃を向けて来る存在を正面から倒せた事で、外はお祭り騒ぎ。ボルカ・モナータは、長く凝り固まった帝都の歴史に楔を打ち込む救世主……らしいわね」

「そいつが最後の一押しってわけか? お気楽なもんだぜ」

「……そうですね。逆に私達は、そんなモナータさんの才能に嫉妬して自分達の立場可愛さに追い出した過去の産物……だそうです」


 俺達の話題は、元々は“可もなく不可もなく”と“ギリギリ騎士”にしがみ付いている連中の詰め合わせだった二・三群が何やら結束して力を増しており、現状の帝都の世論は大きくそちらに傾いているという事に端を発するものだ。

 ただ、世論とはいっても議会や騎士団上層部を含めた全体というよりは、下層部の団員・教官と市民の集まりではあるが――。


「何ともまぁ……」


 市民からすれば歴史と格式溢れるお高く留まったエリートよりも、それらを見返す為に頑張る落ちこぼれを応援したいというのは、分からなくもない。何より今この状況は、普段別方向を向いている人間達が協力する為の条件が整っていた。


「すっかり悪役ねって、この前ルインさん達とも話したばかりだわ」


 そう、人間が結束する為の条件――それは共通の敵がいるという事だ。

 実際問題、“平和と市民を守りましょう”、“みんなで力を合わせて頑張りましょう”などと綺麗事を言っても、本心から協力する者などいないだろう。何故かといえば、自分にメリットがないからだ。


 そうならない為に平和なり給与なりの報酬を与えて人間社会は何とか回っているが、やはり本心からの行動ではなく、個々が必死になっているとは言い難い。確かに最低限それっぽく従うのだろうが、決して本心からの行動ではなかったからこそ、レオン・レグザー時代の帝都騎士団はあれほど腐敗して腑抜ふぬけきっていた。


「上層部の連中からすりゃ、下が纏まって力を付け始めてる上に俺達がそれに負けないと努力する――なんて展開は待ってました! なのかもしれねぇが、こっちからすればたまったもんじゃねぇな。そんなもん無くても、勝手に強くなれよって感じだぜ」

「あはは、確かに良い事ではあるのですが、こうも敵意を向けられると確かにそうですね」


 リゲラはそう吐き捨て、エリルですら肩を竦めている。


「まあ、団員の大多数からは睨み付けられ、市民からは“何だコイツら”扱いだからな」


 それに関しては俺も同様の思いだった。


「いくら、一群が市民の前に顔を出す機会が少ないとはいえ……」

「下剋上を支持する若者からは、“過去の産物”、おじさん、おばさん達からは“あんな良い子を追い出しやがって!”、子供達からは“ボルカ兄ちゃんをいじめるお前らなんか、ぶっ飛ばされちまえ!”――だものねぇ」


 アリシア達の言葉に同意するように、皆揃って嘆息を漏らす。


 別に誰かに感謝されたくて戦っているわけでもない為、市民からの好感度なんて知ったことじゃない。市民の中には騎士になりたくてなれなかった者も多く居るだろうし、最高峰である一群を煙たがるのも、自分達と距離の近いボルカ達を応援したいと思うのも、ごく自然な反応だ。

 分かりやすい例を挙げるとすれば、自分達がなりたかった職業のトップで働いている者を蹴落とす為に頑張る友達をせめて応援したいといった所だろう。その二つの立場の内、どちらに親近感を覚えて力になりたかいか、など言うまでもない。


 実際、俺達としても直接危害を加えられた事もなければ、それを悪い事だとも思っていない。故に断じる気もなければ。どうこうする気も無い。ただ、戦闘や訓練で疲れて戻って来た時に、必要以上にピリピリし過ぎていてしんどいね――と、ただそれだけだ。


「あん? なんだか騒がしいな?」

「ん……ああ、そうだな」


 そんな話をしながら年少組で昼食を取っていると、何やら慌てた様子で訓練場に入って来た伝達員に気が付いたリゲラが首を傾げる。因みに本来の年功序列であれば、エリルとルインさんが入れ替わる所だが、性格と身体つきの関係で周囲から逆扱いなのはここだけの話だ。


「今までこんな事なかったと思うのだけれど……」

「一体どうしたんでしょうね?」


 上官連中は伝達員を中心に何やら焦った様子であり、女性陣も不思議そうにそちらを見ている。嫌な予感がしつつも、休憩時間の話の種くらいで収まってくれと敢えて軽口を叩き合っていた俺達だったが――。


「何ィ!? 帝都近郊の街が魔族に襲われ、その迎撃の為に二群の一部が勝手に出撃したァ!?!?」


 次の瞬間、響き渡って来た指揮官の叫びによってそんな淡い期待は打ち砕かれ、俺達は日常から非日常へと誘われた。

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