第155話 幕間:少女達の哀愁歌Ⅲ

「確かに皆紳士っていうか、他の男の人と比べるとがっついて来ないですね。それにこんな風に雑談した事も、確かになかったかもしれません」

「あっちの三人も魔法の才能に色々と全振りで、基本的に他に興味がない――というか、今はそれしか考えられないのかも。ましてや恋愛がどうのなんて、目指す先に対して全然関係ないだろうし」


 キュレネの言葉に対し、エリルとアリシアが反応する。


「そうね。リゲラはあれでちゃんとしてるし、いつも一生懸命だもの。ジェノに関しては鈍感極まれりって感じだけれど、恋愛そういうのには色々と思う所があるみたい。まあ、二人共戦闘狂バトルジャンキー気味だしね」


 これまで目を向ける事すらしてこなかった自分達の関係に対し、キュレネは苦笑した。


 彼女達七人は、凡そ普通の少年少女とは一線を画す幼少時代を過ごして来ており、その影響はそれぞれの人格形成に大きく影響を残している。

 七人七色の過去ではあるが、皆に共通するのは、“冒険者になってこうなりたい!”と夢を語るのなく、“目的を達成する為の手段として冒険者にならざるを得なかった”という事だ。


 その結果、若くして自覚と責任、他者からの期待を大きく背負う立場になりながらも、その目的を追いかけている彼らには寄り道する余裕などなかった。

 結果、恋愛や流行、友人関係など、普通の少年少女が多感な時期に追い求めるモノに興味を持つ事なく大人にならざるを得なかったのだろう。


「でも、確かに何にも捉われずに“俺はこう思ってるんだ!”って臆面もなく言えるのは羨ましいって思うし、思ってる事をぶつけてくれる存在の方が一緒に居て嬉しいっていうのは……少しだけ分かる、かな」

「そうね。私達も人の事は言えなそうだし、ジェノやリゲラも大概だけれど……もう一人はそれ以上だものね」


 全員の脳裏に一人の少年の姿が過った。


「うん。アーク君、どんな状況になっても“辛い”とか、“助けて”とか、絶対に言わないから……」


 アーク・グラディウス――先ほどから話題に出ていたボルカ・モナータとは正反対とも言える、黒銀の少年の事を――。


「そうですね。人に頼られるのは苦手なりに完璧にこなしてますけど、誰かに頼るなら死んだ方がいいって思ってる……って言われても不思議じゃないわ」

「口に出すよりも行動で示す……あの人はそういう人かと……」


 アリシアとエリルも苦々しさを含んだ笑みを浮かべながらで同意した。


「折れそうなまでに研ぎ澄まされた抜身の刃……それとも、手負いの獣と称するのがいいのかしらね?」


 それに関してはキュレネも――恐らくここに居ない二人も否定する事はないだろう。


 少なくともアークは、“こうしたい、ああしたい”と生の感情を撒き散らす事をしない。

 敵を作る事やルールを破る事自体は多々あるが、極力相手に悟らせないように行動した上で、露呈した場合には叱責を受け止める覚悟を以て行動する。何より、それらの事で他人が迷惑を被る事を許せないと感じ、自分が傷付く事はいとわない。

 それが彼女達の知るアーク・グラディウスという少年だった。


 懺悔と戒めの為に自らに刃を突き立て、まるで自身を断罪するかのように生きる少年――。


 そんな痛ましい姿を思い浮かべてしまい、重苦しい雰囲気が彼女達を包む。


「――アークとずっと一緒に旅をして来て、ボルカ・モナータを視線で落としたルインちゃん的には、どっちが好みとかあるのかしら?」


 キュレネはそんな雰囲気を吹き飛ばす様に、冗談半分で明るい声を上げた。


「べ、別にアーク君とはそんな関係じゃ……」

「あらぁ? まあ、訊くまでもないだろうと思っていたけれど、まさか即答とはねぇ」

「しかも、もう一人は視界にすら入っていないとは……」

「無常です」

「――っっぅ!!!!」


 ルインの頬が桜色に染まり、他の三人はニタニタと口角を吊り上げる。それを受け、声にならない悲鳴と共にルインの顔の赤みが更に増していく。


「そんな事言うんなら、そっちだってどうなの!?」

「へ?」

「キュレネさんは最近やたらと距離が近いし、アリシアはこの前デートしたらしいし、エリルは訓練中にベタベタ引っ付いてるんだよね!?」


 だが、ルインもまた、やられっぱなしで黙っているか弱い女ではない。真っ赤な顔のまま目尻を吊り上げて一同を睨み付ける。いつもと違って殺気が宿っていない可愛らしい凄み方だろう。


「あらぁ……」

「あれはそういうんじゃ……」

「べ、別にそんなつもりはない……んですが……」


 しかし、キュレネたちにとっては色々とクリティカルヒットだったようで、ルイン程ではないにしろその頬に朱が差す。

 程度の差はあれど、男子の話で照れながらモジモジしている様子は正しく年頃の乙女。これこそ女子会に相応しい光景だった。


「……彼、大分雰囲気が変わりましたよね?」

「言われてみればそうね。何というか、強くなった……みたいな」


 そんな時、エリルとアリシアは思い出した風に声を上げた。現場に立ち会っていたキュレネも思い当たる節があるようで、何やら神妙な表情を浮かべている。


「そう……なんだよねぇ……」


 寝台の上に座るルインも白い膝を腕で抱え込み、顔を埋めながらボソボソと呟く。


「でも、それ自体は良い事なのでは? 騎士団で生活している事もあって無茶のしようもないですし」

「そんなわけないんじゃないかな? どうせ色々無茶やってるに決まってるよ」

「あら、そっち方面の信頼は皆無なのね」


 狂気の中で答えを見出したアークの雰囲気が変わった事は、彼の身近にいる人間なら何となく感じ取れることだろう。特にあの少年の前後を詳しく知っている彼女達は尚更だ。


「それに……アーク君が覚悟を決めちゃったからこそ、複雑なんだよね」


 ルインの声が硬さを帯びる。


 彼女達もそれぞれ自覚しているように、ここに居る七人は大戦を乗り切るという同じ目的こそ持ってはいるが、個々の最終目的は別にある。故に仲の良い友人とは違う関係を築いていた。

 つまり、この大戦を乗り切る事が出来たと仮定して、その先にあるのは全く白紙の未来。しかし、少なくとも今の様に皆で旅をして――などという未来が訪れる事はない。


 アリシアや竜の牙ドラゴ・ファングの面々は、ギルド総本部に戻って戦後復興に勤しむはずであろうし、それらの行動の中だけでも色々と分岐していくだろう。

 ルイン自身の目的は人々を救う事ではないし、状況次第ではあるがマルコシアスを討てなけなかった場合は、帝都に残るなり旅に出るなり取れる選択肢は色々ある。だが、その選択をしたとして、彼女とアークが行動を共にする可能性はあまり高いとは言い切れない。

 何故ならアークが一ヶ所に滞在するとは思えない上に、何より彼自身とルインの最終目的が違うのだから、道が分かれるのは当然だった。


「そう、ね……」

「……」


 いずれ各々が別の道を歩いていくという事自体は皆が理解している。アークが自らの進む先を見据えるのが、その最後の引き金トリガーだったという事も――。


 ある意味、今この時は辛い過去を背負ったが故に大人にならざるを得なかった彼ら彼女らにとって、本当の意味で最後の子供でいられる時間モラトリアムだった。

 故にこの時間が失われる事に胸を痛めているのだ。無意識下ではなく、いつか来る別れの時を自らが理解してしまっているから尚更――。


 何よりルインは、アークが覚悟を決めた事を嬉しく思う反面、もう彼女の領域から離れた彼が絶対に無茶をするであろう事を理解出来てしまうが故の不安がありながらも、それを否定する事も出来ないし、するつもりもない――という複雑な想いを抱いていた。


「はぁ……」


 ルイン自身も自分の目的には他の誰も踏み込ませたくないが故に、自らもアークの覚悟を否定する権利など持ち合わせていないと思っている。

 どんなに良案があるのだとしても、アークの覚悟を否定するという自体が、これまで悩み苦しんで来た彼の想いや過去への最大の侮辱だと捉えているからだ。


 例え、誰にどんな事を言われたのだとしても、ルイン自身も“闇への復讐”こそが自らの存在理由レゾンテートルだと、刃を取った人間であるのだから――。


「――確かに未来がどうなるかは分からないわ。でも、まずはこの戦いを生きて乗り切る事を考えましょう。少なくとも今はまだ、私達にだって時間が残っているんだもの」


 そんなキュレネの言葉を受け、神妙な顔つきで俯いていた三人が顔を上げる。


「流石の私でも気を使ってルインちゃんに遠慮してたけれど……ボウヤとの続き・・も愉しんじゃおうかしらね?」

「は……は、はぁぁぁ――ッ!?!?」


 しかし、次に響き渡るのは少女たちの絶叫。楽しげに笑うキュレネに対して三人で食って掛かる。


「えー、だってぇ……そんな関係じゃないんだものねぇ?」

「そ、それはそうだけど! でもやっぱりダメなの!!!!」

「よく分からないけれど、非常にイラつくわね」

「ふ、不潔です!」


 三人の乙女が羞恥から顔を真っ赤にして目尻を吊り上げ、爆弾を放り投げた張本人はヒラヒラと蝶の様に追撃を躱してしまう。

 そんなかしましいやり取りをしていると、まだ見ぬ未来への重圧から来る剣呑な雰囲気も自然と晴れていく。


 確かに彼女達に課された責任や重圧、目指すべき最終目的は年頃の少年少女が背負うには余りに重過ぎる。いつか来る別れや世界を揺るがすであろう死闘への不安や苦しみも、常人では計り知れないものがある事は間違いない。


「ほら、私なら――とか上手に出来そうだし?」

「わ、私だって出来るもん!」

「貴方達が規格外なだけで、私だって……」

「フ、フフフフフ、ハハッ!!!! この私の前でそんな肉の塊を放り出しながら、これ見よがしに揺らすなど許されると思っているのですかッ!?!?」


 だが、そんな彼ら彼女らとて、ただの少年少女でいられる時間は必要だった。


 永遠に続かない時間なのだとしても、例えこれが最後なのだとしても、せめて今だけは――。


 そんな想いを胸に秘め、少女達はこれからの日々を過ごしていくのだろう。


 来るべきその時まで――。

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