第153話 幕間:少女達の哀愁歌Ⅰ
ボルカ・モナータの一件から早一週間半、戦士達は相も変わらず実戦的な修練に明け暮れていた。
それは定期の訓練が終わった後も例外ではなく、アリシア・ニルヴァーナとエリル・アニマは連携強化、ジェノ・スクーロとリゲラ・クラック、ルイン・アストリアスとキュレネ・カスタリアはそれぞれで個別訓練。
アーク・グラディウスは復調の兆しが見えつつあるものの、誰の目から見ても本調子には程遠い為、彼女達の手によって強制定時上がり。大層豪勢なメンバーに脇を固められ、宿屋に放り込まれていた。
「んー、今日も疲れたわねぇ」
「そうだね。でも疲れるのは、ちゃんと体に負荷がかかってるって事だから……」
宿屋の廊下を歩くのは、定時後の激しい個別訓練を終えたルインとキュレネ。両者の長い髪はしっとりと濡れ、ラフな格好から存分に覗く白い肌は桜色に色づいている。
正しく、お風呂上がりの美女二人――といった状況であった。
「というよりも、お風呂場に突撃して来るのは止めて下さい」
「まあまあ、ルインちゃんのたわわの成長を確認する役も必要でしょう?」
「必要ありません! 全く……」
キュレネは更に重量感を増したルインのバストの感触を雄弁に語り、当の本人は顔を真っ赤にして食って掛かる。かく言うキュレネ自身も衣服を突き上げる凄まじいモノを持っている事は言うまでもなく、そんな贅沢過ぎる肢体を誇る美女同士の猥談を訊いてしまった女子は、死んだ魚のような眼で自分の胸部に手をやっていた。更に道行く男衆も前屈みとなって、悶々とした表情を浮かべている。
しかし、この二人はそんな周囲の反応など意に返さず、至って普通に廊下を歩いて行ってしまった。
「そういえば、最近魔族の動きがおかしいって訊いた?」
「おかしい? 活発になって来たんじゃなくて?」
普段なら互いに分かれるところだが、キュレネは何やら話があるようで共にルインの個人部屋に足を踏み入れながら声をかける。
「ええ、遠くでの街が一つ落とされたのだけれど、その時の戦闘で魔族同士の小競り合いがあったらしいのよ」
「人間からの反撃じゃなくて、魔族同士?」
「どうやらね。魔族相手じゃ地方の人間に勝ち目が皆無だ――なんてのは別にしても、一斉攻勢に出るはずだった魔族が揉めるだなんて変よね?」
「それって……」
「詳しい所は分からないけれど――そういう事もありえるわね。何にせよ、予想よりも侵攻に遅れが出ているらしいわ」
「じゃあ、
「さあ? ただ、行動範囲は広がって足並みが止まっているってのは、明らかにおかしいでしょう?」
心当たりがないとは言わないものの確証の得られない情報を前に、神妙な顔で考え込む二人。
そんな二人を尻目に部屋の扉が叩かれる。部屋の主であるルインが扉を開けば、そこには見覚えのある二つの人影――。
「はーい……って、どうしたの?」
「あのぅ……」
「キュレネさんに呼ばれたものですから」
少しばかり緊張した様子のエリルとアリシアを前に、当のルインはコテンと首を傾げた。その後ろでは、キュレネが楽しげに笑っている。
数分後、四人は部屋の寝台や椅子に腰掛けて円状の形をとった。
「えっと……わざわざ皆を集めて、一体どうしたんですか?」
「あら? どうしたもこうしたも、夜に集まってする事なんて飲み会か女子会に決まってるじゃない!」
「じゃあ、飲み会はありえないから……」
「そう! 女子会をしましょう!」
ポンと手を合わせたキュレネの口から女子会の開始が宣言される。勝手知ったる何とやら――という事か、発想の唐突感と勢いからの困惑はありつつも、冒険者女子達はその提案を比較的好意的に受け入れ、夜分の間食と共に雑談に華を咲かせる事にしたようだった。
「――帝都に来てもう結構経ったわけだけれど、皆はぬるりとしっぽりやる事をやったのかしら?」
「な――ッ!?!?」
しかし開幕直後、キュレネが爆弾を落とした事でルイン達の頬が赤く染まる。
「だって、
「ま、まあ……」
キュレネの言葉に心当たりがあるのか、ばつが悪そうな三人が顔を背けた。ここに居る四人は、タイプは違えど大陸でも屈指の美少女・美女。その上、戦闘員としてもとびきり優秀な部類であり、強く美しい彼女達がモテないわけがない。
実際問題、多数の男性からアプローチも受けまくっていた。
「曲がりなりにも共同生活をしてるわけだし、そろそろイイ人が見つかったのかなぁ……とか気になるじゃない?」
「そんな事を気にしてる余裕なんて……」
「視線がいやらしいだけ、ですから」
「ふふっ、肩肘張らずに少し素直になってみてもいいんじゃないかしら?」
「え……」
「だってそうでしょう? はっきり言って、次の戦いの勝ち目は薄いわ。という事は、私達も生きていられる保証なんてない。戦いが終わった後に全員揃って集まって――なんて事は奇跡に近いわ」
キュレネは頬を紅潮させて居心地悪そうにしている三人を見て、優しい笑みを浮かべる。
「だから、こんな風に皆で集まって話したりする時間も大切にしたいと思うし、戦いが始まる前に色々と伝えたりした方がいいんじゃないかな……ってね。それに、よくよく考えれば、こういう風に腹を割って話す機会なんてなかったし……」
この四人――だけではなく、男性陣を含めたいつもの七人は、同じ方向を向いて、同じ目的を持っていても、着地点である最終目的は各々異なっている。故に同士や戦友ではあっても、仲の良い友人とはまた違った関係性だった。それはアークとルイン、元来の“
半ば腐れ縁のような形になっているとはいえ、現にアリシアの動向理由も“狂化現象を追う為”という利害の一致だった事からも、それは明らか――。
この七人が他の同年代の様な友人関係に至らなかった理由もまた、彼ら彼女らが過去の経験によって深い傷を負い、その経験に基づいた目的しか見ていなかったからなのだろう。
だからこそ、敢えてこのような場を設けたい、というキュレネに反論する者はこの場にはいなかった。
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