第152話 only my soul

「――ッ!」


 次の瞬間、ギャリィッ!――という金属が擦れ合うような耳障りな音が響き渡る。


「何――ッ!?」


 展開された電磁障壁によって塞き止められる棘付き棍棒。


「馬鹿な……地表を抉り取る一撃を手をかざす事もなく受け止めるなんて……」


 驚愕の表情を浮かべるのはボルカだけではない。帝都に来て日が浅い、ガルフたち新顔も同様に目を見開いていた。


「初対面の人に武器を向けられる覚えは……ないんだけどな?」

「な――ッ!?」


 ボルカは電磁障壁の反発作用で武器を振り下ろした体勢のまま空中に浮いているが、困ったように言葉を発したルインさんを直視すると、その顔が真っ赤に染まる。


「超絶美人の上目遣い、身体にピッチリ張り付くような戦闘装束とそこから覗く白い肌。身体の前に持ってきた柄を両手で握る体勢上、わきが締まって盛り上がる様に強調される爆乳――堕ちたわね」

「ええ、帝都の悪代官でも即落ちですから、見るからに初心な田舎者の彼には耐えきれませんね」

「ん? アイツなら魔力反発で浮いてるから落ちてないぞ」


 何やら真剣な顔で呟いた隣の二人にツッコミを入れるが、呆れ顔で溜息をつかれる。“何言ってんだ、コイツ?”とばかりに二人揃って呆れられるのは大変不本意と言わざるを得ない。解せぬ――。


 まあ、事情はよく分からないが、周囲から浮いた武器を使っているルインさんを同じ特異職業ユニークジョブだと判断して、自分が名声を得る為の標的ターゲット認定。周りにこれだけの人員が揃っているのに基礎訓練なんてやっていられないというフラストレーションもあって、キュレネさんに横入りする形でルインさんに模擬戦を申し込んだ。

 結果は見たままの通りで初撃を防がれ――といった所なのだろう。


「もう少し肩の力を抜いたほうがいい若者がいるかと思えば、自由過ぎるのも考え物だな」

「ちょ!? テメェ何しやがる!?!?」


 そんな時、ジェノさんが狼牙棒の柄を鞘に包まれた長剣で叩いた。


「脳死でイエスマンになれとは言わないが、この共同戦線に加わる以上、最低限の規律は守ってもらう」

「いってぇ!?」


 打撃による衝撃と振動が柄から伝わった事で、ボルカは武器を手放しながら転げ落ちる。品行方正で温厚――という普段のジェノさんからすれば、何とも珍しい呆れ声だった。


「くそ! 俺達の戦いに水を差すんじゃねぇ!?」

「アストリアス嬢は味方だ。それに帝都内における模擬戦は当人同士が承諾し、騎士団の承認があった上で初めて正式なものとして扱われる。だから、君が行ったのは戦いではないよ」

「目と目が合って、二人共武器を持ってたんだからそれでいいだろ!? 屁理屈へりくつね回しやがって!」


 そんな言葉を受け、ボルカは不貞腐ふてくされたようにそっぽを向いた。尤も、帝都に来て日が浅いボルカには目の前に居るのが、奴が求めていたルインさんと同格かそれ以上の実力者だというのは知る由もない。


「はぁ……君は一般からの義勇兵だね?」

「ああ、そうだよ! 人類がピンチだっつーからわざわざ闘う為に来たってのに、アレはダメ! これはダメ! ったく! 何だってんだ!?」

「――迫り来る脅威と命懸けで戦う為に参戦してくれた心意気は買おう。それ自体は嬉しい事ではあるのだが……」

「だったらそれでいいじゃねぇか! 魔族だろうが何だろうが、悪は全部俺がぶっ倒すんだから全部解決だ!」


 嘆息をついたジェノさんを前に、ボルカは屈託のない笑みを浮かべる。


 だが――。


「その心意気は好感に値するが、ここに居るのは君だけじゃない。君も含めて今は一つの組織だという事を忘れるな。時には自分の意に沿わない事も受け入れなければならないんだ」

「納得できねぇ!! 俺は魔族や強い奴と戦いにここに来たんだ! 組織がどうのなんて知ったことじゃないね!」

「なら、ここから出ていくといい。君はこの共同戦線に相応しくない」

「は……はぁ!?!? 何言ってんだテメェ!? 一体、何様のつもりだよ!?!?」

「帝都騎士団・冒険者ギルド・各地の名家・君の様に実力を見出された冒険者――ここに居るのは、生まれも思想も違う本来は交わる事のなかった者達だ。目的は一つ。迫る大戦を切り抜ける事。その為には全ての力を結集しなければならず、文字通り死力を尽くした戦いとなるだろう」

「そんな事、最初から分かって……」

「いや、分かっていない」


 毒づくボルカに対し、普段のジェノさんからは想像もつかない硬い声音が響く。


「懸ける命は自分のものだけじゃない。共同戦線として戦場に立つ以上、自らの一挙手一投足が仲間の生命にも直結する。だからこそ、僕達は自分と仲間の命を守るために戦うんだ。戦場で好き勝手に動かれては迷惑極まりないし、要らぬ犠牲も出るかもしれない。だからこそ、最低限規律ルールは守って貰わなければならないんだが?」

「――ああなるかもしれない。こうなるかもしれない。はっ! 世界最強の帝都騎士団サマが訊いて呆れるね! テメェらがこんな有様だから俺みたいな田舎者にもお鉢が回ってきたってわけだ!!」


 しかし、互いの主張は完全な平行線を辿っている。


「お高くお仲間で固まり合いやがって、要は温いんだよ、テメェら! 文句があるんなら腕づくでかかってこいや!! まぁ、群れるだけしか能のねぇ、度胸無しの臆病者しかいねぇんだろうけどな!!!!」


 狼牙棒を肩に担いだボルカが声を張り上げた。その瞳は失望と憤怒に染まっており、鋭い眼光で周囲を見回している。彼の発言が全く的を得ていないかと言われれば全否定こそ出来ないが、決して褒められた言動ではないだろう。

 そんな時、最初に声を張って指示を飛ばしていた指揮官がボルカに静かに告げた。


「――ボルカ・モナータ君、ここから出て行きなさい。二群へは私が話を通しておこう」

「はァ!? 何でアンタまで!?」

「ひとまず、規定通り二群の方で訓練をする様に」

「だからどういう……」

「君は一群に相応しくない。要は降格だ。出て行って頭を冷やしなさい」


 ボルカは自分の想いの丈を感情のままにぶちまけているが、対する指揮官は我関せずの状態で騎士団の規則を読み上げるだけとあって、まるで言葉の受け取り合いが成立していない。


「ちっ! またしょうもねぇ規則ルールかよォ!?」

「……」


 繰り広げられているのは、正しく言葉の投げ合いといった所か。


 あまりに自分勝手な言い分を押し通そうとしていたボルカに対し、周囲から白い目が突き刺さり、誰も彼を擁護する声を上げる事はない。


「まぁいい! 俺が次にここに戻って来たら、そん時はテメェらをまとめてぶちのめしてやるよッ!! 家柄しか取り柄のねぇ、エリートさんよォ!!!」


 そして、ボルカは周囲に目を向けた事で自分がどういう状況にあるのかを感じ取ったのか、反骨精神溢れる大変頼もしい捨て台詞と共にこの場から去って行った。

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