第151話 気合一徹

 指揮官による長々しい説明が終わり、一部を除いた者達は小隊単位に分かれて個別訓練と相成った。

 二群の様子は知らんが、三群の集団訓練とは違って各員の自主性に任せる形でのトレーニングとは流石に帝都最高峰――というか、プライドやら下に落とされる恐怖やらで、皆モチベーションが高いといった所なのだろう。


 各々が基礎訓練なり魔法訓練に精を出そうとする中、個別訓練を割り当てられなかった一部の中から反論の声を上がる。


「何故、僕達が基礎訓練などしなければならないのですか!? 世界最強の帝都騎士団――そのトップに上り詰めたこの僕が!」

「そうだい! さっきからつまんねー話ばっかり訊かせやがって……思いっ切り戦えたのは最初だけじゃねぇか!!」


 散らばって行く者達の視線の先では、ガルフとボルカを含めた数名が指揮官に噛みつくように声を上げていた。

 新人組は帝都の内情が分からないのだから不当とも取れる扱いに噛みつく理由には何となく察しが付くが、ここまで正面からぶつかっていくのは俺には出来そうもない。関心四割、呆れ六割といった様子でその光景に目を向ける。


「君達ねぇ……これまではどうだったのか知らないが、今は正規ではないとはいえ騎士団の一員なのだよ。上官の指示に従うのは当然だと思うのだがね」

「そんな事は分かっています! ですが! 今の僕にはそんな訓練は必要ありませんし、騎士団の事を思えばこそ、もっと実践的な――」

「あー! もうよく分かんねぇから、その辺の連中と片っ端から戦わせてくれや!!!!」


 指揮官に噛みつくガルフ&ボルカ+α。

 我関せずのリリア。

 様子を窺うストナと大多数。

 何故か筋トレを始めたデルト。


 色々と混沌カオスだが、この構図を単純に表すのなら騎士団VS冒険者+名家といった所か。


 確かに冒険者の中にはこの間の模擬戦で一群に勝った者もいる。現にやかましい二人はそちらの部類だ。

 そうであるにも拘らず、そこで下した一群メンバーは自由で華やかな個別訓練。対して自分達は、地味で泥臭い基礎訓練を割り当てられて納得がいかないのだろう。


 ガルフ達にとっては、こういう縦社会に属するのが初めての事であるというのは想像に難くない。自分と親を中心に周囲が持ち上げるのが当然であるはずなのに、その自分達がカースト下位扱いされる事が許せない――という憤りが他よりも強いのは理解出来なくもない。


「規律と伝統を重んじるのが名家の家訓だと思っていたのだが、そうではないのかな?」

「ですから!」

「そういや俺以外にも特異職業ユニークジョブが居るって訊いたけど……」


 何故かといえば、それと近い所でガルフたちを突き動かしているのが、名家故のプライドに違いないからだ。確かに上からの指示に素直に従うのは最善の行動だろうが、そればかりでは自分の家が舐められる恐れがないとも言い切れない。

 要は“偉いはずの自分が帝都に来てやったのに、こんな扱いをされるなど我慢ならない。一発かましてやるぜ!”という事だ。

 まあ、それ自体も間違いではないという側面もあるにはあるのだが――。


 因みに約一名は、既に問答に飽き始めているようだった。


 そんな時、俺の隣で一連のやり取りを見ていたアリシアが声をかけて来る。


「ねぇ、これ以上見ていても時間の無駄だし、私達に付き合ってくれない?」

「ん? でも、今の俺は訓練に参加出来ないぞ」

「エリルと一緒に射撃訓練をするだけだから、近くで見ていてくれればいいわよ。弟クンや盾のお嬢さんと一緒に基礎訓練……なんて事になったら気まずいんでしょう?」

「私達は職業ジョブの役割的にジェノさん達前衛組に混ざるわけにもいきませんし、かといってこちらでも新入りで他の所にも行けませんし……ね」


 エリルもアリシアの隣から顔を覗かせ、二人して俺を気遣う風な口ぶりだった。

 いずれガルフたちと話さなければならないとは思っているし、この数ヵ月間の動向が気にならないでもない。だが、向こうも帝都入りしたばかりで気が立っているのだろう。確かに話す機会を作るとしたら、もっと落ち着いてからにすべきだというのは尤もだ。


 何より今更あの連中と肩を並べてランニング――だなんて違和感どころじゃないし、二人の提案は渡りに船だった。


「ああ、そういう事ならお願いしようかな」


 俺は気を訊かせてくれた二人に感謝しながらこの場を離れようとしたが、けたたましいボルカの声によって足を止めざるを得なくなってしまった。


「おーし! おしおし! 見ぃつけたぜぇ、特異職業ユニークジョブ!!!!」


 指揮官やガルフたちが茫然としている傍ら、ボルカは訓練場の端を指差しながら叫びを上げる。指差された本人は、穂先をぶつけ合わせているキュレネさんと共に目をぱちくりさせており、困惑気味に首を傾げていた。


「俺より先に帝都で注目されるなんて許せねぇが、アンタが騎士団の中でも最強クラスだって訊いちまったんなら黙っちゃおけねぇ!! 頭を取れば、俺が最強って事だろ!?!?」


 そんな反応とは裏腹にボルカは好戦的な表情を浮かべている。


「いっくぜぇぇぇ!!!! いざ尋常にぃぃ!! しょーぶぅぅ!!!!!!」


 そのまま勢いよく飛び上がったかと思えば、その手には未だ見慣れない武器――狼牙棒が携えられている。対してその降下先では――。


「ふぇ?」


 当のルインさんがポカンとした表情を浮かべていた。同時にボルカの唐突過ぎる行動を受け、俺を含めた皆も反応出来ない。


「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 気合一徹。

 そんな俺達を尻目に、大気を裂く音を響かせながら軽々と地面を砕く破壊力を誇る一撃がルインさんの脳天目掛けて振り下ろされた。

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