第150話 新しい風
――帝都アヴァルディア・帝都騎士団一群訓練施設。
いつもならこの場所では、共同戦線の上澄みたちが熾烈な訓練を繰り広げているのであろうが、今日に関しては様子が違う。
何故なら、俺とアリシア、エリル、それから帝都入りした者達の中から一部の者が一群に合流し、指揮系統や小隊編成を始めとした様々な変更発表が行われているからだ。
俺達を除いて一群に合流したのは、ガルフ、リリア、ストナ・マジェスト、デルト・ファオスト、ボルカ・モナータを含めた十五名。今後も順次、追加や昇格・降格行われるのだろうが、とりあえず今は俺達十八名が帝都防衛の強化にあたるべく第一線に上がる事になったというわけだ。
まあ、ガルフたちに関しては、新人軍団の中の出世株と目される者達というカテゴリなのだろう。最上の環境で鍛え上げ、覚醒を待つ為の育成枠といった所か。
そんな面々を加え、指揮官が指示を飛ばす状況の中、俺は隣のルインさんに小声で話しかけた。
「――つかぬ事を訊きますけど、いいですか?」
「大体内容は分かるけど、別にいいよ」
ルインさんの口から凛麗な声が響いた。言わんとしている事は当然ながら理解しているようで、普段の物腰穏やかな様子とは異なり横目で俺を射抜く。
「――ここの訓練って、いつもこんなにやかましいんですか?」
「ううん。こんなに愉快な事になったのは初めてだよ」
問いに対して帰って来るのは、聞き慣れない呆れ声。そんな俺達の視線は、目の前で繰り広げられているどんちゃん騒ぎに向いていた。
「ファオスト君! 訓練中に立ちながら寝るとは何事かね!?」
「は、はぃ!?」
「まだ始まって十分だぞ!? いくら何でも早過ぎだろう!?」
響いて来るのは、指揮官の怒号と
その上――。
「モナータ君も同じだぞ! 周りを値踏みするように見回したかと思えば、即寝落ち!!」
「うげっ!?」
「マジェスト嬢は、フォリア嬢のスカートに頭を突っ込まない! 体調でも悪いのかね!?」
「は、はひぃ!? ひ、人酔いでふらついただけでしゅ!!」
ボルカは田舎育ち丸出しの立ち回りから移行した爆睡を咎められ、ストナは顔を真っ赤にしながら噛み噛み状態。巻き込まれたリリアの頬も赤く染まっており、色々見えなかったとはいえ、周囲の面々は下賤な視線を向けている。
ボルカ・モナータはともかく、他の面々はグラディウス・フォリアと同格の家柄のはず――。
そんな彼らを見ていて、同じ名家でも色々と違うのだと軽いカルチャーショックを受けてしまうのは最早必然だった。
(新しい風を取り込めたのを良い事と捉えるか、連中が馴染むまでの時間をタイムロスと考えるのかは知らんが、これなら訓練も自由参加にして欲しいもんだな。どうせ体調不良って体でもう何日かはまともに動かせてもらえないだろうし……)
俺は現状を憂えるように内心で嘆息を吐く。
実際問題、今の俺には例の単独行動禁止が発令されたままであり、いつも通り
よって魔力を使った訓練への参加は不可能だ。不承不承ではあるが――。
「アーク君、また良からぬことを考えてるでしょう?」
「何のことやら……」
「うるせーな、この女……みたいな顔をしても、まだ訓練に参加させてあげないんだからね」
「軽い基礎訓練だけで適当に上がれって事でしょう? ちゃんと分ってますよ」
「ホントかなぁ?」
そんな時、目敏く俺の変化に反応したルインさんにジト目を向けられた。それなりに付き合いも長くなって来ただけあって、お互いに色々と察する事もあるのだろう。
当然、馬鹿正直に答えるはずも無いのだが――。
(まあ、夜に無茶する予定だから、かえって都合が良いから黙っておこう。バレたら間違いなくどやされるし……)
最早何の為に訓練に出ているのかも分からない現状だが、帝都最高峰の面々が繰り出す実戦的な動きを間近で観察出来る機会だと前向きに捉えるのが吉だろう。それに、この数日間は適当に基礎訓練をやっているだけで一群相当の給料を貰えるんだから、人生ぼろ儲けというものだ。
(それはそれとして、ここから先は本当にどうなるのやら……)
懸念事項は多々あるが、多分に伸びしろを残した才能ある面々との合流を歓迎すべきだというのは間違いない。
とはいえ、
それに俺自身腐ってもグラディウスを名乗り続けているし、ランサエーレとの一件もあり、マジェスト・ファオストの跡取りと肩を並べるという事に対しても同様だった。
ロレルとは彼の兄の一件や前回の模擬戦の事もあるし、そこに加えて三人目の
そして何より、迫る大戦と絶賛暴発中な俺自身の現状――。
色々因縁深いというかなんというか――。
前途多難とは、正しくこの状況だと言えるのかもしれない。
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