第147話 幕間:悲しき少年

 ――帝都アヴァルディア・帝都騎士団会議室。


 初老と中年――大柄な男性同士が対面する形で腰掛けており、雑談に花を咲かせている。尤も、内容自体は大変物騒なものであるようだったが――。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! 帝都に来て四日目。首尾はどうかの? ニルヴァーナ殿」

「殿……なんてやめて下さいよ。メラム団長」

「なら昔みたいに呼ぼうかのぉ、ランド坊」

「ふっ、相変わらず食えない爺さんですね」


 対面しているのは、帝都騎士団団長――フェルゴ・メラムと冒険者ギルド総本部のナンバー二――ランド・ニルヴァーナ。

 各勢力の重鎮ともいえる面々であり、今回の一件よりも前に面識がある仲でもあるようだ。


「カッカッカッ!! そう言ってくれるな。さて、早速本題といこうか?」

「ええ、追加人員も含めての部隊編成を考えませんと」

「ああ、せっかくの戦力を無駄にしない為にもな」


 二人の目的は一つ。

 戦闘員たちの詳細情報のアップデートに加え、ガルフ・グラディウスら招集された戦力を加味しての部隊編成を構築する事。それらを踏まえての訓練メニューの最適化だ。


 考えなしで横並びしても烏合の衆か、腐敗ルート一直線だというのは、ある意味この二人が最も理解しているのだろう。雑談もそこそこに真剣な顔で議論を開始した。


「――さて、まずはかしらからじゃの」

「そうですね」


 まずは自分達自身も含まれる司令官クラスから始まり、次に指揮官クラス、更に分隊長と、中軸となるメンバーを順番に決めていき、端兵は各々の隊長クラスが小さい範囲で――という段取りとなったようだ。


 二人の編成案には、これまでの経歴や出身家への忖度そんたくはない。純粋に各戦闘員の資質と能力を考慮しての采配となっている。

 とはいえ、指揮官候補に関しては元より目途がついていた為か、決まるのにそれほど時間がかかる事はなく、戦闘員個々の細かい能力や編成の話題へと転化していった。


「はてさて、我が騎士団のメンバーは、総本部ナンバー二の目から見てどう映ったかのぅ?」


 フェルゴは楽しげな様子でランドに対して問いかけた。その手には分厚い紙の束が握られている。

 その紙の束は、新規参入組を含めた共同戦線人員の詳細資料であり、一枚一枚に書き記されているのは戦闘員の能力値データ


 これを見れば共同戦線の長所短所が丸分かりというだけあって、門外不出の一束だった。


「そうですね……。才能と武器の性能は騎士団の方が上、戦闘経験は冒険者の方が上……といった印象を受けました。まあ、戦況を左右するほど違いはありませんので、五十歩百歩といった所ですが」

「おやおや、中々手厳しい……。注目しておる人員は誰かのぉ?」


 神妙な顔で資料を手にしたランドは、紙の束の中から迷うことなく一人の資料を取り出し、フェルゴの前に置いた。


「ほう……お前さんも面白い所に目を付けたな」

「まあ、個人的に付き合いもありましてね」


 フェルゴの前に置かれた資料に記されているのは、アーク・グラディウスの戦闘力・資質ついて――。

 ランドはその資料を前に、複雑そうな表情を浮かべている。


「彼女の血を引いているのだし、あれだけのメンバーが彼を信頼しているのだから才能はあって然るべきだと思っていましたが、まさかここまで伸びるとは……正直驚きました」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ! 確かに儂も驚かされたのぉ。じゃが、これはあくまであの小僧が自分の力を使いこなせるようになったら、このくらいじゃろうという基準じゃがな」

「と、言いますと?」

「あの小僧は新たに得た力の制御が出来ず、完全に振り回されておる。一種の暴発状態といった所か。じゃが、既に自分自身と正面向き合っておるよ。毎日毎晩、必死にな」

「――まさか、貴方が直々に手解きを?」


 フェルゴは頭を横に振った。


「今、あの小僧に必要なのは、自分自身との闘い。そこに他者が介在する余地はないし、もし道を示す事が出来るのだとしてもそれでは何の意味もない。彼奴あやつとて、それを望んではおらんじゃろう。そして、それを乗り超えたとき――あの小僧は、世界の理を超えた力を身に付けるやもしれん」


 “個人鍛錬で死なれるのは困るから、儂や斥候が目を光らせておる”と豪快に笑うフェルゴを前に、ランドは再び手元の資料に目を通した。


「それほど……なのですか?」

「かも、しれんなぁ」


 書き記されているアークのデータは、攻撃力・俊敏性・魔力量の三種が凄まじく突出している。防御値・指揮値など平均を下回っている能力もあって非常にバランスの悪い値になってはいるが、突出している三つに関しては、帝都の戦力においても抜きん出て最高峰と言って差し支えない。


 これは、あくまでアークが闇の魔力の制御を成し得たと想定してのカタログスペックであり、現状の彼が数値通りの力を引き出せるというわけではないのだろう。

 しかし、歴戦の勇士であるフェルゴ・メラムが、己の力を引き出せるようになりさえすれば、最低でも・・・・帝都最高峰と称するアーク・グラディウスの潜在能力は非凡の一言で片づけるには、些か強大過ぎる。


「もう三年……いや、一年早く出会えていたら……とも思うが、儂らの敷いたレールの上を歩くだけの順風満帆な成長では、“怪物”とも称せる今の奴の強さにはなりえなかったじゃろうなぁ」

「普通の人間では経験しえない死闘の連続ともいえる実勢経験と不安定な精神状態が、彼の成長を大きく促した、と?」

「ああ、色んなものを背負い、押し潰されそうになりながら……悲しみ、苦しみながら歩いてきたのじゃろう。きっと必死だったじゃろうて」


 フェルゴの硬い声が室内に響く。


 アーク・グラディウスの軌跡において、何よりも異常なのは成長速度と戦闘経歴。だが、常人では気が狂うか、絶望しかないような激戦とその生い立ちが、皮肉にも彼の潜在能力を開花させ、短期間で爆発的なを生む成長要因となっていた。


「時代が生んだ忌み子か、世界の歪みが作り出した鬼才か……どちらにせよ、悲しい子じゃ」



 二人のやり切れなさをにじませる視線が交錯する。


「――そんな彼を戦場に駆り立てようとする私たちは、ろくな死に方は出来ませんね」

「そんな事は元より承知じゃ。それに、今回は儂らも出撃る。未来を担う若き灯を消させぬように……。無論、騎士団の若造やお主の娘達も含めてな」


 そして、両者の覚悟を帯びた眼差しが鋭さを増した。

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