第146話 Darkness Overload

 ――帝都城壁外・虚無ノ洞窟。


 そこにはモンスターの影すらなく、何もない広大な空間が広がっているのみ。

 ダンジョンでもなく居住地でもないその洞窟は、半ば俺専用の修練場と化していた。


「――ッ! ァ!!」


 そんな空間に暴風もかくやという漆黒の魔力が吹き荒れる。


 闇纏う暴風の発生源であり、その中心に立っているのは、何を隠そうこの俺自身――。


 境界・・を超える為の無茶な魔力制御によって、半ば暴走状態にあると言ってもいいだろう。尤も、前回の様に幽鬼に成り果てるというのではなく、単純に魔力を御しきれていないという意味合いではあるが――。


「ちっ!? この暴れ馬が!」


 手にした処刑鎌デスサイズの刀身が、通常時の倍以上の太さかつ二十メートル近くまで膨張し、俺の全身には漏電した魔力が渦巻いている。

 時折、漆黒の魔力が背からも吹き出したり、腕や足からも漏れ出して全体を覆う鎧の様な形状にもなっているが、何かの形に具現化しかけては再び渦に戻ってしまう。


(大きな力は代償を伴う――とは言ったものの、キツイことには変わりない、か!)


 何故俺がここまで制御に手間取っているかと言えば、分かりやすい理由が二つ。


 一つ目は、使用武器を変えたという事。

 これに関しては、至極単純。


 例え同じ種類の武器だとしても、攻撃力や耐久性、重さや長さ、魔力の浸透具合などは千差万別であり、俺自身が新たな処刑鎌デスサイズに慣れていないという事だ。


 筆やはさみ、衣服だって変えた当初はどこか落ち着かないんだから、僅かな重さ・長さの違いで取り回しが変わってしまう実戦用の新しい武装に違和感を覚えるのも、使い慣れるのにも時間がかかるのは自然な事だろう。


 こと“禁忌穿ツ刹那ノ刃”は強力な武器だけあって、これまでの“虚無裂ク断罪ノ刃”よりも遥かに制御が難しいという側面もある。


「ぐ、ぁ……!」


 二つ目は、闇の性質が極端に攻撃だけ・・に特化している事。


 これまでの通常魔力――所謂いわゆる、無属性の魔力は俺の意志通りにその出力と特性を変化させていく。

 半面、闇属性の魔力は、幸い扱い方こそ今まで通りで問題ないものの、ある一点を超えると俺の意思に反して急激に出力が跳ね上がってしまう。

 つまり、これまでの魔力が俺の制御を受けて一、二、三、四と緩やかに出力を上げていくのに対し、闇の魔力は三まで達した所で、突然二十、三十にまで跳ね上がるという事だ。


「――ッ!」


 いつも通り魔法を使おうとすれば、制御から外れて暴発する可能性が十二分にあるし、かといって出力を抑えれば、魔法そのものの発動が出来ない。

 属性魔法に関しても、魔力変換の工程が挟まるからか多少制御は付くとはいえ、前ほどの精度で扱うのは不可能に近い。


 しかも、闇属性に還元されてしまった所為で、無属性との切り替えも不可能。


 結局、武器も魔力も数倍では利かない程にパワーアップしたのに、相対的に見れば以前の方がマシだという本末転倒な結果になってしまっているという事。


 俺一人での単体戦闘すらも満足にこなせない上に、暴発寸前の爆弾のような状態では、実戦に出るなど当然不可能だ。


 セラスが言った通り、この闇の魔力は本来人間が扱う魔力ではないという事なのかもしれない。


 だが――。


「もう少しで、何が掴めそうなんだが……ッ!!!!」


 魔力が膨れ上がり、俺にかかる負荷も大きくなる。しかし、それは意図的に起こした現象。


 どうして自分への負担を顧みないかと言えば、現在の戦力状況に問題があると感じているからだ。


 確かに新顔の名家や冒険者たちは粒揃いだった。大きな戦力である事にも変わりない。

 だが、“剣聖”や“聖盾”が覚醒して理不尽な強さになっていたり、まだ見ぬ猛者が現れる事もなく、所詮は小粒揃いでしかなかった。要は大量の兵士ポーンが増えたというだけで、魔族のキングはおろか、上位駒に対しての有効手段カウンターパートになりえる存在が居なかったという事だ。


 親世代はただの兵士ポーンクラスというわけじゃないんだろうが、既に肉体的なピークは通り越しているだろうし、ブランクも大きい。ランドさんも冒険者側の総大将として後方指揮にあたる上に、それ以外に来たギルドの面々も正直頭打ちといった様子。

 一騎当千――を称するには、少々望み薄だ。


「もうひと踏ん張り……っ!」


 ルインさんには悪いが、別に俺は自分の手でマルコシアスを討ちたいと思っているわけじゃない。ましてや、彼女に討たせたいとも思っていない。

 誰かが討って戦局が収まるのならそれでいいし、ルインさんが無事で済むならそれ以上の事はないからだ。


 しかし、そうもいっていられない状況になってしまっている。特に俺達は奴に目を付けられている以上、遭遇する確率も高いだろう。

 つまり、俺達の地力底上げは急務事項に等しい。


 だが俺が放てる最強の魔法――“アブソリュートアポカリプス”は、不完全だったとはいえ一度見せてしまった以上、もう通用しないと考えるべきだ。当然、地力で勝ち目などあるはずもない。


 早速の単独行動がバレたら怒られるのは確実だが、こんな状態なんだから手札は一枚でも多い方がいい。


 だからこそ、こうして新たな境地に挑んでいるわけだ。


「はぁ、はぁ……くそっ!?」


 とうとう立っていられなくなり、手と膝を地に付いて首を垂れる。頬を伝う雫が鬱陶うっとうしい。

 視界が歪み、呼吸が乱れ、心臓が張り裂けそうなほど脈を打つ。


 血管でも切れたのか、程なくして瞳から鮮血が涙の様に溢れて来る。


 しかし、そんな中にあっても、俺にこの行為を止めるという選択肢はなかった。


 何故そうなのかと言えば、自分の身体だからという以外に説明のしようがないが――。今の状態は決して自分の命を削ったり、身体を破壊する為の現象ではないと感じていたからだ。


「はぁはぁ……っ、ぁ!」


 脳裏で狂気がうごめく。


 許すな。許すな。許すな――。

 己を虐げたモノを許すな。

 己を嘲笑った世界を許してはいけない。


 叛逆はんぎゃくしろ。


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!! 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!! 

 コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!!!!!!


 悲しみ、恨み、虚無、慟哭――。

 増幅された狂化因子から溢れ出た光によって、俺の中で押し殺され続けて来た負の感情が爆発しているのだろう。


 身を委ねてしまえば、何も考えず、嫌な事も起こらず、思うままに行動するだけで自分の望んだ世界に逝ける。

 それは一体、どれほど楽な事なのだろうか――。


「――生憎、もう呑まれる気は無いな」


 だが、俺の誓い覚悟が、狂気の浸蝕を食い止める。


 その一方で、己の狂気弱さを否定するつもりも――今の俺にはない。


 身体が壊れる寸前までの負荷をかけ続け、この解放状態に身体を慣らしていく。

 最初に最も辛い事を経験しておけば、いずれ闇の魔力を苦もなく使えるようになるだろう。今の状況こそが、闇の魔力を扱う為の最適解。


 それもまた、新たな領域に足を踏み入れる為に必要な工程だと信じて。


「無理をするつもりはないが、精一杯無茶はさせてもらう。またルインさんに怒られるかな……」


 この力は、もう俺にとっての一部であるのだから――。

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