第144話 無職という欠陥の烙印

「――ッ!?」


 荒野が衝撃に包まれ、魔力の風圧で誰もが身を固くする。収まった所で目を向ければ、茫然とした表情を浮かべながら尻餅をついた団員と快活そうに笑う少年の姿。


「ガッハッハハッハハハ――ッッ!!!!!! どうだ! これが“拳”の名家! ファオスト家の秘奥義っスよ!!」


 ファオスト家の跡取りであるデルトは、拳を突き出して得意げな表情を浮かべている。活発そうな容姿もあってか、荒野に立つ姿が妙に様になっていた。


「くぉらっ! バカ息子!!」

「へっ!?」

「模擬戦だと言っとろうが!! やりすぎじゃァ!!」


 しかし、次の瞬間には上役席から恰幅の良い男の声が響き、デルトは何が起こったのか分からないとばかりに身を固くしていた。息子というフレーズから察するに、あの男性は恐らくファオスト家の当主であり、デルトの父親だという事なのだろう。


「ほぼノーモーションから拳の一撃で岩山を消し飛ばすとは……凄まじい威力だな」

「ええ、燃費だけどうにかすれば……ですけど」


 その様子を見たジェノさんが呟き、俺も同意した。尤も、ファオスト家当主によって首根っこを掴まれて引っ張られていくデルトに半眼を向けながらではあるが――。


 確かにジェノさんを驚かせるだけの攻撃を下準備無しで開幕からぶっ放せる事には、素直に驚嘆を抱かざるを得ない。

 しかし、本当に考えなしの開幕ぶっぱだったようで、空腹なのか疲労が原因なのか、自立出来ずに出荷される家畜の如き様子で親に引っ張られているのを見てしまうと、良くも悪くも不安が残る結果と言えるだろう。


「はあああああッ!!!!」


 それからも模擬戦は続いていき、グラディウスやフォリア、ファオストの構成員たちと騎士団員がしのぎを削っていく。

 基礎が固まり切っていない跡取りたちとは違って拮抗した勝負となっており、周りの雰囲気も悪くない。騎士団VS冒険者という見世物ととしての役割を十二分に果たしている。


(BからAランク下位の試合を見学するくらいなら、さっさと自分の特訓をしたいんだけどな)


 しかし、俺が求める猛者たちの戦いには程遠く、見ていて退屈だというのを除けば素晴らしい模擬戦なんだろう。騎士団員と俺の気持ちが離れていく中、荒野の中心に新たな爆弾が落とされた。


「行くぜェ! オラァ!! オラオラオラァ!!!!!!」

「ぐっ!? ぎっ……!?」


 威勢のいい声と甲高い金属音を受け、上の空だった意識が引き戻される。


「はっ!! 世界最強の帝都騎士団も大した事ねぇなァ!!」

「このっ!?」


 戦っているのは、一番最後に名乗りを上げた見覚えの無い武器を携える少年と、最初の模擬戦の頃に見た事があるような気がする少女騎士。

 戦況は一方的であり、少年――ボルカ・モナータの押せ押せ状態だった。


「俺の狼牙棒ろうげぼうの強さを思い知ったか!? 騎士様よォ!? オラァ!!!!」


 ボルカの手に握られているのは、長い柄の先に金属製の打撃部が取り付けられた武器。打撃部には鋭い棘がびっしりと取り付けられており、処刑鎌デスサイズほど異様な見た目ではないが、この大陸の武器として見るなら青龍偃月刀よりも異質だろう。

 あれこそが、彼の特異職業ユニークジョブに対応する武器――狼牙棒ろうげぼうというらしい。


「くぅー! 自分よりも圧倒的に強い奴を捻じ伏せるこの感覚! 散々俺を見下してきやがった連中のトップを合法的にぶちのめせるなんて、ガチでたまんねぇぜェ!!!!」


 その棘付きの長物は何度も振り下ろされ、破砕音と共に地面が砕け飛んで行く。


 棒で殴りつけるという扱い方を見れば、やはり巨大な棍棒メイスと称するのが相応しいだろう。

 殴打力は通常の棍棒メイス、殺傷力なら狼牙棒の方が上といった所か。


 そんな視点で戦いを見ていると更に戦況が加速していく。


「はっはぁぁっ!!!! ついこの間まで、女のガキにもボコボコにされてのが嘘みたいだぜェ!!!!」


 ボルカが漏らした帝都騎士団を圧倒出来る彼が女子に負けるという発言に誰もが首を傾げるが、俺とルインさんだけはその言葉に思い当たる節があった。


「あの人、魔法を使えるようになったのは、最近の事なのかな?」

「ええ、武器の性質を加味しないとしても力任せに振り回してるだけですし、魔力の収束もなっちゃいませんからね」


 それは無職ノージョブを脱却するという事の本質に迫る発言だ。


「そうだね……勢いもいいし、才能もあるとは思うけど……」


 無職ノージョブを脱却するという事は、ただ武器が扱えるようになるだけじゃない。職業ジョブに準じた武器・・が扱えるようになると共に、魔力・・が目覚めるという事でもある。


 というのも、まず人間が魔法を使えるようになるには、大きく分けて二つのプロセスが存在している。


 一つは、言わずもがな天啓の儀。

 天啓の剣を通して、天から職業ジョブを与えられ、この工程を経て人間は魔法と武器を扱う資質を手にする事が出来る。一般的に知られているのはここまでであり、普通の人間であれば、この時点で武器も魔法も不自由なく扱えるようになっているだろう。


 しかし、無職ノージョブは違う――というより、普通の人間が自然と済ませてしまう工程を経験出来ず、結果として魔力が扱えないという状態になってしまうわけだ。


 どういう事かと言えば、ここには二つ目の工程が大きく関わっている。


 二つ目の工程、それは――自分に対応している武器に触れ、魔力を循環させて覚醒を促す事。


 つまり、天啓の儀で職業ジョブを得るだけでは魔力を扱う事は出来ず、対応した武器に触れる事を引き金トリガーにして力に目覚める。ここまでの工程を完了させて、初めて武器と魔法が扱える状態になるという事だ。


 実際問題、無職ノージョブだろうが剣士だろうが、職業ジョブ自体はその人間に宿っている。事実、俺の時も天啓の剣は、黒い光を灯していた。

 それなのにも拘わらず発現の有無が分かれる理由は、自分の武器を見出すという工程を完了出来ているかの差でしかない。


 そして、魔力を十全に扱えるかそうでないかで、同じ人間でありながらも根本的な生き物としての性能から変わって来てしまう。

 それこそが、ボルカの発言に繋がっているというわけだ。


(ルインさんは大分早い段階で偃月刀を手にしていたそうだし、俺もガルフたちには酷い目に合わされていたとはいえ、基本はグラディウスの屋敷に軟禁状態だった。一般人の悪意に晒される事自体は少なかったわけだから、そういう意味なら他の無職ノージョブよりもマシだったのかもしれないな)


 魔力が目覚める恩恵は、武器と魔法が使えるというのが最たるものだが、決してそれだけではない。

 体内の魔力循環は魔法を使っていない状態であっても効果を発揮し、身体能力・免疫能力・感覚器官などを更に一つ上の次元に引き上げる。


 仮の例を挙げるとすれば、天啓の儀を終えて自分の武器を手にしたばかりの七歳女児と、成人の儀で置き去りにされる前の無職ノージョブのアーク・グラディウスが殴り合いの喧嘩をした場合、俺が勝つのは相当な事がなければ厳しいという事。例え、九年間剣を振って来た経験があったとしてもだ。


 勿論、幼い女の子が自分より大きな男を怖がるだとか、痛みに耐性がないだとかという前提を無視したカタログスペックだけの話であり、実際の所はもう少しマシな結果になるだろう。

 しかし、職業ジョブの有無というのは、その両者を同じ人間というカテゴリに区分していいかどうかを思わせてしまう程の違いがある。


 故にボルカは小さな女の子にボコボコにされたのだろうし、周囲の皆も超稀少職業レアジョブを持つガルフに過剰とも思える期待を寄せていた。


 そして、職業ジョブを発現しなかった俺自身もグラディウスの名に相応しくないと判断され、存在を否定されたという事だ。


「――彼の気持ちもなんとなくわかりますし、俺が言うのもアレですけど、ちょっと実戦に出すには不安ですね」


 とはいえ、それとこれとは話が別。

 ボルカは確かに強いが、その戦いっぷりはあまりスマートとは言い難い。勿論、これは人によっての感じ方の違いなのかもしれないが――。

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