第142話 超弟対戦

「第一戦――ロレル・レグザー対ガルフ・グラディウス! 始めェィ!!!!」


 審判の掛け声が響き渡る。


「っ!!」


 荒野の中心で剣戟がぶつかり合った。威力は互角だったのか二人とも仰け反るが、即座に切っ先が翻り、再びの交錯。

 二人とも長剣という武器を用い、更には似たような戦闘スタイルでもあるのか、激しい剣戟の応酬が繰り広げられ始めた。


「セァ!!」


 鈍い金属音が俺達の鼓膜を震わせる。


 正道にして王道。


 これぞ力のぶつかり合いといった戦いであり、模擬戦――というよりは、武芸者同士が繰り広げる舞闘でも見ているかのようだ。


 しかし――。


「二人とも大した腕だけど、なんつーか……地味?」


 三群のリーダー格的存在――クリーク・アロエが呟き、右へならえで周囲の漢達も頷いた。


「坊主の弟だって触れ込みなら、もっとこう……なあ?」

「ああ、ジャンプしてグルグル回ったり、魔法をドバーっと! ブチかましたり?」

「ビックリ箱みたいに何して来るか、分かんなかったり?」

「殺意MAXで刃物振り回したりだとか……」

「……もっとぶっ飛んだ事してくるのかと思ってたぜ」


 最後に至っては、漢達の揃った声に続いてアリシアたちまで同意するかのような表情を浮かべている。大変不本意な言われ方だ。


「結局、前の時は……弟君の実力をちゃんと見られなかったけど……でも、やっぱり……」


 マルドリア通り攻防戦とグラディウスの屋敷での戦い。

 この中で唯一ガルフの戦いぶりを見た事のあるルインさんも、何やら物足りなそうというか、釈然としない表情を浮かべている。


「――決して筋は悪くない。然るべき努力をし、然るべき経験を積んで邁進まいしん出来れば、五年後、十年後にSランク相当の実力を身に着ける事も可能かもしれない」


 そんな時、これまで静観を貫いていたジェノさんが口を開き、皆の意識がそちらに向いた。


「ジェノのあんちゃんよぉ。流石に過大評価ってもんじゃ……」

「“剣聖”というのが本当なら、それくらいやってもらわねば困る。寧ろそれを加味すれば、今の彼は些か小粒と言わざるを得ないだろう」


 ジェノさんが発した内容――それは皆が感じ、口に出そうとしていた事を端的に言い当てたものだった。


職業ジョブの質が上位になればなるほど、それだけ補正が乗るという事だ。そうなれば、より武器の性能を引き出せるし、魔力量が多いケースも見受けられる。それは努力では決してどうにもならない、単純かつ明快な“才能”というあまりに大き過ぎるアドバンテージだろう」

(職業ジョブと“才能”……か)


 その言葉は、幼少の折より俺の心を巣食って来た一端にも他ならない。どんなにやる気があろうが、どんなに強い想いを持っていようが、どんなに努力をしようが――決してどうにもならないものは、この世界に純然として存在している。


 その最たるものが職業ジョブの選定であり、一度決まってしまえば、後から変える事も出来なければ、そのもの自体が強くなることもない。

 しかも、潜在能力がどうのこうのと後付けの理由はあれど――結局の所、当人に宿る職業ジョブは完全な運であり、天啓の儀で強さの上限が決まってしまうと言っても過言じゃない。


 そうはならず、今もこの帝都で第一線を張っている連中もいるが、そちらの方が突然変異イレギュラーという事だ。


 努力は必ず報われる――なんて事は絶対にありえない。そんな綺麗事がまかり通るのなら、俺は処刑鎌デスサイズなど使っていないし、グラディウスの家の跡継ぎとしてガルフの代わりに帝都に来ていただろう。


 そんな中で成功した者にはそれなりの理由があるし、運だろうが実力だろうが結果を出した者が正義だ。それ以外には何の価値もない。


「グラディウス家の跡取りと帝都騎士団の直系に連なる者――という事で、環境の差はそれほど大きくはないだろうが、“剣聖”というだけでスタートラインが大きく違うんだ。神話クラスの職業ジョブを持ちながら、ほぼ年も変わらない“剣士”のロレル君と互角程度など……アーク君には悪いが、正直拍子抜けだな」


 その発言を受け、得心がいったのだろう。皆の表情は、喉に引っかかっていた小骨が取れただとかと称されるものに変化した。


 確かにロレルもガルフも年齢的な物を考えれば、十分過ぎるくらいには強い。


 だが、後者に関しては、無駄に目立ってしまっている俺の弟であるという事実と、“剣聖”というネームバリューもあって、皆の期待値ハードルが成層圏の彼方までぶち上ってしまっていたようだ。

 故に皆は、高速で動き回りながら剣から魔力砲をぶっ放しまくるだとか、岸壁を丸ごと吹っ飛ばす位の事を想定していたのだろう。


 それであるにも拘らず、神話に名高い“剣聖”が自分達とさして変わらないかそれより練度の低い剣戟を繰り広げている事に、どこか物足りなさを感じてしまっているといった所か。


「まあ、戦っている相手に関してもそうだがね」


 ジェノさんが言う通り、いくら谷間の時期だったとはいえ、ロレルもまた元騎士団長の弟という触れ込みにしては少々地力に欠ける印象を受ける。


(――どうしてアイツは、まともな魔法を使わないんだ?)


 ロレルが物足りない称された理由は色々あれど、最たるものは身体強化以外の魔法を殆ど使わないところだろう。実際、前回の模擬戦も近接一辺倒だった。


 まあ、ガルフにしろロレルにしろ、もし俺がルインさんと共にグラディウスの家を出た時ぐらいに今の強さで遭遇したのだったら、これまでの難敵と同様に、戦いの記憶として脳裏に刻み込まれたはずだ。

 だが、俺自身も色々な経験をした上に、開戦前の緊張状態に緊張状態にこの実力を見せつけられても、やはり頼りないと言わざるを得ない。


 才能はあるし、鍛えれば強くなるだろうが――皆が求めていた戦局を左右する人材ではなかったのだろう。


(勝手に期待されてここまでボロカスに言われてるのを訊くと、いくら本人の前じゃないとはいえ、流石に同情するな……。本人も前に会った時よりもかなり強くなっているはずだし、原因の半分は俺だし……)


 端的に表すのなら、全五章位で構成される物語の中で、第二章の序盤なら勝ち目が薄いレベルの強敵だったであろうライバルキャラが、そのまま最終章付近に登場してしまったという表現が適当なものだ。


「ちぇああぁぁぁぁ!!!!!!」

「な――ッ!? ぐぅ!?」


 気の抜けた表情でボサッとしていた俺達を尻目に、ロレルの剣が宙を舞う。それは決着の剣戟だった。


「勝者、ガルフ・グラディウス!」


 審判が声を張り上げる。


 どうやら勝負自体は、僅差でガルフが制したようだ。

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