第141話 ニューフェイス

 騎士団長の鼓舞で皆のボルテージが最高潮に高まった中、今日の訓練が幕を開けた。

 今から各分隊に分かれるのが非効率的であると判断したのか、この熱量をそのまま訓練にぶつけたほうがいいと判断したのかは分からないが、新顔たちと既存団員の模擬戦という形を取る事にしたようだ。


 帝都騎士団VS各国の名家、叩き上げの冒険者――。


 そんな者たちのぶつかり合いとあって、実質観客状態となっている団員達のボルテージは冷めやる事なく、模擬戦の始まりを今か今かと待ちわびている。


 それはそうとして――。


「あのー、これは一体?」


 他の連中と同じく、切り立った岩に腰を据えて観戦モードだったはずの俺は、表情筋を思い切り引きらせながら、乾いた声を漏らした。


「単独行動は禁止です」


 しかし、即座に返って来たのは答えにならない不満げな声。


「アーク君を一人で歩かせると、厄介事に巻き込まれるか女の子を引っ掛けて来るかのどっちかだから、ちゃんと見張ってないといけないの」


 その声を発したのは、俺の右膝に座っているルインさん。膝に感じるお尻や太腿の感触が何とも艶めかしい。


「まぁ、今日はアークの出番はないから諦めなさいな」


 今度は背中にもたれ掛かって来ているキュレネさんが楽しげに笑った。こちらも背中にダイレクトで伝わって来る柔らかい感触が暴力的だ。


「よく分からないけど、大人しくしてる方がいいんじゃない?」

「両手どころか全身に華で羨ましいですねぇ……ケッ!」


 そんな屁理屈を――と思った俺だったが、何故か逆側の膝にはアリシアが座っており、斜め前には自分の魔法で作った岩に腰かけるエリルの姿。

 後者に至っては、やさぐれた様子でソックスに包まれた長い脚を伸ばして来ており、すね辺りをゲシゲシと蹴られている。ドスの訊いた声は、凡そ淑女が出していいものではない。


(しかし、この視線の嵐は、いつまで経っても慣れそうもないな)


 幸せとも取れる状況ではあるが、俺は内心で辟易した。


 これだけ女性に張り付かれているのは誰の目から見てもご褒美なのだろうし、普段はブーツに包まれているおみ足で突かれているのも、そういう趣味の方からすれば同様だろう。


 実際、クールから天然、貧乳から爆乳まで綺麗でカッコいい部類の女性がこれだけ揃っている状況は中々ない。この場にいないのといえば、可愛い系や熟女、妹枠位のものだ。


 だが、それ故の弊害もある。


(他の皆は、自分がこの状況になった時に暢気に鼻の下を伸ばしていられるのかねぇ……)


 リゲラを筆頭に野郎連中には血走った目で睨み付けられるし、他の女性陣からも意味深な視線を向けられている。針のむしろとは、正しくこういう事だ。

 自分が見られる側に回った時に同じ反応が出来るのかと、周囲の面々を問い詰めたいと思うのはおかしな話だろうか。


 まあ、仲が良いのは良い事だと楽しそうに笑っているジェノさんや、歴戦の戦士であり肝が据わっている騎士団長なら平然としていそうな気もするが――。


「――これより親睦を深めるべく模擬戦を開始する! 双方誇りを持って取り組む様に! では、第一戦の代表者は前へ!」


 そうこうしていると、張り上げられた大きな声を受けて皆の視線が荒野の中央に向く。


 俺達もつられて目を向ければ、そこに居たのは――。


「ん……あの審判は……」

「なんか見覚えのある顔だね。ああいう役回りが好きなのかな?」

「帝都に剣闘士の闘技場なんてものはありませんし、きっと無償でやってるんでしょうね」


 俺達の視線の先に居るのは、中肉中背の若い親父。帝都に来たばかりの頃や大規模模擬戦の時に審判を務めていた人物だった。

 以前、ルインさんとの戦いの時に、余波で地面に埋めてしまったという負い目もあって、あまり顔を合わせたくないというのが正直な所だ。


 雑談に華を咲かせていると、またも見覚えのある二人が荒野の中央に現れた。


「あら? あの子……」

「ロレル君と……アーク君の弟?」


 キュレネさんとルインさんの呟きにつられてか、周囲の視線が再び俺に突き刺さる。


 どうやら第一戦を戦うのは、ロレル・レグザーとガルフ・グラディウスで間違いないようだが、特に後者の名前が出てからは、周囲の視線が俺との間で何度も行き交っていた。


 “剣”を冠するグラディウスであるにも拘らず、俺が処刑鎌デスサイズを使っている事。

 このタイミングで跡継ぎ候補としてガルフが来たという事からも、俺達の間に複雑な事情があるというのは周りも察してくれている様だが、それはそれとしてやはり気にはなってしまうという事なのだろう。


「家庭の事情という事で納得してくれると嬉しいです。それより、もう始まりますよ」


 だが、懇切丁寧に全てを説明する必要はないと、皆の視線を荒野に向けさせる。


 実際、過去に起きた事など変えようがないし、その事で同情されたいなどとは微塵も思わない。というか、わざわざゴシップの種を提供する必要もないだろう。

 こと今回に関しては、ガルフもグラディウス家も味方だし、あの過去は当事者だけが背負っていればいい。

 寧ろ関係のないルインさんを気負わせてしまう事を恥ずべきだ――。


 そう思っての言葉だったが、思いのほか周囲からの追及はなかった。


 俺の弟であり、“剣聖”を名乗ったガルフと前騎士団長の弟であるロレル。この二人の戦闘自体にも、強い興味を抱いているという事の表れだ。


(まあ、俺からすれば二人とも因縁がある相手だし、お手並み拝見って意味なら目が離せない戦いである事には間違いないけど……)


 かくいう俺も、全身に感じる柔らかい感触を意識の外に追いやりながら、荒野の中心に目を向けた。

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