第140話 決意の咆哮

 ――帝都騎士団大規模模擬戦場。


 俺たちは、帝都の城壁の外――あの大規模模擬戦を行った荒野に集められ、今日から共同戦線に加わる面々の自己紹介に立ち会っている。今回以降は、参戦する者を順次紹介していくらしいが、昨日に関しては到着した人間が多かった為、こういう形を取ったそうだ。

 名乗りを上げる面々の中には、見知った顔もいて――。


「我が名は、ガルフ・グラディウス。ジェノア王国より参りました。“剣”を冠する家の生まれですので、武器は長剣。職業ジョブは“剣聖”です。よろしく、お願いします」


 やや嫌味がかった口調で真っ先に名乗りを上げたのは、余りにも見覚えのあり過ぎる人物。

 容姿が似ていないとはいえ、俺とほぼ同年代がグラディウスを名乗った事、“剣聖”という最強クラスの職業ジョブを持っていると公で名言した事によっての周囲の動揺が伝わってくるようだ。

 正直、全方位から突き刺さる視線が痛い。


 その後には、グラディウスの家の者が続く。ゲリオとガスパーが居ないのは、この戦いについてこられないと踏んで置いて来たからなのだろう。

 よく考えれば、後者に関しては敵前逃亡なんていう事をやらかしているわけだし、あの時点とはいえ、マンティコア相手に手も足も出ないのじゃ無理もない。


「同じくジェノア王国より参りましたリリア・フォリアです。“盾”を冠するフォリアの血に恥じぬ戦いをしたいと思っています。若輩者ですが、よろしくお願いします」


 続いて声を上げたのは、嘗て因縁深かった少女。これだけ多くの人の視線を浴びても堂々としている辺り、大分印象が変わったような感じがする。

 しかも、現婚約関係にあるはずの両家にしては、何というか――。


「ろ、ろろろローラシア王国から参りました! ストナ・マジェストでひゅ!!」

(マジェスト……確か、“魔術師”を冠する家系だったか……。それにしても……)

「あ、あわわ……よろひぃくお願いしましゅ!!」

(噛んだな……)


 顔を真っ赤にして頭を下げている小動物を思わせる少女に対し、この場にいる全員の感情が一致した。


 茶髪のツインテールにリリアよりも低い身長。くりっとした大きな丸い瞳。


 アリシア、エリルは平均より背が高いし、リリアも平均程――。それに、ルインさん、キュレネさん、セラス、セルケさん、母さんと小さい頃から今に至るまで、デカい女に囲まれてきた俺にとって、目の前の小動物は未知の生命体だった。


「あ、わ!? あわわわ!!」

(昔のリリアでもここまでじゃなかったぞ……)


 正直、彼女が戦場に立つ光景が全くイメージできない。


 聞いている面々は、俺を筆頭に不安げな顔をしている者、マジェスト家のご令嬢の可愛らしさにやられた者、ハァハァと息を荒くしている者犯罪者予備軍と分かれていたが、そんな空気をぶっ飛ばすかのように快活な声が響く。


「オッス! デルト・ファオストっス! 全力ぶちかましていくんで、よろしくゥ!!」


 刈り上げられた短い髪、傷だらけの肌。

 引き締まった鎧のような筋肉。


 とても“拳”を冠する名家の生まれだとは思えない程、まっすぐな目をした俺と同じくらいの少年が快活に笑っている。こういう能天気そうに見えるタイプも、俺にとっては未知の存在だ。


 更に不在のランサエーレを飛び越し、ギルドに所属していないながらも実力を見出された冒険者、グラディウスやフォリアより格の劣る名家の面々も次々と決意表明をしていく。

 各家の跡取りや中核を担う精鋭部隊、叩き上げの実力者ばかりとあって、皆の目には隠す気もないであろう野心が宿っている。


 それぞれ地元ではトップクラスの権力者の集いとあって、ある意味壮観な光景だろう。


(それにしても、ガルフやリリアが来ているという事は、やっぱり……)


 前に立つ面々を一瞥した後、騎士団長率いる上役たちの方へ視線を向ければ、大人たちの中から見知った顔が飛び込んで来る。


 ランド・ニルヴァーナ、アレックス・フォリア、スクデリア・フォリア夫妻。

 そして、グレイ・グラディウス。


 幸か不幸か、俺にとって関係のある者たちが集結している。

 ここに来ての大集結に色んな意味で感慨深さを覚えてしまうのは、もうどうしようもない事だろう。


 とはいえ、ガルフからの四人目までのインパクトが強過ぎるのと、紹介人数の多さから、前に立って緊張している者と飽きて来た訊き側の気持ちの乖離かいりは、否応なく発生し始めている。

 単純に言えば、集会などで壇上のお偉いさんの話が長くて眠くなってきてしまうという、あの現象だ。


 そんな風に気持ちが上の空状態となっていた時、皆の意識が再び目の前に向いた。


「俺はボルカ・モナータ! 無職ノージョブだってバカにして来やがった家族や周りの連中や復讐する為にジェンド村から来た! この特異職業ユニークジョブで天下を取ってやるってなァ!」


 赤毛の少年が漏らした特異職業ユニークジョブという言葉と、彼が掲げている特徴的な見覚えの無い武器に皆の視線が集中する。

 その手に収まっているのは、殴打武器と思われる太い鉄の棒。戦棍メイスにしては少々柄が長いように見受けられるが――。


「騎士だろうが、名家だろうが、他の特異職業ユニークジョブだろうが関係ねぇ! 全員ぶちのめして俺が最強だって証明するんで、首を洗って待ってやがれェ!!!!」


 尤も、その後に彼が大声で放った宣戦布告とも称せる言葉で、周囲の雰囲気が剣呑さを帯びたのは言うまでもない。


「ふぉふぉふぉ! 中々に元気のいい若者が揃っているようじゃの。儂はこの連合戦線の総司令を仰せつかったフェルゴ・メラムじゃ。皆よく集ってくれた!」


 そうこうしている内、皆の前に歩いてきた騎士団長が就任挨拶を始める。


「ここにいるのは主義も主張も違う……本来混じり合う事のなかった者たち! だが、今はそんな事を言っている場合ではない! 故に皆に集ってもらったわけじゃ!!」


 それはきっと、この戦いを駆け抜ける為の決意表明。


「個々に様々な想いがあるという事は理解しているつもりだが、今は全ての力を迫る脅威を跳ね除ける事に使って欲しい! 否、そうでなければ、我らには万に一つの勝機もない! そして、儂らの敗北は人類の破滅に直結するだろう!!!!」


 老人とものとは思えない鋭く、猛々しい声音が俺達を圧倒する。


「今ここに集ったのは、大陸最強の戦士たち! 故に敗北は許されん! 勇士たちよ! 自分の大切な者を守る為、今こそ立ち上がれ! 剣を執れィ!!!!!!」


 騎士団長が身の丈以上の大剣を掲げながら叫んだ。周りの殆どの者たちも、高揚に浮かされ武器を掲げた。


「皆の命! この儂が預かるッ!!!! 共に駆けるぞ! 勇士達よ!!!!!!」

「――!!!!!!」


 掲げられた数多くの武器が陽の光を浴びて輝く中、怒号にも等しい決意の咆哮が帝都の大地に轟いた。

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