第139話 揺るがない意思

 日が欠け切る夕刻時――。


 青龍偃月刀と激流の長槍を手に、にっこにこで追いかけて来る美女二人から逃げ惑うという地獄の訓練を終えた俺は、その二人と共に帝都の宿屋に戻って来ていた。


 しかし、いつものこの時間なら一か所に固まって談笑する女子と、ラフな格好の彼女たちを値踏みしながら夕食を掻っ込む野郎連中がひしめいているはずだが、今日は少しばかり様子が違うようで――。


「全然人がいないね。どうしちゃったんだろ?」


 ルインさんが小首を傾げ、金色の長髪が流れる。


「食堂は問題なく営業中みたいですけど……」

「こうもすっからかんなのは、ちょっと変ねぇ」


 俺たち二人も、人が疎ら過ぎる食堂を前にして同様に疑問を隠し切れないでいると、自室から出てきたであろう見覚えのある人物が俺たちの前に現れる。


「あ、皆戻って来ていたのね」


 銀の髪に蒼の瞳――アリシア・ニルヴァーナだ。


「アリシア……これは一体どうなっているんだ?」

「一群以外は自主訓練になって実質オフみたいなものだから、皆久々に羽根を伸ばしているのよ。その一群は、まだお取込み中だし――」

「休みって、どういう……。何か問題でもあったのか?」

「なんでも、各所から招集された実力者や有権者の受け入れが今日だったらしいの。三人が出て行った後にいつも通り集合していたら、いきなり知らされて私たちもびっくりしたわね。ジェノさんたち一群の一部はそれに出席しているらしいけれど――これだけ長引いているって事は、会合で何かしらの問題があったという事かもしれないわ」

「名家とは、得てしてそういうものって事か。騎士団の上役も大差なさそうだけど……」

「苦労するわね。お互いに……」


 俺とアリシアは、二人して大きな溜息を漏らした。


「私は巻き込まれないといいけどねぇ……」


 キュレネさんもまた、何とも言えない表情を浮かべている。その隣、頭の上で疑問符を三つほど浮かべているルインさん以外は、何があったのかを簡素な説明だけで何となく察してしまったという事だ。


 生まれも育ちも立場も違う俺たちに共通している事は一つ。


「えっと、どういう事?」

「端的に言えば、ランサエーレ本家みたいな連中が帝都にやって来て、俺達と騎士団の最初の頃みたいな事をしてるって感じだと思いますよ。拳ではなく、口撃の応酬でしょうけどね」

「そういう事で、お父様も来ていると思います。本格的に色々話し合いたいのでしょうけど……」


 俺とアリシア、キュレネさんに共通しているのは、生まれた頃からそれなりの身分にあるという事。故に分かってしまう。


「つまり、また騎士がどうのとか、冒険者がどうのとかってやってるって事?」

「そこに自分の家や組織の利益をどれだけ追求できるのか……っていう一番大事なことを足せば、その通りですね」

「うへぇ……」


 ルインさんが辟易する。


「ある意味、私達は尖兵せんぺいだもの、決戦前に本腰を入れて話し合う必要があるのは間違いないわ。連中がそれを理解してるのかどうかっていうのは、正直怪しい所だけれど……」

「帝都に自分の家を売り込む好機と考えている者の方が多い、というのは間違いないでしょう。聖地で功績を立てるまたとない機会ですし、人類存亡の危機――なんていうのを現実問題として捉えもせずに、体のいい徴兵位としか思っていないのでしょうね」


 ラセット・ランサエーレよりは多少なりとも責任と実力はあるのだろうが、根本的な部分は同じはず――それどころか、もっと酷い連中が家の名前だけで招集されてしまっている可能性もある。

 冒険者と騎士――という単純問題ではないし、あの大規模模擬戦の様に拳で分かり合うという手段も厳しいだろう。


 実際、狂化モンスターや魔族の脅威を知るものは、俺達と遠征組を含めても極一部だけ――。

 いくら騎士団長達が危機感を煽っても、自分の目で見てもいない敵が相手じゃ限界もある。


 というか、そんなレベルの超常現象であるにも拘らず、あまりにも遭遇頻度が異常すぎるのではないかと思わないでもない。本当によく生き残ってるものだと感心してしまう程だ。


「まあ、上の事は騎士団長とランドさんに任せておくのがいいんじゃないですかね?」

「そうですよ。私達には、もっと頭を悩ませないといけないことが山ほどあるわ。明日から訓練に顔を出すメンバーも増えると思うし……」

「トラブルの種が舞い込んでくるようなものだしねぇ」

「それって……まさか……!?」


 ルインさんも俺達の言わんとしていることが分かったようで、思い切り顔が引きつった。


「十中八九、各勢力の衛兵や当主候補と現状の共同戦線の間で揉め事が起きるでしょうね。もう何番煎じか分かりませんけど、下手をすれは空中分解もありえる。だからこそ俺達は、こっちを何とかしないといけない」

「魔族に勝つ為に?」

「いえ……戦いを終わらせる為に……」


 あの夢世界――母さんとの問答によって見えたのは、俺自身の在り方を確かなものとする事だけじゃなかった。


「これは魔族に勝つ為の戦いでもなければ、相手を滅ぼす為の戦いでもない。戦いを終わらせる為の戦い」

「アーク君……?」

「だから、争いを生む元凶を討ち、それまで人類を護らなければならない。その為には、より多くの力が必要なんです」


 人間も――きっと魔族も、完全な存在じゃない。戦争たたかいを望む者も、そうでない者もいる。

 だからこそ、致命的な終焉に至る前に戦争を止めなければならない。開戦は避けられずとも、まだ間に合うはずだ。


 現に人間と魔族は、同じ世界で悠久の時を共生してきたのだから――。


「互いを憎み、滅ぼし合うようになってしまっては全てが遅い。今はその為に出来る事をするだけです」


 何故戦わなければならないのか。

 戦いの向こうには何があるのか。


 それは自分の事だけで精一杯で、ただ前に進むばかりだった俺には、考え及びも出来なかった領域。

 自分で答えを決め付けた問いに対して我武者羅に突っ走るのではなく、自分で問いの回答答えを探し、全てを背負いながら前に進むという事。


 命じられるままに敵を討つのではなく――。

 剣を向ける相手は、自分の意志で決める。

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