第136話 闇ノ幻想ヲ超エテ

 凄まじい倦怠けんたい感とルインさんが引っ付いている影響で立ち上がれずにいると、他の二人が近づいて来た。


「――思ったよりケロッとしてるわねぇ。私達の方がボロボロよ」


 キュレネさんは、肩を竦めながらも柔和な笑みを浮かべている。


「アーク……本当に大丈夫なのか?」


 セラスは心配そうな顔を向けて来ていた。


「三人共、助けてくれてありがとう。見た目はそうでもないけど、俺も体の中は結構ボロボロかな」


 そんな二人に対しても感謝の言葉を述べる。


「身体の方はとりあえず問題ないけど……大丈夫かどうかは、ちょっと今の俺には分からない。というか、さっきまでの俺は一体どういう状態だったんだ?」

「む……一言で表すのなら、散り際にあの男が放った膨大な闇の魔力を全身に浴び、余波に当てられて暴走状態にあったという所だろう」

「暴走……狂化してたって事か? だったら、俺にも狂化因子が?」

「いや、その可能性は薄いだろう。核は全て破壊されていたし、これまで闇の魔力を扱える者が居なかった以上、我らと同質の魔力を生成する仕組みは人間にはないはずだ。恐らくは人間という生物自体が、我らの魔力を拒絶するように出来ているという事なのだろう」


 今は大丈夫だとしても、自分がいつ暴走するかも分からない不発弾になってしまったのかと不安だったが、セラスの言葉を訊いて思わず胸を撫で下ろした。

 夢世界での母さんの口ぶりと、セラスの知識が合わされば信憑性は高いだろう。


「まあ、身体を半分に割れ理でもすれば、分かるかもしれんが」

「勘弁してくれよ」

「ふっ……。何にせよ、四つ核の相乗効果で過剰生成された魔力の爆発など、誰であっても初見で対応するのは不可能だろう。攻撃というよりも、自爆にも等しい現象だったというのもある。だから、アークに非はないさ」


 セラスもまた種族の垣根を超え、俺に穏やかな眼差しを向けてくれていた。


「――そういえば、結局今はどういう状況なんだ?」


 俺は気恥ずかしさを隠すように周囲を見渡しながら呟く。


 幻想の世界を彷徨さまよっていた俺の記憶は、ラセットを斬った時点で止まっている。あちらからも俺を助ける為に奮闘してくれていた断片を見る事は出来たが、本質的な状況把握は、正直さっぱりだった。


「そうねぇ……第一にだけれど、私達を襲って来たランサエーレ本家は文字通り全滅。遺体の損壊も酷い上に狂化因子も壊しちゃったから、手掛かり無しってとこだわね」

「うむ、私もあの現象についての知識はないし、アドアもここまでを予測して核を譲渡したとは思えない。現状、伝えられるのは――」

「皆無事でよかったって事だけだね。ランサエーレの人たちを助けられなかったのは、悲しいけど……」


 三人から伝えられたのは、本当に見たままの事。他への対処がままならないくらいに、俺を助けようとしてくれていたという事なのだろう。


 新しい情報もなく、今の俺たちに出来るのは、ルインさんが言う通りに皆の無事を喜ぶ事だけのようだった。


「あ……そういえば、イリゼが引っ張って行ったあの人たちは何か知ってるのかな?」

「どうかしらね。本家のお馬鹿さんたちと似たような状況になっても、あの力を使ってはこなかったけれど……。まあ、その辺りは騎士団とギルドに任せる方がいいでしょうね。望み薄でしょうけど」

「そう、だね」


 いつも以上に俺との距離が近いルインさんは、神妙な顔つきでキュレネさんと会話している。


「その……これからキュレネさんは、どうするの? 実家じゃないけど、関係のある一番大きな家がこんな事になっちゃって……」

「さあ?」

「さあって……」

「お取り潰しか、分家の中から新しい当主が選ばれるか……。もしかしたら、私にも声がかかるかもしれないし、何とも言えないわね」


 ランサエーレ本家は過ぎたる力を欲して身を滅ぼし、子供までも含めて死滅。

 普通に考えれば、キュレネさんの言う通りになるのだろう。


(名家とは、得てしてそういうもの……か)


 主流となる血を変えて、ランサエーレという名は残り続ける。グラディウスやフォリアと歴史が変わらない名家であるなら尚更だろう。

 これもまた、歴史の流れだという事だ。


「セラスも助けてくれてありがとう。でも、どうして俺を斬る方向で動かなかったんだ?」

「皆がアークを助けようとしていた。それに、私も……お前の事を死なせるのは惜しいと思ったから……とでも言えばいいのかな」

「そっか……」


 セラスが微笑む。


 誰かに感謝をして、誰かに感謝される――このこそばゆさも、きっと俺が拒絶し続けてきたモノ。慣れることは一生ないかもしれないが、今は黙って受け入れよう。


「むっ!」


 そんな風にセラスと見つめ合っていると、視界がルインさんの顔で埋め尽くされる。半眼の膨れっ面――何やら不満げだが、理由がさっぱり分からない。

 というか、この人はいつまで俺の膝の上に乗っているんだろうか――。


「――それで、貴女はこれからどうするの?」


 俺たちが超接近戦に興じている中、キュレネさんがセラスに問いかける。


「ひとまずは帰るさ。魔族私達が、必要以上に人間と関わるのは好ましくない。今回は特例だ」


 セラスは肩を竦めて答えた。


「それでも、開戦は止められないんだろう?」

「既に魔族の大多数はマルコシアスに懐柔されている。一ヵ月後には、帝都は火の海だろうな」

「人類滅亡までの刻限リミットは、残り一ヵ月……か」


 魔族の武装蜂起という現実が、俺達に重く圧し掛かる。いずれこんな状況になるだろうというのは覚悟していたが、いよいよ戦争・・が目前に迫って来たとなれば、やはり気負ってしまうという事だ。


「セラスも戦場に出て来るのか?」

「出来ればそう在りたくはないが、今は何も言えないな」

「そうか……人間も大概だけど、魔族もその辺りは変わらないって事か」

「ああ、大衆の陽動はもう止められん。我ら魔族とて、戦いを望んでいない者も少なからずいるのだがな……。どうにか被害を抑えたい所ではあるが、残り少ない時間で何が出来るのか……」


 セラスの表情もまた、俺達と同様に芳しいものではない。神話の時代より蘇った化け物によって、永らく交わらなかった二つの種族が生存戦争を始めようとしているのだから当然だろう。


 実際、人間俺達も相手が攻めて来るから戦うしかない、というスタンスである為、戦争が回避出来るというのならそれ以上の結果はない。

 尤も、開戦を望む魔族と同様に、勇者気分を味わいたいと思っている人間もいない事は無いのだが――。


「とにかく、今は出来る事をするしかあるまい。そのときが来るまで、全力でな」


 重たい雰囲気を払拭するかのように、セラスが微笑みを浮かべた。無理をしているのが痛い程伝わって来るが、気丈に振舞っている様子には気高さすら感じさせる。


「だから、私は戻るとしよう。レリティス!」

「■■――!」


 話も一区切りついた所で、セラスは足役であろう飛竜ワイバーンを呼びつける。これまでの戦いを考えれば当然な気もするが、パッと見人間にしか見えないセラスと竜種が目の前で交流しているのは、色々な意味で衝撃的な光景だった。


「あら、もう帰っちゃうの? そんなボロボロなんだから、お風呂くらい入って行けばよかったのに」

「折角のお誘いだが、またの機会にさせて貰おうかな」

「危ない事はしちゃダメだよ。気を付けてね」

「善処はしよう。保証は出来かねる」

「もぅ、アーク君みたいなこと言わないで!」

「まあ、死ぬつもりはないさ」


 そして、こっちの三人も知らぬ間に随分と距離を縮めているようだった。理由は色々あるんだろうが種族の垣根を超えても絆が紡げると判ったのは、大きな希望なのかもしれない。


「アーク、そういえばさっきまでのお前はどういう状態にあった? 意識はあったのか?」

「ある意味、意識はあったというべきか……。ちょっと変な状態だったかな」


 談笑する三人の視線は、ようやく立ち上がれたばかりの俺に向けられる。


「何を見ていた?」

「夢を見ていたんだと思う」

「――夢?」


 俺の言葉を受け、セラスが不思議そうに首を傾げる。近くに居る二人も同様だ。


「ああ、最低で最高な俺だけの夢……かな」


 そんな三人に対して、俺は小さく笑みを浮かべた。

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