第135話 無幻――死神再誕

 掌で魔力の奔流が巻き起こり、一つの武器を顕現させる。


 偏重心の片大刃と長い柄を備える武器――それは“処刑者エクスキューショナー”の象徴足る処刑鎌デスサイズそのものだ。


 だが、俺が手にしているのは、これまで共に歩んできた“虚無裂ク断罪ノ刃”ではない。


 漆黒の柄、金色の刃、白銀の装飾で彩られた新たな処刑鎌デスサイズ



 “禁忌穿きんきうが刹那せつなやいば”――。



 聖剣の勇者と黎明の聖女――その残滓ざんしが課した試練の果て、死戦を乗り越えて手にした新型。

 俺だけの器。


「――それが、今の貴方の姿なのね」

「ああ、グラディウスには相応しくないかもしれないけど……。今のこの姿が、俺が歩いてきた軌跡かな」


 掌に感じる重み。

 処刑鎌デスサイズが一回り大きさを増した事による影響だけじゃない。


 過去きのう現在きょう未来あした――。


 今まで背負ってきたものと、まだ見ぬ未来あしたへの重圧に他ならない。


 それは、今まで空っぽだった俺が持ち得ていなかったものなんだろう。


「――俺の母親が貴女でよかった」

「え……?」


 驚く母さんを尻目に、たけき吹雪が巻き起こる。


「確かに、一緒に居ることが出来た時間は短かった。もっと色々と訊きたい事はあったし、親孝行したいと思ってた。母さんが居なくなったグラディウスの家では、生きているのすら辛かった」


 地表から氷の剣が突き出し、鋭角な結晶体が渦を巻く。


「でも、母さんが遺してくれた呪いがあったから、強くなれた。ここまで来れたし、色んな人と出会う事が出来た。今までずっと護ってくれていたんだ。だから、母さんも自分を許してやって欲しい」

「アーク……」

「俺は、もう大丈夫だから――」


 白光の世界で笑みを浮かべる俺の前――母さんの頬に雫が伝う。


 もう俺の中には、今までくすり続けていた自分の無力さへの焦燥は存在しない。呪いと称された過去の呪縛から解き放たれ、それを背負っていく覚悟が決まったという事なんだろう。


 その証拠に、俺はまだ笑えている。

 吹きすさぶ魔力の余波に襲われ、氷河の殻に覆われる事もない。


「――母さん」


 氷の巨大結晶が烈風を纏う・・・・・


 それはグラディウスの奥義と俺の全てを結集させた集合体。

 母さんに見せる事が出来る俺自身の成長した姿であり、限界を超えたその先にある最高の一撃。


 悔いを残すつもりはない。

 これが、最後――。


「今までありがとう」


 母さんの微笑みを、俺自身のもう一つの可能性とも言えるこの世界をまぶたに焼き付け、きびすを返す。


「いってきます」

「――ええ、いってらっしゃい」


 そして、“禁忌穿ツ刹那ノ刃”を振り下ろした瞬間、虚構理想の世界は魔力の奔流によって砕け散った。





 視界が霞む。誰かの声が聞こえる。

 濁流だくりゅうの様だった異物感が、ノイズが――少しずつ和らいでいく。


「アー■君!」

「――ッ!」


 荒れ果てた土地と、対峙するボロボロになった三人の女性。


 俺の瞳が現実の光景を映し出す。


(な――体がッ!?)


 申し訳なさを感じつつも、正気を取り戻した事を皆に伝えようとしたが、俺の体は力を失ったかのように倒れ込む。


 闇の大鎌と翼が消えていく様から、狂化の強化ブーストが消失した事は明白。

 つまり無意識化の戦闘で生じた多大な負荷が、一気に襲い掛かってきたという事なのだろう。


 しかし、俺の体が地面に倒れ込むことはなかった。


 ミュルグレスと新たな処刑鎌デスサイズが左右に交差するように地面に突き立てられており、手の先に位置していた柄が支えとなっていたからだ。


「アーク君?」


 目の前の三人は、様子が変わった俺を怪訝そうな瞳で見つめて来る。殺戮機械の様になっていた俺が、突然武器を棄てて倒れ込んだのだから当然だろう。


 そんな彼女たちに対して、今度こそ自分の想いを伝えるべく言葉を紡ぐ。


「――何か用、ですか?」

「――ッ!」


 二つの武器を格納しながら地面に座り込んだ俺は、緊張した面持ちの三人を見据える。すると、次の瞬間――金色の砲弾が飛びこんで来た。


 全身に広がる柔らかい感触と鼻をくすぐる甘い匂い。


「ちょっ!? ルインさん!?」


 俺は今、ルインさんに抱き着かれている。その事実を認識するまでに数秒の時間を要した。


「もう大丈夫なの!? 元のアーク君に戻ったの!?」


 顔に熱が集まったのは一瞬――ルインさんの必死な声を受けて、そんなやましい気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。


「ええ、全身ガタガタですけどいつも通りです。お手間をかけました」

「もう! バカァ!」

「あはは……勝手に突っ込んでこうなったわけですから、面目次第もありません」

「そういう事じゃないもん! アーク君のバカ!」


 瞳を潤ませながら涙声のルインさんを前にして俺の心に湧き上がってきたのは、彼女達が無事だったことへの安堵と、俺を助けてくれた事への感謝と、ほんの少しばかりの歓喜・・


 それはきっと、答えを出す前の俺には感じられなかった事。

 抱いてはいけないと封殺して来た感情。


 だって、当然だろう。


 他人に助けられるだけでも自分が許せないにも拘らず、迷惑を強いてまで自分が無事だった事を嬉しいと思うだなんてあってはならない。


 でも――。


(そうか……こんな俺にも、待ってくれていた人たちがいたのか……)


 今は少しだけ、彼女達の感情を真っすぐ受け止められる自分がいた。


 勿論、俺の感情や受け取り方の本質が変わったわけじゃない。


 だが、俺が俺自身の感情を否定したとしても、俺に向けられた彼女達の想いを否定する事はもうしない。


(――こんな俺の為に、泣いてくれる人がいるのか……)


 ただ、ひたすらに前に進むのではない。


 過去と未来、罪と呪い、俺が経験してきた全てを背負って歩き続ける。


 俺にとって原初の存在ともいえるあの人の前で、その誓いを立てたのだから――。

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