第134話 無幻――選ばれた未来

「――俺の、答え」


 母さんと向き合っている俺の脳裏に、これまでの記憶が過る。


 グラディウスの家に生まれ剣を執ろうとした矢先、自分が才能無しである無職ノージョブだという現実を突き付けられ、絶望した。


 母さんは命を燃やし尽くし、父さんに存在を否定され、ガルフたちに殺されかけた。


 そんな時、自分の無力さを呪いながら死を待つだけだった俺の前にルインさんが現れた事で特異職業ユニークジョブという存在を知り、魔法の力を手に入れる事となる。


 そうして、漸く走り出すことができた道。


 旅の中でアリシアや竜の牙ドラゴ・ファング、冒険者ギルド、帝都騎士団、セラスなどといった人たちと出会い、俺の世界は急速に広がって行った。


 戦い続ける自分自身に、母さんが呪いと称した誓いを刻み込みながら――。


 ろくでもない人生と言えばそれまでだ。見方を変えれば、ある意味では不遇からの成り上がり人生ともいえるかもしれない。


 だが、俺にとっては、どちらだろうが同じだった。


 “悪い奴らをやっつける”、“今までの恨みを晴らす”なんていう自発的で明確な目標があれば、答えを出すにも生きていくにも、どれほど楽だっただろうか。

 “弟だけを溺愛した家は関係ない。俺は俺で好きに生きていく”だなんて単純に考えられたら、今頃は新しい人生を歩んでいたのかもしれない。


 そんな在り方も、答えの一つではあるのだろう。


 答えのない問い――逆に考えれば、無限に答えがあるという事なのかもしれない。


 その中で、自分が正しいと感じた答えを選択していかなければならない。


 それが生きるという事。

 今、俺に求められているのは、きっとそういう事なのだろう。


 なら、選択すべき未来は――。



「――俺は、戦うよ。だから、この世界から出る方法を教えて欲しい」


 自分の時を進める事。再び歩き出す事だ。


「この世界に居れば、苦しい事も辛いこともない。もう嫌いな戦いをしなくてもいい。アークが欲しかったものが全部目の前にある。それでも、本当にいいのね?」


 母さんの言葉に首を縦に振る。


「確かに、現実はこの世界の様に優しくはない。正直、いい思い出なんて殆どないし、好きか嫌いかなら大嫌いだ。だけど、俺はあの人たちを死なせたくはない」


 世界なんてどうでもいい。自分だってどうでもいい。

 俺はただ、ルインさん達を護りたい。彼女達は、死すべき人間ではないと思うから――。


「それに、もし俺に対して命を懸けるだけの価値を感じてくれている人達が居るのなら、その想いに応えたい」


 今も俺を助けようと戦ってくれている三人。

 そして、目の前にいる――。


「――確かに今までの俺は、母さんが遺した言葉にすがり付いて振り回されてきただけなのかもしれない。でも、その言葉があったからこそ、俺の心は折れなかった。もしも母さんの最期に立ち会えなかったら、俺はとっくにグラディウスの家で廃人になっていたと思う」

「でも、それは……」

「母さんの言葉が無かったら、魔法なんて使えるはずもないのに毎日剣を振ったりはしなかった。初めてダンジョンに入った時、助けが来るまで生き残れたのはその経験のおかげだった。周りから向けられる嘲笑するような視線に耐えられたのも、きっとそのおかげだ。それに――俺の戦いの根底には、その頃に身に付けたグラディウスの剣がある」


 一秒後の未来や、その時々の人間の気持ちは変わっても、過去に起きた事象そのものが変わる事はない。


「俺は確かに力を貰ったんだ。母さんが遺してくれた、生きろという誓い呪いに――」


 あの月夜の誓いは、誰にも否定させたりはしない。


 あの時、俺が抱いた想いや慟哭は、皆が大切な誰かに抱いているモノにだって負けたりしない。それだけは唯一確かなモノだと、現実と向き合った今の俺になら胸を張って言える。


「その上で全部背負って、もう少し意地を張ってみるよ」

「アーク……貴方……」


 目を見開く母さんに自分の想いをぶつけた。


 大切な人達を護って、誓いを果たせるくらい強くなる。

 例え間違いなのだとしても、抱いた想いを貫き通す。


 中途半端ではなく最後まで貫き通せたのなら、それもまた、一つの答えになるであろうことを信じて――。


「誰かの言葉にすがるんじゃなく――全部受け入れて、背負って、その上で前に進む。一歩一歩、例え歩くような速さでいい。俺がそう在りたい・・・・・・って思うから、前に進むんだ」


 “アーク・グラディウス”には、この生き方しか出来ない。

 それだけが俺の在り方。


 俺が自分で選んだ、俺だけの在り方。


「――いばらの道を進む事を選ぶのね?」

「そうなるのかもしれない。でも、傷つくのは慣れてる。絶望ならもう十分過ぎるくらいにし続けてきた。だから、きっと大丈夫だよ」


 誓いを覚悟に変え――自らに刻む様に言葉を紡ぐ。


「そう……アークは、強くなったわね」

「九年も経ったんだ、少しくらいはな。それに……まだまだこれからさ」

「ふふっ、この私相手にそれだけ啖呵たんかが切れるんなら、もう止めるわけにはいかないわ」


 俺の言葉に対して、母さんは満足そうに微笑んだ。


「――此処ここは、狂化因子の影響を受けた貴方の深層意識が作り出した空間。言わば、心の闇が生み出した夢の世界」

「夢の世界……。何でもありだった原因はそれか」


 損壊が増した破片の空を見ながら呟く。


「母さんも夢の住人なのか? それにしては、やたら自由に動いてるけど……」

「さあ、どうでしょうね」


 首を傾げる俺に、曖昧あいまいな微笑みが向けられる。


「この世界に一度取り込まれたら、脱出は困難を極めるわ。だって、その人が心から望む優しい世界が広がっているんだもの、ここから出ようとするって発想自体が酔狂よね」

「でも、脱出する方法はあるんだろ?」


 母さんが頷く。


「大規模魔法で夢世界を壊してしまえば、囚われた者の意識は現実へかえる。ちょっと骨が折れる作業だけどね。だけど、今も貴方と戦ってくれているあの子たちのおかげで、この世界自体にほこびが生じているわ」

ほこび……俺が元に戻った事や、今この状況の事か?」

「そうよ。だから、今なら脱出も可能でしょう。私がやってもいいけど、今の貴方なら……自分で出来るわよね?」


 何という正攻法。悩んでいたのが馬鹿らしくなって来る力技だ。

 でも、悪くない。


 同時に、母さんはこうも伝えたいのだろう。


 自分の力で世界を壊し、その足で歩いて行け――と。


「ああ、勿論だ」


 故におくする理由などない。


 これもまた、俺が俺自身を始める為に必要な事。


 ある意味ではこの状況自体、俺にとって願ったり叶ったりなのかもしれない。


 もう逢えないと思っていた人に今の俺の姿を見せることが出来る。それはきっと、最初で最後の親孝行になると思うから――。



 だが、それに当たって致命的な問題が一つ。

 今の俺は、魔力を発現させる処刑鎌媒介を失っており、大規模魔法どころか斬撃魔法の一つも使えない状態にあるという事。

 冒険者としても、戦士としても致命的すぎる欠陥だ。


 ならば、それすらも吹き飛ばす為に呼び覚ますしかない。


「来い――」


 けがれ無き聖光の試練の果てに得た、新たな力を――。

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