第131話 無幻――破片ノ空

「空は割れる! 地面は裂ける! 本当に、一体どうなってるんだよッ!!」


 俺はグラディウスの屋敷を目指して帰路を駆け抜けている。異物感で頭が割れそうながらも全速力で走っている理由は、今も起こっている異常現象によるもの。


 屋敷の面子的に事故やなんかの心配はしていないが、万が一という事もある。何より地割れはまだしも、空が破片と化して雪のように降って来るなんて尋常じゃない。

 だからこそ、本調子には程遠い状況でもこうして急いでいるわけだ。


 そして、グラディウス家に到着したのは、それから数分後の事。


「よかった。家は何ともなってないみたいだな」


 中庭から屋敷を見回す俺だったが、見事に健在な様子を見て思わず胸を撫で下ろした。これで最低条件はクリア。後は事情を知っているかどうかは別にしても、とりあえず両親に指示を仰ぐべきだろうと、そのまま屋敷に向かって歩いていくが――。


「――この息苦しさはなんだ?」


 庭の外観を形作る池。

 そこから屋敷へと続く道。


 そして、グラディウスの総本山である屋敷自体――。


 目に入る全てに奇妙な既視感を――強烈な違和感を覚えてしまい、思わず胸を抑えた。



 自分が住んでいるはずの家なのに久し■りに戻っ■来た家な■に――。



「くそっ!?」


 頭の中を上から塗り潰そうとするかのような異物感が更に強まり、同時に地面が揺れる。

 破片の空も損壊を増し、それにつられるように上を見れば、記憶にない誰かが何か・・と戦っている光景が断続的に映し出された。


『アー■君、元に戻■て!』


 それは思い出の花畑で微笑んでいた女性。


『どうに■助ける方法は■■のかしら!? この■まじゃ、こっちも■たないわ!!』

『さっ■も言っ■が、私も■■外だ! しかし、直接因子を埋め込ま■てい■い以上、何ら■の衝撃を与え■ば――』


 閃光の女性と肩を並べるのは、激流、紫天と称するのが相応しいであろう人達――。


 すぐにでも家族の安否確認をしなければならないのに、俺の足はそこで止まってしまう。


「どうして……あの人たちを見ていると、こんなにも……!?」


 上から押さえつけられる重圧と、頭が裂けそうになる程の痛みによって膝を付いた。上空の景色を見れば見るほど、その圧力は増していく。

 だが俺は、その女性達が戦っている光景から目を離す事が出来ないでいた。


 そんな時、突如として場面が変わり、女性と戦っている誰か・・が映し出される。


 母さん譲り・・・・・の黒い髪とアメジストの瞳を受け継いだ少年。


 彼の風貌には、余りに見覚えがあり過ぎる。


「あれは……俺?」


 空に映し出されている少年は、正しくアーク・グラディウスそのものだ。他人の空似で済ませていいレベルじゃない。


「でも……」


 今の俺とその少年には決定的に違うものがあった。


 あの少年が携えているのはグラディウスの象徴である長剣ではなく、闇色の光で形作られた片大刃の奇妙な武器。

 更に背中からは、同じ魔力光で形作られている蝙蝠こうもりのような翼を噴出させている。


 何より紫の瞳には、光が宿っていない。


「悪魔……いや、死神?」


 映し出された俺の姿を見て、思わず呟いた。


 だが、あの禍々しい姿を形容するには、その言葉こそが相応しいだろう。


 俺ではない、俺であるナニカ――。

 今も尚、壊れ行く世界――。


 それを認識すればする程、身体が引き裂けそうにまで異物感が強くなる。耐え切れなくなって、とうとう倒れ込みそうになったその時――。


 記憶にないにも拘らず、俺の中に息衝いきづ女性ヒトの声が聞こえた。


『――アーク君ッ!!!!』

「――ッ!?」


 その瞬間、頭の中で何かが弾けた様な感覚を覚え、幻想まどろみの中にあった意識が覚醒した。


「ル、インさん――俺、は……何を……?」


 俺を助け、導いてくれた女性ヒト

 俺に向けられた真紅の眼差し。


 虚構に塗り潰されつつあった真実の記憶がよみがえる。


 同時に身に纏っている装備もグラディウスが手配した高級品ではなく、“ダイダロスの武器屋”で見立てて貰ったものに変わっていた。


「俺は、狂化因子と融合したラセット・ランサエーレを倒して……それからどうしたんだ? 何故、俺とルインさんたちが戦っている?」


 異物感が薄らいだ今の状態で周囲を見渡せば、その異様さ・・・を改めて――そして、本質的に認識出来た。


「この世界は、まさか――」


 立ち上がって破片の空を見上げる俺に、打開策の見つからない状況が重く圧し掛かる。

 今の俺に出来る事は、と戦っている皆を歯がゆい気持ちで見守る事だけだというのが現実だからだ。


 だが、今起きている現象と今日一日過ごした事で、この世界が何か・・という事に関しては少しだけ理解出来たような気がしていた。


「――何はともあれ、事情を訊かせてもらうぞ。母さん……」


 真実を確かめる術が、知らぬ間に俺の背後に現れた母さんにあるという事も――。

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